◆446 絆の咆哮
これより最終章『悠久の愚者編(下)』の開始です。
―― 戦魔暦九十六 八月三十一日 ――
王都レガリアの美しい街並みは全て巨大なモンスターに破壊され、踏み潰され、大地となった。億にも届く無数のモンスターは、レガリア城を背に南を向いている。
いかなるモンスターであろうと、その目は獰猛で、口からは多量の唾液を垂らし、決戦の時を今か今かと待っているのだ。
レガリア城のバルコニーでは、クリート、イディア、ビリー、レオン、そして魔王ルシファーがそれを見下ろす。陽は傾きかけ、間もなく夕刻という時刻。
「さて、来るでしょうか?」
ビリーは目を細めながらイディアに問いかける。
「来なければ来ないで構わぬ。全てを蹂躙するだけの事」
イディアが氷のような冷たい目を南に向けながら返す。
「ルシファー様が用意した場、違える相手とも思えぬ」
クリートは、ビリーの言葉に反応するように言った。
すると、ビリーはそれを一瞥するように受け流し、また南を見た。
「ならば、自分の残り少ない寿命でも数えているのだな」
「っ! 我は死なぬっ!」
ビリーの言葉に激情したクリートの、刺すような鋭い視線。
しかし、ビリーはこれすら相手にしない様子だ。
クリートから魔力が漏れ出るも、イディアはそれを止めようとしない。
レオンもまた、全ての事に対して無関心という様子だ。
ここで、これまで静観を貫いてきたルシファーが、ようやく口を開く。
「……ふ、来たな」
瞬間、クリートの怒りは緊張に変わり、荒れ地が広がる南を見る。
当然、それはイディアとビリーも同じだった。クリート同様に顔を強張らせた二人が最初に見たのは、今や悪魔たちの天敵とも呼べる存在だったからだ。
遠方から歩いて来たのは、一人の――男。
その男は、眼鏡を掛け、ワインレッドのマントを羽織り、赤黒いまだら模様の入った杖を持っていた。
――男の名はアズリー。
全世界の悪の敵と呼べる、正しき心を持った悠久の愚者。
クリート、ビリー、イディアの三人は、アズリーに恐怖を抱く。
((……何という充実した魔力……))
一見、アズリーが纏っていたのは静かでとても穏やかな魔力だった。
しかしその実、溢れんばかりの魔力を強引に押しとどめていると、三人は瞬時に見抜いたのだ。この中で、現在のアズリーに対抗出来る存在はルシファーだけ。アズリーだけがルシファーの前に立てる存在なのだ。
もし三人がアズリーの前に立とうものなら、それは命懸けである。三人の悪魔の脅威とも呼べる存在。それが悠久の愚者アズリーである。
この中の誰もが、ルシファーの前に立つ事はない。立てる訳がないのだ。その圧倒的な実力差を理解しているから。だからこそ三人はアズリーを睨みつつも言った。
「流石アズリー君。敵ながら……見事、ですな」
ビリーが、
「この軍勢、我ら、ルシファー様を前に立つ……か」
クリートが、
「何とも、嫉妬する実力よな……」
イディアが、敵であるアズリーを称賛するように言ったのだ。
「そうでなくてはつまらん」
そんな称賛も、ルシファーはたった一言でかき消す。
その言葉は皆の全てを無にし、ただ自分への服従だけを選ばせた。
ルシファーの陽炎のような次元を歪める魔力を目の当たりにし、三人はただルシファーから一歩後退し、頭を下げた。
この場にいるだけでおかしくなりそうな魔力を受け、レオンの頬に大きな汗が伝う。
「一人……であるはずもない、か」
ルシファーはアズリーを見据え、アズリーはルシファーを睨む。
アズリーは眼前にいる一億の絶望など、見えていないかのように、いつものように宙図を始めたのだ。
「ほいのほいのほい、空間転移魔法・カウント10&リモートコントロール!」
アズリーの掛け声と共に、左翼に二ヶ所、右翼に二ヶ所、中央後方に二ヶ所、中央に二ヶ所中央前方に二ヶ所の計十ヶ所に、空間転移魔法陣が敷かれる。
瞬時に起動を知らせる空間転移魔法陣。光り輝く魔法陣から現れる無数の戦士や魔法士。
――左翼。
最初に現れたのは、千剣万化のチャーリー。続き現れるは、黒拳ジェニファー、罪の戦姫ナターシャ、闇の光明ラッセル、剣鬼ジェイコブ、博愛の華弁キャサリン、超技の銀精アミル、ベイラネーアの門番ダンカン、ギルドマスタースコット、そして天秤の異バルンとその使い魔リッキー。その後、転移して来るのは多くの冒険者たち。
