◆448 ビリーとレオン
アズリーのゲート・イーターにも限界はある。
当初、全てを呑み込み尽くすかと思われた巨大な闇の扉は、モンスターを呑み込みながら、徐々に収縮していった。
「ふん、中々強力な魔法だな。あの十二の魔法で我が軍の一割を持っていったか」
ルシファーが眼下で逃げ惑うモンスターたちを見ながら呟く。
様々なモンスター、ベータ、下級悪魔を呑み込みながら、遂にはその消失へと向かう。
眼前でゲート・イーターが消えたモンスターたちは、安堵の表情を浮かべた。
しかし、十二の矢は消失しても、残りの一本はまだ生きている。
巨大化したツァルと狼王ガルムであるタラヲが強烈なブレスを吐き、ライアンはダラスと協力してモンスターを撃破し、切っ先にいる銀のブルーツ、ブレイザー、ベティーは地獄を切り開きながら皆を導いた。
敵と距離をとってはいけない。この毒は、魔王軍の内部にいなければならない。モンスターが集中する場所こそが、彼等が生き残る場所。一度、魔王軍と距離をとれば、先の衝突がもう一度起こってしまう。それを受けられるだけの余力は、彼等にはなかったのだ。
当然、それは両翼でも起き得る事である。それをさせないのが遊撃部隊であるリーリアだ。全ての天獣を両翼にいる魔王軍の進軍に対し、適度に分散させていた。これは、自由自在に空を飛べる四天がいるからこそ出来るのだ。戦場の流れをリーリアが読み、そこへ向かう。ある時は突撃し、右翼にいる時は、空を飛べる四天に左翼への援護を指示した。
このバランスが決壊しては、右翼、左翼の崩壊に繋がる。
それ程、解放軍の戦力は魔王軍に劣っていたのだ。
「糞竜! 合わせろ!」
「はいでしゅ!」
「「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!」」
マイガーとバラードの極ブレスがモンスターの一団に飛んでいく。
「「ほいのほいのほい……ほい! オールアップ・カウント10&リモートコントロール!」」
ヴィオラ、ジャンヌ、リナ、オルネルが支援魔法を発動する。
送られる先は、リーリア率いる遊撃部隊から零れてやってきたモンスターと戦う、エッグ率いる元王都守護勇士兵団の生き残りたち。彼等が解放軍に入ったのは、トウエッドにやって来たクリートとの戦闘から。即ち、解放軍の中で、魔法士、戦士の両大学生に次いでレベルが低い。しかし、彼等はこの悪夢とも呼べる戦場に立った。それは、かつて勇士兵団を率いたチャーリーのおかげでもあり、この場で誰より前で戦うエッグの姿、その想いを知っていたからである。
「高周波ブレイドォオオオ! おっしゃ! 次! ショックウェイブ! エアリアルダンサーッ!」
無数の武器を器用に使い、エッグは右翼に誰も近付けさせようとしない。
それは、自分の背に誰よりも守らなければならない存在がいるから。
リナは心配そうにその背中を見つめながら支援魔法を、攻撃魔法を放った。
そして、昨晩エッグの真意を知ったオルネルもまた、それは同じだった。
「魔力に余裕あるヤツ! 少しでも多くギヴィンマジックを敷け! 戦士が出来るだけ戦い易いように動くんだ!」
オルネルの指示により、戦場の足下が多くの魔法陣で埋め尽くされる。
これにより、少しでも戦士の魔力枯渇を防ごうとしたのだ。たとえモンスターがその魔法陣を破壊しようとも、破壊した場所を新たな魔法陣で補填する。戦士が、少ない魔力を使わずにこの戦場を生き抜く事が困難だという事は、誰にでも理解出来た。それはどの戦場でも起きており、誰もが思っていた事だ。
戦争が始まって間もないというのに、既に多くの戦士が肩で息をしている。
そんな彼等の前に無数のアルファがやってくる。
「吸魔に注意!」
ヴィオラの指示により、皆もアルファに注意を向ける。
しかし、それ以上の存在がそこに現れてしまうのだ。それは、彼等にとって因縁深き相手。人呼んで聖法士ビリー。今や悪魔の一員となった強力な敵である。
