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異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
4章 大樹の森編

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第28話 泣く精霊

 森の東側、境界線ぎりぎりの場所に、その泉はあった。

黒く焦げた木々に囲まれ、かつて泉だったはずの場所は、崩れた岩と、焼け跡の瓦礫に埋もれている。空気は重く、草木の一本すら生えていない。足元には、炭になった家の柱や、砕けた食器の欠片、錆びついた剣の破片までもが、無造作に転がっていた。


「……酷いものだな」


 リゼットが眉をひそめながら呟いた。フィンも、口数少なく地形を書き留めている。その手は、いつもより少しだけ、震えているように見えた。


 三人は無言のまま、瓦礫を一つずつ運び出す作業を始めた。焦げた梁を、リゼットが担いで脇へ寄せ、悠人とフィンが、細かな石と灰を、麻袋に詰めて運んでいく。単調で、地味な作業だった。


 朝から昼を過ぎても、手を止める者はいなかった。

それでも、少しずつ、埋もれていた泉の縁が姿を現していく。石で丁寧に組まれた、円形の縁だった。かつては、誰かが毎日、この縁を磨いていたのだろう。

半分ほど片付けが進んだ頃、突然、空気が張り詰めた。


「――何だ、あれ」


 泉の奥、瓦礫の隙間から、黒い靄のような影が、ゆらりと立ち上った。

人型にも見えるその影は、耳をつんざくような、悲しげな叫び声を上げながら、悠人たちに向かって襲いかかってきた。


「悠人、下がってろ!」


 リゼットが剣を抜き、影の攻撃を弾く。

だが、影は苦しむようにのたうちながら、なおも攻撃をやめない。振り回された影の腕が、地面の瓦礫を吹き飛ばし、黒い破片が四方に飛び散った。

その動きを見て、悠人はふと違和感を覚えた。影が叫び声を上げるたび、悠人の頭の中に、断片的な光景が流れ込んでくる。

夜の闇。子供たちの怯えた顔。燃え上がる炎。そして、折り重なって倒れる、エルフと人間たちの姿。


(これは……怒っているんじゃなくて)


「リゼットさん、殺さないでください!」


「なんだと?」


「多分、これは、泣いているだけなんです!ここで起きたことを、ずっと、見続けていたんです!」


 悠人は、リゼットが影の攻撃を防いでいる隙に、瓦礫の撤去を続けた。

恐怖はあった。だが、それ以上に、この場所を悲しみのまま放っておきたくないという思いが勝った。


「――ごめんなさい。もっと早く、来られなくて」


 影の叫びに向かって、悠人は静かに声をかけた。


「あなたが守っていたこの場所を、ちゃんと綺麗にします。エルフの人たちのことも、そして、ここで亡くなった、人間たちのことも、あなたは、全部、悼んでくれていたんですね」


 影の動きが、わずかに緩んだ。

その隙に、悠人は最後の瓦礫を泉の中心から取り除いた。両手の皮が擦り切れ、指先から血が滲んでいたが、痛みを感じる余裕もなかった。

途端、澄んだ水が、地の底からゆっくりと湧き上がってくる。

黒い影は、清らかな水に触れた瞬間、まるで溶けるように形を失っていった。悲鳴のような声は、次第に穏やかな音色へと変わり、最後には、あの夜森で見た光の粒と同じ、優しい輝きへと姿を変えていった。


「……終わった、のか?」


 リゼットが荒い息のまま、剣を下ろした。頬には、飛び散った破片でできた細い切り傷が走り、そこから血が一筋、流れていた。


「リゼットさん、怪我を」


「かすり傷だ。それより、お前の手の方が酷いぞ」


 リゼットは、悠人の擦り切れた手を掴むと、自分の袖を裂いて、乱暴に、しかし丁寧に巻きつけた。その手つきが、意外なほど優しくて、悠人は思わず言葉を失った。


「無茶しやがって」


「すみません……」


「謝るな。別に、怒ってるわけじゃない」


 リゼットはそっぽを向いたが、その耳が、ほんのり赤く染まっていた。悠人は、その理由が分からず、首を傾げた。フィンだけが、少し離れた場所で、こっそりと口元を緩めていた。


 泉には、透き通った水が満ち、周囲には、光の粒がふわふわと舞っている。焼け焦げていたはずの地面にも、小さな新芽が顔を出し始めていた。


「――綺麗、ですね」


 悠人は思わず、その光景に見入った。

悲しみに沈んでいた場所が、少しずつ、本来の姿を取り戻していく。

その様子を、木々の陰から、静かに見つめる人影があった。

長老だった。


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