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異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
4章 大樹の森編

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第26話 長老の記憶

「――名を名乗れ、人間よ」


「相良悠人と申します。この森の美しさに惹かれて、無理を承知で足を踏み入れました」


 悠人は正直に答えた。取り繕った言い訳をしても、この老エルフには見抜かれる気がした。


「セレアには何の非もありません。頼み込んだのは僕です」


 長老は無言のまま、しばらく悠人を見据えていた。広間には、木の葉を渡る風の音だけが響いている。やがて、深く息を吐き、静かに口を開いた。


「なぜ、この森がこれほどまでに余所者を拒むか。お前は知っているか」


「いいえ。ただ、それなりの理由があるのだろうとは、思っています」


「――戦が長引いていた頃、この森の東側に、精霊の泉を守る小さな集落があった」


 長老の声は、静かだが、深い痛みを孕んでいた。


「ある夜、戦火に追われたという人間の一団が、一夜の宿を求めて訪れた。ぼろぼろの身なりで、子連れの女までいた。我らは哀れに思い、彼らを集落に通したのだ」


「……」


「だが、あれは、偽りの姿だった。彼らの目的は、集落の若いエルフを攫うことだった。我らの若者は、人間の世界では、高値で売れるのだそうだな」


 その言葉に、セレアが小さく息を呑んだ。悠人の背筋にも、冷たいものが走った。


「その夜は、里の戦士の多くが、森の奥へ出払っていた。残っていたのは、年寄りと、まだ剣を握れぬ若者ばかりだ。それでも、異変に気づいた者が、声を上げた」


 長老は、遠い日を見るように、目を細めた。


「人間どもは、隠し持っていた武器を抜いた。集落は戦場になった。誰かが放った炎が家々を焼き、怒りに任せて放たれた我らの魔法が、泉の周りの森を焼いた。朝になる頃には、人間どもは一人残らず、討ち果たされていた」


 広間に、重い沈黙が落ちた。


「だが、我らが失ったものも、あまりに大きかった。集落は焼け、精霊の泉は血と炎で穢れた。……あの日、我が息子も、攫われかけた若者たちを庇って、命を落とした」


 長老の握りしめた拳が、微かに震えていた。


「怒りに任せて森を焼いたのは、我ら自身でもある。それも分かっている。だが、それでも、許すことはできん。あの夜を思い出さぬ日は、一日たりともない」


 セレアも、初めて聞く話だったのか、青ざめた顔で俯いていた。長老は、そんな彼女に、ちらりと視線を向けた。


「お前のような若い者が、人間の言葉に耳を貸すことが、我にはこの上なく恐ろしい」


「……長老様」


「それ以来、我らは掟を厳しくした。人間を信じた代償が、あまりに大きすぎたからだ」


 悠人は深く頭を下げた。


「――教えていただき、ありがとうございます。その痛みを、簡単に理解したなどとは言いません。同じ人間として、あなたの息子さんや、傷つけられた皆さんに、謝る資格があるのかも、僕には分かりません」


「……」


「ただ、話してくださったことに、感謝します。そして、そんなことがあった森に、無断で踏み込んでしまったことを、お詫びします」


「感謝など不要だ。お前たちは、掟を破った余所者に変わりない」


 長老は静かに、しかし断固とした口調でそう告げた。


「セレアの処罰は追って沙汰する。お前たちは今すぐ、この森を去れ」


 それ以上、交渉の余地はなかった。悠人たちは見張りに囲まれ、静かに森の外へと送り出された。


「――セレアさんは、大丈夫でしょうか」


 森の入り口で振り返りながら、悠人はぽつりと呟いた。


「あの様子だと、無事では済まないだろうな」


 リゼットが険しい表情で言った。


「あの焼け跡が、そういう場所だったなんてな……。人間のクズどもが」


 リゼットの声には、怒りとも、やるせなさともつかない、複雑な響きがあった。

悠人は拳を握りしめた。長老の悲しみは、痛いほど分かる。だからこそ、無理に踏み込むことはできない。

同じ人間が犯した罪の重さを、自分がどう背負えばいいのか、答えは見つからなかった。


「悠人。お前が責任を感じる必要はない。あれは、別の人間が犯した罪だ」


 フィンが、静かにそう言った。


「……分かってます。でも、僕は人間として、あの人たちの目を、まっすぐ見られませんでした」


 だが、このまま黙って立ち去ることも、どうしても選べなかった。


「――何か、できることがあるはずです」


まだ、答えは見えない。それでも、悠人は諦めるつもりはなかった。

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