第25話 木々の間の道
翌日の夕暮れ、セレアは約束通り、森の外れに姿を現した。
「正式な許可は、やっぱり下りませんでした。でも……」
彼女は周囲を気にしながら、声を潜めた。
「見張りの目が緩む、裏道を知っています。少しの間だけなら、案内できるかもしれません」
「危ない橋を渡らせて、すみません」
「いえ。私も、外の世界のことを、少し知りたかったので」
セレアの案内で、一行は正門とは反対側の、鬱蒼とした茂みをかき分けて森へと踏み入った。
枝葉が頬をかすめ、足元では、湿った落ち葉が、ふかふかと沈み込む。獣道のような細い道を、セレアは迷いなく進んでいく。
中に入った瞬間、悠人は思わず息を呑んだ。
見上げるほどの巨木の幹に、いくつもの家屋が寄り添うように作られている。木々を繋ぐ吊り橋には、淡く発光する蔓草が絡みつき、幻想的な光の道筋を作っていた。
小さな光の粒――精霊のようなものが、木々の合間をふわふわと漂っている。
「これは……」
言葉が出なかった。潮の匂いとも、硫黄の匂いとも違う、清涼な木々の香りが、肺の奥まで満たしていく。頭上からは、風に揺れる葉のざわめきに混じって、どこか遠くで、澄んだ笛のような音色が聞こえていた。
「精霊たちは、この森と共に生きているんです。私たちエルフも、彼らの恩恵を受けて暮らしています。あの光る果実も、精霊たちが実らせてくれるものなんですよ」
セレアの説明に、フィンが小声で唸った。
「地図に描けるレベルの話じゃないな、こりゃ」
道の途中、幹の陰から、幼いエルフの子供が、じっとこちらを覗いていた。悠人が小さく手を振ると、子供は慌てて母親らしき人物の後ろに隠れてしまう。母親は、鋭い視線を悠人たちに向けながら、子供を抱きかかえるようにして、足早に去っていった。
「あれが、普通の反応なんです」
セレアが、少し寂しげに呟いた。
「悠人さんたちが悪いわけじゃないんです。ただ、みんな、怖いんだと思います。また、大切なものを奪われるんじゃないかって」
「大切なもの、ですか」
「はい。この森そのものも、そうですし……仲間の命も」
その声はごく小さかったが、悠人の耳には、はっきりと届いた。
ふと、森の東の方角へ目をやった悠人は、思わず足を止めた。青々と茂る森の中で、その一角だけが、黒く煤けたように枯れ果てている。
まるで、巨大な傷跡のように、森の一部がえぐり取られていた。
「あそこは……」
「……昔、何かがあった場所です。私も、詳しいことは、教えてもらえなくて」
セレアは、そう言って視線を逸らした。その表情には、触れてはいけない何かに触れた者の、怯えのようなものが浮かんでいた。
しばらく歩を進めたところで、頭上の吊り橋の上に、複数の人影が現れた。
「――そこにいるのは、誰だ」
鋭い声。見覚えのある、昼間の見張りだった。
「セレア、貴様……!掟を破ったのか!」
「っ!これは私が――」
弁明しようとするセレアを庇うように、悠人は一歩前に出た。
「僕たちが、無理を言ってお願いしました。彼女は悪くありません」
「黙れ、人間。連れて行く」
抵抗する間もなく、悠人たちは複数の見張りに囲まれ、森の中心部へと連行されることになった。
リゼットが腰の剣に手をかけたが、悠人は静かに首を振って、それを制した。ここで力に訴えれば、すべてが終わってしまう。セレアも、青ざめた顔で共に歩かされている。
「すみません……私のせいで」
「大丈夫です。それより、これからどうなるんでしょうか」
「長老様の元へ、連れて行かれるんだと思います」
その言葉に、悠人は思わず身を固くした。森の掟を最も重んじているという、その長老に。
やがて辿り着いたのは、ひときわ大きな古木の根元にある広間だった。奥に佇む一人の老エルフが、静かにこちらへ視線を向ける。
長く生きてきた者だけが纏う、深い威厳がそこにはあった。
「――人間が、掟を破って森に入ったと聞いた」
低く、重みのある声だった。
悠人は、緊張しながらもまっすぐにその視線を受け止めた。
ここでの受け答え次第で、この森との関係のすべてが決まる。そんな予感が、静かに胸を満たしていた。




