◆449 クリートとイディア
ビリーがジャンヌとヴィオラの前に立った時、クリートもまた元十二士たちの前に立っていたのだ。
「奴がクリートかのう?」
千剣万化のチャーリーが、背後で支援魔法を発動していたバルンに聞く。
「そうですよ。そして、おそらく古代の王族……でもあると思います」
バルンの言葉に、クリートの目が見開かれる。
その目は、強く、鋭く、激しい怒りに満ちていた。
クリートの怒りに気付いたバルンは、それが事実だと確信を得る。
「やだな~、ウォレンさんに聞いたんですよ。あの人が言うから間違いないと思ってカマかけたらすぐに表情に出しちゃうなんて、指揮官の才能ないな~」
見下し、煽る言葉の連続に、クリートの目が血走る。
バルンのこの言葉を拾った剣鬼ジェイコブと、博愛の華弁キャサリンが呟くように言った。
「彼、人を怒らせる才能あると思います」
「そうね、その才能だけなら十二士筆頭になれるわよ、きっと」
そんな二人のバルンへの軽口も、クリートの悪魔化によって止められた。
強烈な魔力の波に、二人の顔に緊張が走る。
そして、クリートの宙図により新たな下級悪魔を召喚したのだ。
「相変わらず厄介な魔術だねぃ」
バルンの隣に着地しながら言ったのは、メルキィ。
「今までどこいたんです? 転移魔法陣からは出て来ませんでしたよね?」
「なはははは、トウエッドで言うところの、忍者ってやつだよぃ!」
「全然答えになってないですけど?」
バルンの隣で快活に笑うメルキィ。
「……っ! あの時の小娘かっ!」
かつて、レガリアでメルキィを追った事のあるクリートの目が光る。
「今回は追いかけっこじゃないよぃ。命と命のぶつかり合いさっ」
メルキィが両の拳をガツンとぶつけ合い、クリートを威嚇する。
「我を前によく吠える……!」
クリートを前に、一歩出る戦士が二人。
「ここは儂かのう」
「当然、私もイカせてもらうわ~♪」
かつてベイラネーアを守った二人。
巨大な大剣を持ったチャーリーと、巨大な戦斧を持ったダンカンがそこに立つ。
「よぃよぃよぃ! 僕も参加だよぃ!」
クリートを前に立ったのは三人。
「他の者は下級悪魔を頼む」
「「おうっ!!」」
チャーリーの言葉に、皆が呼応する。
「援護は僕に任せて!」
バルンの言葉に、三人は振り返らずに頷いた。
それは、信頼とクリートに対する警戒。
一人の悪魔を相手にする。全員で襲いかかる程、彼等は愚かではない。
互いを助け合い、互いの攻撃を察し合うにも限界はある。
それが、バルンの援護を含めた四人での戦闘だった。これ以上の参加は、互いの戦力を損なう。それが四人の出した結論だったのだ。
「くふふふふ、我に対し四人だと? 嘗められたものだ……!」
「がははははははっ!」
「なははははははっ!」
「おほほほほほほっ!」
「あははははははっ!」
クリートを前に高らかに笑ったのは、その四人。
この四人をしても、クリートとの間には圧倒的な戦力差がある。しかし、四人は笑った。不可解な表情を浮かべるクリートに、メルキィは指を差して言った。
「おいおいザッツ君? もうちょっと計算を勉強した方がいいよぃ! これは足し算じゃない。掛け算だよぃ!」
古代の王族――ウォレンはそれを見抜いていた。
かつて、聖帝ハドルとイディア皇后の間には一人の息子がいた。その息子こそ、皇太子ザッツ。アズリーたちの功績により、聖都レガリアを追われたイディア皇后は、ザッツ皇太子と共に姿をくらました。
煌びやかな生活、絢爛豪華な食事、欲が溢れていた日常。
しかし、ザッツの生活は聖戦士の活躍がきっかけで全てが変わった。