当然、遊撃を務める戦士リーリアもビリーの出現に気付いていた。
しかし、リーリアの前には白のロイドが現れたのだ。
「……レオンッ! くっ! ウェルダン、灰虎と黒亀と共に右翼! 紫死鳥と黄龍には左翼に行ってもらいなさい!」
「はっ! いきなり予定が狂ったな!」
「戦場ではよくある事よ! それに……わかり切っていた事!」
リーリアはウェルダンから飛び降り、レオンと対峙する。
レオンの実力はリーリアにとって未知数。かつて戦った時には、その全ての攻撃をかわされてしまった。だからこそ、リーリアは右翼のリナたちを助けに行けなかった。
「殺しちゃったら、アズリーに怒られちゃうわね。でも、殺す気でやらないと、倒せない相手だってのも……わかっているつもり……!」
リーリアの顔が、表情が、徐々に変わっていく。これまでのような狂喜ではない。
それは、殺意に沈む……戦士の貌。
その溢れんばかりの殺意に、周囲のモンスターが怯える程である。
そんな殺意を背で受けるビリーが、リナたちを前にケタケタと笑う。
「おー、怖い怖い。だが、アレを相手に出来るのはルシファー様かレオンのみ。そう……今は、まだ、な」
気味の悪い笑みを浮かべるビリーの前に、二人の魔法士が立つ。
「ほぉ? ガストンの弔い合戦かな?」
それは、あの時その場に立っていなかった二人。しかし、その無念を誰より感じていた二人。リナ、オルネル、バラードは動けない。ルシファー・ブレイクに必要な人材だから。そう、悪魔ビリーの前に立った二人とは、ヴィオラとジャンヌ。
目に紫炎を、雷光を宿らせた二人が睨むは、ガストンの仇。
コノハに託された約束と共に、二人はビリーの前に立った。
「「ヴェストメント・フルスパークレイン」」
ジャンヌが編み出した雷の法衣。ジャンヌが復讐を誓い合ったヴィオラにこれを託さぬ訳がない。瞬時に青光を纏った二人に、ビリーの顔が嬉しそうに綻ぶ。
「いい。とてもいい。最高だ。貴様等を食ってその魔法を得れば、私はまだ強くなれる……!」
悪魔化したビリーの言葉にヴィオラが反応する。
「食う?」
ヴィオラの疑問はそこだった。仇に教える事は絶対にない魔法の秘密。それを食う事で得られると言ったビリーの言葉に疑問を持つのは当然の事だった。
「文字通り、身体に取り込んでやるまでだ」
「明確な答えは得られそうにないわね」
ヴィオラが深く腰を落とす。
ジャンヌは跳び上がり、ビリーを超えて反対側へ。
前後にヴィオラとジャンヌを置きつつも、ビリーの笑みが絶える事はない。
「はぁっ!」
ジャンヌが最初にビリーに向かって駆けた。
背後から振りかぶった拳がビリーの後頭部を狙う。しかし、ビリーは後ろ手にそれを掴んだのだ。
ジャンヌの表情が曇る事はない。
「その手が邪魔よね」
「何?」
ビリーはジャンヌにそう聞くも、右手の先にいるはずのジャンヌは既にそこにいなかった。
ビリーの怪力の中にある隙を衝き、瞬時に離れたジャンヌは、そのまま未だ後ろ手のビリーの右肘、その関節を極めたのだ。
「ぬぉ!?」
その反射行動だけで十分だった。
ジャンヌの動きに抗おうとするビリーの眼下に迫っていたのは、元王都守護魔法兵団団長ヴィオラ。ジャンヌの動きに合わせていれば被害を防げていたが、ジャンヌはビリーの本質的な反射を衝いた。
ヴィオラは自分を狙うビリーの左手をかいくぐり、ビリーの腹部に二発の打撃を入れた。
「ぐぉ!?」
「よしっ!」
限界突破したヴィオラのレベルは当初百二十程だったが、トウエッドの街に着いてから更に己を磨いた。それは当然、ガストンを倒したビリーを倒すため。ジャンヌもまた戦闘力を向上させるべく、己を痛め続けた。レベル然り、レベル以外の強さ然り。
百五十に迫る二人の実力は、ビリーに確実なダメージを与えた。
そう、少なからずダメージを与えたのだ。
しかし、それは本当に少ないダメージだった。
ビリーの腹部にダメージを与え、コノハとの約束を二発果たしたはずのヴィオラが、最初に気付く。
(手応えが……ない!? ――っ!?)
