第24話 森の番人
「――そこで何をしている」
リゼットの声に、悠人ははっと我に返った。焚き火の外れの茂みが、微かに揺れている。
「出てこい。隠れても無駄だぞ」
しばらくの沈黙の後、茂みからおずおずと姿を現したのは、まだ幼さの残る顔立ちの、若いエルフの少女だった。長い耳の先が、緊張のせいか小刻みに震えている。淡い金色の髪を、緑のリボンで一つに束ね、小さな布包みを胸に抱えていた。
「あの、怪しい者では……」
「森の見張りの一人か」
「見習い、です。夜番を仰せつかっていたんですが、あの……焚き火が気になってしまって」
少女は名をセレアといい、恐る恐るといった様子で、悠人たちのそばに腰を下ろした。
「人間を、こんなに近くで見るのは初めてです。皆さん、本当に耳が丸いんですね」
その素直な物言いに、悠人は思わず頬を緩めた。
「昼間は、随分と手厳しく追い返されましたが」
「すみません……。うちの森は、昔からずっと、余所者にはあんな感じで」
セレアは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「私は、正直よく分からないんです。人間が皆、悪いことをするわけじゃないでしょうに」
「森の人たちは、何をそんなに警戒しているんですか」
悠人が尋ねると、セレアは一瞬、言葉を選ぶように黙り込んだ。
「詳しいことは、私も長老様からしか聞いたことがなくて……。でも、昔、人間との間に、何か大きな出来事があったみたいです。今の掟が決まったのも、その頃かららしくて」
それ以上は、セレア自身もよく知らないようだった。
「あの、これ……お詫びに」
セレアは、胸に抱えていた布包みを、おずおずと差し出した。開いてみると、中には、こんがりと焼き色のついた、小ぶりのパイが、四つ並んでいた。
「今日の夕食の残りです。昼間、同族が失礼なことをしてしまったので……」
「気にしないでください。いいんですか、勝手に持ち出したりして」
「バレたら怒られますけど。でも、人間の方にも食べてほしくて」
悠人は、ありがたくそのパイを受け取った。
一口かじると、さくりと軽い音がして、口の中に、ほのかに甘酸っぱい香りが広がった。
昼間、道端で見た、あの淡く光る紫色の果実だ。煮詰められた果肉はとろりと柔らかく、焼き込まれた生地の香ばしさと絶妙に溶け合っている。
「――美味しい」
思わず漏れた声に、セレアの顔がぱっと明るくなった。
「森の果実を煮詰めて、パイにするのは、この里の昔からの料理なんです」
「これは、名物になりますよ。絶対に」
悠人が食い気味に言うと、リゼットもフィンも、黙々とパイを頬張りながら、無言で何度も頷いていた。
「……食べ物の話になると、目の色が変わるな、お前は」
「だって、美味しいんですから」
その様子を、セレアはくすくすと笑いながら眺めていた。緊張は、いつの間にか解けているようだった。
「悠人さんは、変わった人ですね。人間って、もっと怖い人たちだと思ってました」
「怖がらせてしまうことも、あるんでしょうね」
「はい。でも、こうして一緒にパイを食べると、そんなに違わないなって」
その素朴な一言が、悠人の胸に、じんわりと染み渡った。
「あの、昨夜見えた光は、何なんですか」
悠人が話題を変えると、セレアの表情がさらに明るくなった。
「妖精の夜祭りです! もうすぐ、年に一度のお祭りがあって」
「夜祭り……」
「森中に、妖精灯りが灯るんです。とても綺麗なんですよ。でも……」
セレアの声が、また小さくしぼんだ。
「よそから来た方が、見たことは一度もないと思います」
「見てみたいです、その祭り」
悠人が率直にそう言うと、セレアは驚いたように目を丸くした。
「無理を言うつもりはありません。ただ、そう思っただけです」
しばらく考え込んだ後、セレアは意を決したように口を開いた。
「――少しだけ、考えさせてください。私にできることが、あるかもしれません」
東の空が白み始める頃、セレアは慌てたように立ち上がった。
「そろそろ戻らないと、見つかってしまいます。また、来ます」
そう言い残し、少女は音もなく森の奥へと消えていった。
残された悠人たちは、しばらく無言で顔を見合わせた。
「思わぬところから、糸口が見つかったな」
フィンがそう呟くと、悠人は静かに頷いた。手の中には、まだ、パイの温もりがほのかに残っていた。
閉ざされた森にも、確かに小さな隙間があった。