野草を囓り、モンスターに追われる毎日。母の憂さ晴らしに異形の身体にされ、イディアの罪によって聖都から追われた身ではあるが、ザッツは母を嫌う事はなかった。憂さ晴らしだろうと何だろうと、母の役に立つ事がザッツの全てだった。愛なきイディアの手により、歪んだ性格と骨格。母に認めてもらえぬのは、全て聖戦士のせい。
姿を変え、名を変え、母のため悪魔に魂を売ってまで手に入れた力。
真名を知られた事よりも、その力を嘗められた事が、クリートの全てを傷つけた。
怒りを燃やすクリートを前に、四人はまだ笑みを保っていた。
「くっ! 殺すっ!!」
襲いかかるクリートの動きは単調だった。だが、悪魔の身体能力がメルキィたちに余裕を与えなかった。真っ向から向かってくる敵に対応する弱者の術は一つ。
「変幻自在に動く他ないよぃ!」
全てはメルキィたちの作戦。
クリートを怒らせる事で得られる単調さ。これを利用する以外に、彼等が悪魔化したクリートと互角に戦う事は難しかった。賢者の弟子と、六勇士が二人、そして、誰もが認めるベイラネーアの門番ダンカン。知恵者たちの的確な判断で、ようやく互角。
左翼の戦いもまた、始まったばかり。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔王ルシファーがイディアに用意していたのは空間転移魔法。
そして、そのイディアが転移した先で、イディアは北を見ながら薄ら笑いを浮かべる。
そう、イディアが転移したのは解放軍の中央後方。
中央後方には、魔法士、戦士の大学生が大半。ララやフユ、その肩に乗ったコノハ、ナツもここにいるのだ。解放軍の全戦力の中で、一番脆い部分と言って過言ではない。
イディアが一人だとしても、奇襲が成功してしまえば、壊滅させる事は訳ない。
優雅に歩くイディアは、中央後方の最後方を視界に捉えると、口が裂けそうな程嬉しそうに笑った。
だが、それも束の間、イディアの魔力感知範囲に何かが引っかかったのだ。
「――っ!?」
イディアが跳び退いてソレをかわす。
後方に飛んでいったのは、よく練られた特級系魔法――シャープウィンド・アスタリスク。
「ほら、やはり現れたじゃありませんか?」
「五月蠅いわね、さっさと終わらせるわよ」
現れた二人の男女。
その髪色は対照的な黒と白。
全てを見透かす二人の目に、イディアの笑みは一瞬に消え失せた。
「何故、何故貴様がここにいる……アイリーン!」
イディアが睨んだのは、常成無敗のアイリーン。
ルシファー・ブレイクの魔法の事をイディアが知っているという事はない。
しかし、イディアは確かに見たのだ。つい先程まで、アイリーンが中央の陣にいたのを。
「その姿では初めまして、ね。黒のイシュタル……いえ、イディア」
確かに、魔王ルシファーは中央後方の背後に空間転移魔法陣を敷いた。魔王軍の戦力は一億。小細工などする必要がない。それは誰の目にも明らかだった。必要がないからこそ行うのがルシファーであり、それすらも見破るのが、黒帝と呼ばれる男である。
彼等はアズリーの魔法のために、その時が来るまで待たなければならない。守られていなければならなかった。
しかし、戦場は生き物である。トゥースが中央を離れられない今、指示をトゥースに一任し、アイリーンが持ち場を離れるケースも考慮しなければならない。それはアイリーン自身も理解していた。大学生を指揮するテンガロン、ドラガンが持ち場を離れる事は難しい。かといってララやフユ、ナツにイディアの相手は無理がある。
黒帝ウォレンが出した解は非常に簡潔だった。
「二人で……余を倒すと?」
常成無敗のアイリーンと黒帝ウォレンのみでイディアを倒すという策。
