第21話 変わった景色
数ヶ月ぶりに訪れたポルテナは、記憶にある町とはまるで違う顔をしていた。
坂道を下りきる前から、賑やかな声が耳に届いてくる。桟橋には修復された船が何隻も並び、市場には活気のある売り声が響いていた。潮の匂いに混じって、炭火で魚を焼く香ばしい匂いが、風に乗って鼻先をくすぐる。
「……本当に、ここがあのポルテナか?」
フィンが持参の地図と見比べながら、驚いたように呟いた。
閉ざされていた店の多くに、新しい板戸と、開店を知らせる旗が掲げられている。
あの日、「乾物屋」と読めた朽ちかけの看板も、今は新しい木材で掛け直され、店先には、色鮮やかな干し魚が、ずらりと吊るされていた。
走り回る子供たちの姿も、以前よりずっと増えていた。崖の上の灯台には、崩れていた上部に足場が組まれ、職人たちが忙しなく行き来しているのが見えた。
悠人たちが港の方へ向かうと、見覚えのある姿が目に飛び込んできた。
「――お前ら、生きてたのか」
ドルンだった。以前より日に焼けた顔で、腕を組んでこちらを見ている。その口調は相変わらず素っ気なかったが、目元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「ドルンさん、お久しぶりです。すごい変わりようですね」
「まあな。あれから、白ひげ様見物の話が、ぽつぽつと広がっててな」
ドルンによれば、あの日の女性客が旅先で吹聴してくれたおかげで、月に数人ではあるものの、白ひげ様を見にわざわざこの町を訪れる者が現れるようになったのだという。
「もちろん、それだけで食っていけるわけじゃない。だが、船の修理代の足しにはなる」
得意げに話すドルンの後ろから、コウガが片手を上げて駆け寄ってきた。
「久しぶりだな!おかげさんで、船も三隻に増えたんだぜ」
「三隻も!」
「なんの。まだまだこれからさ」
コウガは笑いながら、修復された造船所を指差した。以前は静まり返っていたその場所には、木材を運ぶ人々の姿があり、活気のある槌音が響いていた。
市場では、干物や貝殻を使った小さな土産物まで並び始めていた。売り子の中には、あのドルンの孫娘の姿もあった。
「お兄ちゃん、また来たんだね!」
元気よく駆け寄ってくる少女に、悠人は思わず目を細めた。少女の手には、貝殻に穴を開けて作った、小さな首飾りが握られていた。
「これ、あたしが作ったの。お兄ちゃんにあげる」
「いいの?ありがとう。大事にするよ」
悠人がそう言って受け取ると、少女は得意げに胸を張った。その様子を、少し離れた場所から見つめるドルンの目は、どこまでも優しかった。
宿を訪ねると、老夫婦は満面の笑みで迎えてくれた。以前は閑散としていた食堂にも、数組の客の姿がある。夫婦の孫だという若い娘さんが、手伝いのために王都から戻ってきたのだという。人が戻ってきていることが、そんなところにも表れていた。
「あんたたちのおかげだよ、本当に」
宿の女将にそう言われ、悠人はくすぐったいような気持ちになった。
「僕は、きっかけを作っただけです。ここまで変えたのは、この町の人たちですよ」
その夜、食堂の名物として運ばれてきたのは、あの日皆で囲んだ漁師鍋だった。今では、宿の看板料理になっているのだという。獲れたての魚と貝の旨みが溶け出した、澄んだ汁を啜りながら、リゼットがぽつりと呟いた。
「――こういう景色を、俺はもっと見てみたいのかもな」
その一言に、悠人は静かに頷いた。鍋を囲む人々の笑い声が、食堂いっぱいに響いている。初めてこの町を訪れた夜には、想像もできなかった光景だった。
「リゼットさん、最初にこの町で会ったときと、ずいぶん表情が変わりましたね」
「……うるさい。飯が美味いだけだ」
リゼットはぷいと横を向いたが、その耳が少し赤くなっているのを、フィンだけが、にやにやしながら眺めていた。
だが、賑わいの裏側で、市場の隅から漏れ聞こえてきた小さな会話が、悠人の耳に微かに引っかかった。
「近頃、獲れた魚が、こっちに回ってこないことが増えたよなあ」
「観光客向けに、先に売っちまうかららしいぜ」
その声は、すぐに喧騒にかき消されていった。
だが、悠人の中に、小さな違和感が静かに残った。