瞬間、ヴィオラはビリーに思い切り蹴飛ばされてしまう。
右腕を極めていたジャンヌも、その圧倒的な腕力で強引に外されてしまう。
「ははははは、甘い。砂糖のように甘いぞ? 成長するのが貴様等だけだと思っているのか? 私は他の二人のように甘くないのだよ。私の実力は、既に天獣を超えた!」
ビリーが究極限界を見せると共に、周りのモンスターたちが呼応するように叫ぶ。それは、過去皆で撃退したビリーの魔力とは段違いだったのだ。
「――ならば、証明してみせろ」
振りかぶられた巨大な前脚。
「くっ!」
ビリーの実力があろうと、それをかわす事は出来なかった。
それは、今しがた下に見た灰虎の攻撃だったからだ。
ビリーはその右前脚を受け、顔を歪ませる。が、どこかその顔には余裕があった。
「なるほど、確かに私よりも強いな」
灰虎は瞬時にビリーの実力を認め、後方へ跳んだ。
「ヴィオラ、ジャンヌ、合わせろ。三人でこの悪魔を叩く」
強者からの提案に、二人は頷く他なかった。
現に、灰虎がいなければこの戦闘は早々に片が付いただろう。
右翼の戦力が左翼に劣る訳ではないが、リーリアはビリーの強さに焦点を当て、右翼に天獣三人を配置したのだ。
アルファが襲いかかる右翼。ヴィオラとジャンヌは自陣を心配しつつもビリーを見据えた。焔の大魔法士ガストンのために。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リーリアの前に立ったレオンは、先の戦いのように、ゆらゆらと右へ左へ揺れるばかりである。それは、リーリアの強烈な殺意を前にしても同じだった。
「時間を掛けている暇はないの。全力でいくから……っ!」
大地を蹴ってレオンに近付いたリーリア。天地から迫る二本の剣を、レオンは右横に揺れ、流れるようにかわす。すると、リーリアの下段からの剣が軌道を変えた。ほんの少しずらす事で、上段から振り下ろされるジョルノの剣に当てたのだ。
上段からの攻撃はレオンに向かうように弾かれ、レオンもそれを危険だと判断するように無理な体勢でかわす。
大きく仰け反ったレオンの頬に伝う一滴の朱。
「……魔力の方向性を使えるのがジョルノやアズリー……それに、アナタだけだと思わない事ね」
リーリアの指摘に、レオンがピクリと反応する。
そう、レオンがこれまで使用していたのはジョルノと同じ魔力の方向性の魔技。
揺れていたのは筋肉の弛緩を極限までリラックスさせるため。レオンは、それを魔力の方向性で反応し、強引にかわしていたのだ。
それに気付いたリーリアは、レオンに対抗すべくこれに磨きをかけた。
ウォレンがアズリーに言った通り、リーリアは元々この魔技を拙いながらも使っていた一人。そして、ジョルノの技術を、誰より見てきた存在なのだ。
可能な限りこの魔技の昇華に努めたリーリアは、レオンを前にここぞとばかりにこれを使用した。
「敵……か」
ここで、ようやくレオンがリーリアを敵と認める。
動きこそ変わらないものの、放出する魔力はこれまでにない程だった。
(やっぱり、魔法の才もずば抜けてる。おそらくこの時代の誰よりも……!)
そう、彼はアズリーと同じく悠久を歩く者。
保有している魔力はトゥースのソレに近かった。
「……だからといって、負けてられない……!」
リーリアがジョルノの剣を強く握り、深く腰を落とす。
直後、戦場に巨大な咆哮が轟く。
それは、炎龍王――獄龍ヘルエンペラーの叫びだった。
それ即ち、アズリーの使い魔ポチが、ヘルエンペラーと対峙した合図だった。




