第22話 分け合うということ
翌朝、悠人は市場を一人で歩きながら、それとなく話を聞いて回った。
朝の市場は、昨日にも増して活気に満ちていたが、よく目を凝らすと、売り場の奥で、諦めたように肩を落とす客の姿も、ちらほらと見えた。
「観光客向けの店に、いい魚から先に卸すようになってな。おかげで、うちらが買う分は、値段が上がる一方さ」
魚屋の老婆が、ため息交じりにそう教えてくれた。
「文句を言いたいわけじゃないよ。船が増えたのは、ありがたい話さ。ただ……」
「地元の人が、後回しになってしまう、ということですか」
「そういうことだね。昔から、この町に住んでる連中ほど、いい魚が食べられなくなるなんて、皮肉な話だろう」
老婆は、苦笑いを浮かべながら、氷の上に並べた小ぶりの魚を、一匹ずつ丁寧に拭いていた。
その話を聞いて、悠人はドルンのもとを訪ねた。
「――知ってる。分かってるさ、それくらい」
ドルンは気まずそうに顔をしかめた。
「だがな、観光客が持ってくる金は、船の修理代にも、若い連中の給金にもなる。無視できる話じゃないんだよ」
「儲けが必要なのは、分かります。ただ」
悠人は、慎重に言葉を選んだ。
「僕がここに来たときに感じたのは、この町の人たちが、また笑って暮らせるようになってほしい、ということでした。観光客のための町になってほしいわけじゃ、なかったんです」
「……分かってるって、言ってるだろうが」
ドルンは苛立たしげに言いながらも、その目は、どこか納得しきれない様子だった。
海の向こうを睨みつけるように見つめる横顔に、迷いがはっきりと滲んでいた。
その日の夕方、漁師小屋に人が集まり、久しぶりに話し合いが行われた。悠人は口を挟まず、隅で成り行きを見守った。
集まった漁師たちの顔ぶれには、若い者も年寄りも、女房連中も混じっている。それぞれが、自分の思いを抱えて、車座に腰を下ろしていた。
「観光客向けと、地元向けと、最初から分けちまえばいいんじゃないか」
口火を切ったのは、コウガだった。
「水揚げの何割かは、必ず地元の市場に先に回す。残りを、宿や観光客向けの店に卸す。それだけの話だろう」
「そんな単純にいくかね」
「単純にやらなきゃ、こじれるだけだろうが」
「地元の市場を優先するとなると、宿の連中が黙っちゃいないぞ」
「それでも、この町の人間が、自分の町の魚を食えなくなるよりは、ましだろう」
言葉が飛び交い、時には声が荒くなる場面もあった。それでも、誰も席を立とうとはしなかった。みな、この町のために、真剣に考えているのだと、悠人には分かった。
ドルンはしばらく黙り込んでいたが、やがて重い口を開いた。
「――三割は、必ず地元優先にする。それでどうだ」
異論を挟む者はいなかった。決して完璧な解決策ではないだろう。それでも、町の人々自身の手で決めたことに、悠人は静かな安堵を覚えた。
(――僕が決めることじゃ、なかったんだな)
会議の後、リゼットが隣に並んで、ぼそりと呟いた。
「お前、途中で何か言いたそうな顔してたな。よく黙ってられたもんだ」
「言いたいことは、たくさんありましたけど。でも、あの人たちが自分で決めた答えの方が、ずっと強いと思ったので」
「……そうか」
リゼットは短くそう答えたが、その横顔には、どこか感心したような、それでいて少し悔しそうな色が浮かんでいた。
気づいたことを伝える。あとは、その土地の人たちが、自分たちのやり方で答えを出していく。それでいいのだと、悠人は改めて思った。
数日後、悠人たちは再びポルテナを発つことになった。
「次はどこへ行くんだ」
見送りに来たコウガの問いに、フィンが地図を広げながら答えた。
「西の大樹の森だ。エルフの領域らしい」
「あそこは、よそ者にはかなり厳しいって噂だぜ」
「望むところです」
悠人はそう言って、笑った。
港を離れる荷馬車の上から、悠人は変わりゆく町の景色を、もう一度目に焼き付けた。灯台の足場の上で、作業員が大きく手を振っているのが見えた。
この町にもらった小さな教訓を胸に、一行は次なる目的地――大樹の森エルデンヴァルトへと向かった。




