第12話 地図にない道
次の目的地は、火山の麓にあるという温泉街カルデナだった。ポルテナの人々から聞いた話では、以前は保養地として名の知れた場所だったが、戦争でほとんどの宿が閉じてしまったという。
「温泉、ですか。それは、ぜひ行ってみたいです」
「趣味全開だな、お前」
リゼットに呆れられながらも、二人は徒歩でカルデナを目指すことになった。
街道の状態が悪く、荷馬車を頼める商人も見つからなかったためだ。
最初の一日は、穏やかな丘陵地帯を歩いた。刈り取られないまま黄金色に伸びた麦畑が風に揺れ、遠くには、煙の上がらない廃村の屋根が、ぽつぽつと点在している。
「この世界、意外と、景色は綺麗なんですね」
「戦争の傷跡と、景色の良さは別物だ」
リゼットは素っ気なく答えたが、歩きながら、時折足を止めて遠くの景色に目をやっていた。悠人はそれに気づきながらも、あえて何も言わずにいた。
二日ほど歩き続けたところで、一行は川にかかる橋の前で足を止めることになった。
「……これは、渡れないな」
橋の中央が大きく崩れ落ち、川の流れがその隙間から荒々しく覗いている。
橋のたもとには、大きな紙を広げ、真剣な顔つきで何かを書き込んでいる若い男の姿があった。目の下には濃い隈があり、髪も乱れたままだ。
「すみません、この橋、渡れないみたいなんですが」
悠人が声をかけると、男は顔を上げ、心底不満げにため息をついた。
「知ってるよ。だからこうして、記録してるんじゃないか」
「記録?」
「地図だよ。この橋、俺の持ってる地図じゃまだ普通に渡れることになってるんだ。おかしいと思って来てみたら、この有様だ」
男は名をフィンといい、各地を回って地図を作り直している地図職人なのだと自己紹介した。
「戦争のせいで、地形も道も、何もかもが変わっちまった。おかげでどの地図も当てにならない。俺が実際に歩いて確かめて、描き直すしかないんだよ」
「大変な仕事ですね」
「大変どころじゃないさ。おかげでここ最近、まともに眠れてない」
フィンはそう言いながらも、崩れた橋のスケッチを手早く仕上げていく。その手つきには、確かな誇りが感じられた。線の一本一本に、一切の妥協がない。
「カルデナに行きたいなら、この先の森を抜ける迂回路がある。俺も、ちょうどそっちの調査に向かうところだったんだ」
「その道、危険はないんですか」
「多少はな。小型の魔物が縄張りにしてる場所があるが……まあ、そっちの姉さんがいれば、問題ないだろう」
フィンがちらりとリゼットを見やると、彼女は肩をすくめた。
「口だけは達者だな、地図屋、とでも言っておこうか」
「否定はしないさ。ただの記録係だからな、俺は」
三人はそのまま、森の迂回路を進むことになった。案の定、途中で獣道を塞ぐように陣取っていた小型の魔物に出くわしたが、リゼットが難なく追い払い、大事には至らなかった。
「助かった。おかげで、正確な道を記録できる」
フィンは満足げにペンを走らせながら、悠人たちに向き直った。
その夜、森の中で焚き火を囲みながら、フィンがふと尋ねた。
「そういえば、お前は、どこの出身なんだ。言葉は通じるが、どうも、この辺りの人間っぽくない」
「……ずっと遠い場所から来ました。説明が難しいくらい、遠くです」
悠人は曖昧に笑って、そう答えた。嘘ではない。ただ、異世界から来たとまで言えば、余計な混乱を招くだけだと思ったからだ。
「ふうん。まあ、詮索はしないでおくよ」
フィンはそれ以上は追及せず、また地図に視線を戻した。その距離感が、悠人には心地よかった。
リゼットは、焚き火越しにそんな二人を眺めながら、小さく肩をすくめただけだった。
「なあ、お前ら、この先もしばらく同じ方向に向かうのか」
「はい。カルデナまで」
「なら、ちょうどいい。俺もその辺りの地図を、ずっと作り直したかったんだ。しばらく同行させてもらってもいいか」
悠人が頷くと、フィンは早速、新しい紙を取り出し、これから向かう道のりを書き込み始めた。
翌日、森を抜けた先、遠くにうっすらと湯気の立ち上る山の稜線が見えてきた。
「あれが、カルデナの山か」
悠人は思わず足を速めた。まだ見ぬ温泉街への期待が、旅の疲れを忘れさせてくれた。




