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異世界観光物語〜勇者として呼ばれたのに魔王が倒されたって!?〜  作者: 亀丸物産
3章 温泉街編

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第18話 商人バロック

 湯が戻ってから数日が経った頃、街道の向こうから、久しぶりに荷馬車の車輪の音が聞こえてきた。


「お客さんかしら……いえ、あれは」


 ノアが窓の外を覗きながら首を傾げた。

到着したのは、幾つもの荷車を連ねた、規模の大きな商隊だった。先頭の馬車から降りてきたのは、恰幅の良い、如才なさそうな笑みを浮かべた中年の男だった。革の上着には、あちこちに土埃がこびりつき、長旅の跡がありありと見て取れる。


「いやはや、噂は本当だったか。カルデナの湯が戻ったと聞いてな、様子を見に来たんだが」


 男は懐から取り出した手拭いで額の汗を拭いながら、街道の先を見やった。街まで急いで馬を走らせてきたのだろう、額には、まだ玉のような汗が浮かんでいる。

男は名をバロックといい、この辺り一帯を回る行商人の元締めだった。


「戦前は、うちの商会もこの街に定期的に品を卸してたんだがね。湯が涸れてからは、さっぱり寄り付かなくなっちまった」


「今は、様子見にいらしたんですか」


「まあな。ただの噂話に、大事な荷を持ってくるほどお人好しじゃない。商売ってのは、まず自分の目で確かめてからだ」


 バロックはそう言いながらも、興味深そうに街の様子を見回していた。湯気の立つ露天風呂、修繕中の宿の看板、久しぶりに賑わい始めた通り。その視線は、値踏みするように一軒一軒を丁寧に辿っていく。


「――なるほどな。この様子なら、多少は張り込む価値がありそうだ」


「張り込む?」


「商売の話さ。今は空荷同然だが、次に来るときは、風呂上がりに合う石鹸だの、湯治客向けの土産物だのを積んでこよう」


 悠人がその手際の良さに感心していると、バロックはふと悠人の方に目を向けた。


「そういうお前さんは、何者だ。旅の商人には見えないが、この街の再建に一枚噛んでるって噂だぞ」


「相良悠人といいます。旅をしながら、面白い場所を見つけて回っているだけの者です」


「面白い場所、ねえ」


 バロックは、値踏みするような目つきで、頭のてっぺんから足の先まで悠人を眺め回した。


「特に商売をしているわけではないんです。ただ、面白い場所を見つけたら、放っておけない性分で」


「儲けにもならんことに、随分と精を出すもんだな」


 バロックは呆れたように笑ったが、その目には、どこか値踏みするような色も見えた。


「まあいい。悪い人じゃなさそうだ。おい、そこの姉ちゃん」


 バロックがエミルの食堂の方を指差した。


「湯たまごを名物にしたいなら、大鍋と、香辛料の一つも仕入れた方がいいぞ。今度、うちの荷に混ぜて持ってきてやろう」


「本当ですか! ぜひお願いします!」


 エミルは、両手を胸の前で握りしめながら、目を輝かせた。


「香辛料が揃ったら、新しい味も試してみたいんです。悠人さんに、真っ先に食べてもらいますね」


「楽しみにしてます」


 悠人が素直にそう答えると、エミルは頬を緩ませたまま、しばらくぼんやりと立ち尽くしていた。その横で、ノアも遠慮がちに口を開いた。


「あの、うちの宿も、お布団と、あと石鹸を……」


「分かった分かった、まとめて見積もってやるよ」


 バロックは懐から使い込まれた帳面を取り出し、慣れた手つきで、それぞれの注文を書き留めていく。面倒見が良いのか、単に商機に敏いだけなのか、次々と話をまとめていく様子は、どこか職人的でもあった。


「次に来るのは、ひと月後だ。それまでに、しっかり客を呼び込んでおけよー!」


 そう言い残すと、バロックは意気揚々と荷馬車に乗り込み、街を後にした。土煙を上げながら遠ざかっていく荷馬車を、街の人々は、期待の眼差しで見送っていた。


「――なんというか、忙しない人ですね」


「ああいうのが、地に足のついた商売人ってやつだ。損得抜きで動く俺たちとは、また違う種類の頼もしさだな」


 リゼットが呟いた言葉に、悠人は思わず笑った。旅を通して出会う人々は、一人として同じ顔をしていない。それが、たまらなく面白いと思えた。

エミルは、遠ざかる荷馬車を見送りながら、まだどこか夢見心地の様子で、湯たまごの殻を握りしめていた。

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