◆447 魔王軍の動向
「「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」」
アズリーの開戦の合図と共に、人類が吼えた。
「「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」」
皆が眼前には、一生耳に残るであろう一億の咆哮。
されど、この場で引くものはいない。今日この場のこの戦いは、その一生を勝ち取る戦い。それを知っているからこそ、誰も引く事をしない。
「行くぞおらぁああああっ!!」
ブルーツが駆け始める。
今そこにいるのは世界最高の特攻隊長でも、銀の特攻隊長でもない。
アズリーの親友の、いつものブルーツが、いつものように駆け始めただけである。
主力部隊の各々が肉体強化の特殊能力を発動し、中央後方からは主力に向かって多くの支援魔法が届けられる。
「蹂躙だ」
ルシファーの合図と共に、ゴブリンが、オークが、オーガが、無数のモンスターが、アルファが、ベータが、クリートが召喚した下級悪魔が……駆け始める。
大地を揺らす大行進にも、ブルーツの顔は変わらない。その背を追うブレイザーの、ベティーの、春華の、ライアンの、アージェントたちの顔は変わらない。
それは、アズリーを信じたブルーツを、ブルーツを信じたアズリーを、信じているからである。
中空に浮かぶアズリーが魔力の台に杖を置いた。直後、宙図が始まる。
黒帝ウォレンは言った。アズリーに許された行動は、初手のみだと。
それ以外の行動は、全てルシファーに邪魔される。そういう判断であり、事実、ルシファーもそのつもりでいた。
だからこそアズリーは、決死の覚悟で自分を信じるブルーツたちへの最大の援護として、アズリーが持てる最高の魔法を選んだ。
「ほいのほいのほい! ゲート・イーター・カウント12!」
主力部隊を縫うように放たれた漆黒の魔法。
十二方に向かうゲート・イーターのサイズは、かつてのソレを優に超えていた。主力部隊の鏃陣と共に走る巨大な魔法に、レガリア城のバルコニーにいるビリー、クリート、イディアの目が見開かれる。
「何だ……あれは……!?」
「我らが使う魔法? いや、それ以上の闇……!」
「一本の矢が……十三本に増えおった!」
三人が驚愕するも、ルシファーは嬉々としてそれを見るだけだ。
「面白い。それに、まだ一つ残っているか」
ルシファーはアズリーがいる空を注視した。
そこには、両手と両目を使ったアズリーの十二の魔法以外に、もう一つの魔法陣があったのだ。
「「馬鹿な!?」」
三人の悪魔は、十三個目の魔法の存在に驚愕する。
「そうか、杖を使ったか」
ルシファーはその技術を一瞬で看破する。
その言葉を聞き、ビリーが何かに気付く。
「っ! 手元から離れた杖が魔力を発する事はない。しかし、魔力の台を使い魔力の波を掻き分ける事は出来る。予め魔力を放出しておき、操作した杖で立体的に魔法陣を描いた……!? あれ程の魔法を宙図し、放ちながら……だと!?」
それきり、言葉を失うビリー。
「くくくくく、余をもってしても、奴の魔法発動技術には……敵わぬかもしれぬな」
「「っ!?」」
ルシファーが、自分にアズリーより劣る部分があると認める。
それは、悪魔の陣営にとって明らかな異常だった。だが、ルシファーは言った。
ビリーは、クリートは、イディアは、アズリーへの驚愕と共に、主である魔王ルシファーをも恐れた。
それは、魔王ルシファーに些かの油断もない証拠。悠久の愚者アズリーを、真の敵として認めている証拠なのだ。
((……なるほど、どちらも化け物か))
アズリーに恐怖を、ルシファーに頼もしさを感じつつも、やはり恐怖する。
眼下に蠢く味方は、ブルーツたちの進行を抜き去ったアズリーのゲート・イーターによって呑み込まれ、消えていく。
やがて、残ったモンスターの一団とブルーツたち主力部隊が近付く。
これに対し、アズリーの十三個目の魔法が発動する。
「ほい……ポイントロック! コード、『モンスター』!」
捉えたのはブルーツたち主力部隊に迫るモンスター。部分的地形を見据え、全てのモンスターに対して放つソレは、強力な楔。
「「おぉおおおおおおおおおおおっっ!!!!」」
ブルーツたちを前に、モンスターたちが一斉に動きを制御される。
そう、ブルーツたちはそのまま駆けた。アズリーに言われたとおり、真っ直ぐ、突っ込んだのだ。
「っしゃあああああああああああああっっ!!」
硬直したモンスターをなぎ払い、吹き飛ばし、斬り刻み、叩き潰し、ブルーツたちは最初の衝突を乗り越えた。