イディアはこれを嘲笑うように言うも、二人の顔は真剣である。
「面白い……」
奇襲に失敗したイディアだったが、その表情はやはり余裕そのもの。
「酉と卯……予言なぞ気にしておらぬが、ここで倒しておけば全ての片は早くつくねぇ」
目を細めて笑うイディアにウォレンが微笑み返す。
「それは気にしているのと同義では?」
瞬間、イディアの身体が変異する。
黒く巨大な悪魔の姿に。
「下郎……! 余を誰と心得る!」
「言ってあげましょうアイリーン様」
「何よ?」
「いつもアイリーン様が、トゥース様やガストン様に言われていたアレです」
ウォレンが眼鏡を上げて言うと、アイリーンは少しだけ口の端を上げた。
「いいわね……!」
常成無敗のアイリーンと黒帝ウォレンが、黒のイシュタル――イディアに杖を向ける。
「「糞婆っ!」」
次の瞬間、怒り溢れるイディアの極ブレスが二人を襲う。
「アースコントロール」
ウォレンのスウィフトマジックで、正面の大地が一気にせり上がる。
イディアの極ブレスは的確な速度、的確な斜角で出現する土壁によって弾かれ、自分と背後にいる大学生たちを守った。
「くっ!」
イディアの顔が悔しそうに歪むのも束の間、視界の外れからアイリーンが出現する。
「まったく、この一手まで読み切ってたとしたら、本当の天才ね」
アイリーンの愚痴に近いウォレンへの称賛は、イディアの耳にだけ届いた。
「なっ!?」
そう、ウォレンのアースコントロールはイディアの目眩ましも兼ねていたのだ。
土壁の後ろに隠れたのはウォレンのみ、極ブレスの光源と土壁が作った死角を利用して動いたアイリーンが狙うは、アズリー直伝の肉球水魔法。
「ポチ・パッド・ボム!」
アイリーンの杖から発動したスウィフトマジック――ポチ・パッド・ボム。
肉球状の水爆弾がイディアに衝突する。
「ガァッ!?」
脇腹に直撃したソレは、イディアに確かなダメージを与えた。
抉れた脇腹を押さえるイディアに対し、ウォレンが眼鏡を上げて呟く。
「ただの黒が黒帝に敵うとでも?」
痛みに歪んでいたイディアの表情が、憤怒に変わる。
「アナタ、その通り名気に入ってたの?」
「いえ、煽る用のセリフを覚えてきたまでです」
小馬鹿にするようなウォレンの言葉。
バルン同様に怒りを誘ったウォレンの策は、解放軍側の手数の少なさを表していた。
(さて、このまま怒り任せに動いてくれると助かるのですが……そうもいかないのでしょうね……)
ビリーの前に立った灰虎とヴィオラとジャンヌ。
レオンの前に立ったリーリア。
クリートの前に立ったメルキィとチャーリーとバルンとダンカン。
イディアの前に立ったアイリーンとウォレン。
そして――――獄龍ヘルエンペラーの前に立つ、愚者の使い魔ポチ。
ポチの眼前に浮かぶレッドメタリックの身体。しかし、その身体には無数の傷痕が残っていた。それは、魔王ルシファーがビリーに命じた内容。ヘルエンペラーがこの短期間に幾千ものモンスターを屠ったという事実を、地獄をくぐり抜けたという事実を、ポチに知らせた。
だが、ポチの表情は非常に落ち着いていた。
ヘルエンペラーを見上げながらも、その顔に緊張は見られない。
愚者の使い魔は、ただ呟く。誰に聞かせるでもなく、自分自身の確認のように。
「……今日のこの戦い……負ける気がしません」
ポチの心に自信はない。しかし信頼はある。
「行きますよ、マスター! アォオオオオオオオオオオンッッ!!!!」
それは、主であり親友のアズリーが言った確かな信頼。
【大丈夫、今のお前なら必ず勝てる。俺が、俺が保障する】
それが、その信頼が、ポチの前脚を……静かに、しかし疾く、前に進ませた。