昨晩、ブルーツが見たイメージを払拭するかのように、アズリーの援護はこれ以上なく皆を、ブルーツを助けた。
戦争において一番の要所がこの衝突である。これに呑み込まれれば、たとえ主力部隊であろうと壊滅的ダメージを負う。しかし、一度魔王軍の奥深くに潜り込んでしまえば、それは強力な毒となる。
中央からそれを見守っていた黒帝ウォレンが、感嘆の声を漏らす。
「見事な……本当に見事な初手でした、アズリー君」
中空で脂汗を滲ませながらも、アズリーはこれを成した。
ブルーツたちに被害のないまま、敵陣に飛び込ませたアズリーの功績は非常に高い。
そして、それを成したのは、アズリーの実力以上に、アズリーを信頼した仲間たちにあったのだ。誰も躊躇う事なく、魔王軍に飛び込んだ。一朝一夕で出来る事ではない。
実力と信頼――このどちらかが欠けていたとしたら、この現実は起きなかった。これこそが正に、アズリーの足跡と言えた。
「おぅら! こっちもやんぞ、ほい! ギヴィンマジック! ほい! マジックシフト!」
中央の中心にいるトゥースが自身の足下に巨大な魔法陣を二つ敷く。
ギヴィンマジックは減少したMPを回復させ、マジックシフトは、トゥースの魔力を他者が使える。これをする事により、魔力の全体的な枯渇を防ぐのだ。
当然、全ての魔法士の足下には自分用のギヴィンマジックを敷いている。
それは左翼でも、右翼でも、中央前後方でも起きていた。
「行くわよ……」
赤帝牛ウェルダンに跨がったリーリアが、ジョルノの剣と自分の剣を引き抜きながら呟くように言った。
五天の霊獣を率いるリーリアは全ての軍の遊撃を担う。
「全てはリーリアの思うままにやればいい。俺はただそこへ向かって走るだけだ!」
ウェルダンの意気込みに、残りの四天が反応する。
「さて、蹴散らしてやるかの」
黒亀が、
「モンスター全てがここに集まったのです。良い機会じゃありませんか。滅ぼしましょう」
黄龍が、
「この命、この戦場にこそ賭ける意味がある……!」
灰虎が、
「準備はしてきた。後はやるだけだ」
紫死鳥が言った。
すると、リーリアが叫ぶ。これまで幾千、幾万もの戦闘を乗り越えてきたリーリアが大きく叫ぶ。
「ぶっ――」
「「――殺すっ!!!!」」
それは、リーリアと五天の霊獣が示し合わずに発した、究極の殺意。
ウェルダンが駆け始めると同時に、全ての霊獣が戦士リーリアに付き従うように走り始めた。
これを見ていたルシファーがリーリアを見ながら言った。
「ロイド」
「はっ」
即座に反応したレオンは、ルシファーの冷たい目を見ながら、その身体を震わせている。
「アレはお前だ」
リーリアを指差して言ったルシファー。
「かしこまりました」
この場でリーリアを前に戦える人材は、レオンしかいなかった。
それ以上に、他の天獣をかわしながらリーリアと戦う事の方が困難。
レオンの才能はルシファーも認めていると、公言したと言ってもいい。
クリートはこれを歯がゆそうに見る。
レオンが空中浮遊魔法を使いリーリアの下に向かう。
その背中を追ったクリートが、ここで何かに気付き、笑う。その笑みにビリーは気付く。
(なるほど、リーリアの手によってレオンが死ぬ可能性を見出したか。そうすればイディア様を独占出来るとでも思っているのか? ふん、どうしようもない程の馬鹿だな。今日、この戦場で何も考えずに生き残れると、本当に思っているのが滑稽でならん。そしてそれは……イディア様も同じ)
そんなビリーの思惑すら見透かした様子のルシファーが、口の端を少しだけ上げる。
そしてルシファーはそのビリーに指示を出す。
「ビリー、左だ。右翼の鼠の教え子たちを今度こそ葬って来い」
「はっ」
「クリートは右だ。左翼にいる十二士のなり損ない共を蹴散らせ」
「はっ!」
二人がルシファーに小さく頭を下げると同時に、その姿を消していく。
最後に残ったイディアがルシファーに振り向く。
「妾は?」
「これを使え」
ルシファーは灰色のマントを翻し、その背後にあった魔法陣をイディアに見せた。
「いつの間に……!」
「すぐ終わる。終わり次第レオンと合流しリーリアに止めを刺せ」
その指示に、イディアは薄気味悪い笑顔をルシファーに見せた。
「かしこまりました」
先の三人同様、小さく頭を下げたイディアが魔法陣の中に消えていく。
この場に残ったのはルシファーのみ。そんなルシファーを絶えず睨む男が一人。
「さっさと来い。終わらせてやるぞ、アズリー?」
空から徐々に近付くアズリーを嬉しそうに見つめるルシファー。
魔王と愚者の激突まで、あと僅か。
誰がどこに行くか決まりました。