――右翼。
現れるは元王都守護魔法兵団団長ヴィオラ。その後ろから元六勇士のエッグ、オルネル、その使い魔マイガー、雷光ジャンヌ、静かなる魔法士リナ、その使い魔バラード、続き元魔法兵団や元勇士兵団の精鋭たちが転移して来る。
――中央後方。
まず流星の魔戦士テンガロンがやってくる。続くは繊細な虎ドラガン、闇の支配者ティファ、ララ、フユ、ガストンの元使い魔であり現バラードの使い魔であるコノハ、フユの使い魔プラチナ、ナツ、その使い魔シャイニー。その後ろからは、少数ながら魔法大学の魔法士と戦士大学の戦士が転移して来る。
――中央。
常成無敗のアイリーンとその使い魔のホークが、最初にやって来た。続き転移してくる黒帝ウォレンとその使い魔であるラット、トレース、そして知肉のトゥースが最後に現れる。解放軍の面々も次々と現れる。
――中央前方。
最初に現れたのは銀狼ブルーツ。続き銀獅子のブレイザー、銀虎ベティー、白翁アージェント、白翁の懐刀ベリア、銀の美姫春華、元フォールタウンの長ライアン、リード、マナ、レイナ、アドルフ、イデア、ミドルス、赤剣ダラス、トゥースの使い魔ブル、エッドの猪共を率いるイーガル、ララの使い魔ツァル、ティファの使い魔タラヲ。その後現れる屈強な戦士たち。
この間、中央と中央前方の間にいたアズリーは、もう一つの空間転移魔法陣を足下に置いた。それは、これまでとは違った巨大な魔法陣。人間十人が入れるかのような魔法陣だった。それが起動する。
そこから現れるのは、元聖戦士リーリア、その使い魔赤帝牛ウェルダン、黒亀、灰虎、黄龍、紫死鳥、そして最後にアズリーの使い魔ポチが現れる。
アズリーはポチを前に、静かに笑みを浮かべる。
ポチはアズリーの前に来ると、そのまま無言でお座りをした。
そして、少し頭を下げ、主人の、友人の、アズリーの、逞しく優しい手に甘えた。
この場にいる誰もが、それを見守った。
アズリーとポチは、最後とも思える時間を、出来るだけ、可能な限り続けた。
しかし、それもやがて終わりを迎える。名残惜しそうにする二人だが、その目は静かに、ゆっくりと変わっていく。この戦場を生き残るための強い目に。
ポチは、レガリア城の後方で泳ぐように浮かぶ炎龍王――獄龍ヘルエンペラーを見据える。
アズリーは、リーリアや天獣たちに背中を見守られながら、鏃状の陣に向かう。
春華、ライアン、リード、アドルフたちを横切り、鏃の最先端――即ち地獄に一番近い、鏃の切っ先にいるブルーツの下へやって来たのだ。
「かかかかかっ! 正に地獄だなこりゃ!」
軽快に、戦場にたった一つの笑い声を響かせるブルーツ。
しかし、アズリーにはわかっている。これはブルーツの精一杯の演出なのだと。
ブルーツに近い者であれば誰でも気付く。それが、ブルーツの無理であると。
だが、皆はしっかりと耳を傾けた。ブルーツ最後の激励に。
「ありがとよアズリー! お前と出会わなけりゃ、俺はただの戦士で終わってたぜ!」
ブルーツの声は、震えている。ブルーツの身体は、震えている。
アズリーの背には、ブルーツの眼前には……どうしようもない程の一億の絶望。
先には漆黒の闇しか見えない。
だがブルーツは言った。言い続けた。
「銀の特攻隊長なんて言われたが、それが今や世界最高の特攻隊長様だ! いやー! 愉快痛快な話もあったもんだぜ! 楽しい……! 楽しいじゃねぇか! なぁ親友っ!!」
アズリーに掛けられた、最高のバトン。
アズリーの左肩に置かれた、親友の、恐怖に染まった震える右手。
ブルーツの左肩に置かれた、親友の、恐怖を乗り越えた愚者の右手。
……激励は既に終わっていた。
これ以上のソレは、誰もが無意味であると知っていた。
だからアズリーは、一億の闇を一身に受ける親友にだけ……言葉を掛けた。
「ブルーツ、お前とは色々あったな」
「ぉ……おう」
「色食街の事もそうだし、戦い方も色々教えてくれた。フォールタウンで説教された事もあったな」
「……あぁ」
「いつも……いつも俺を助けてくれたな」
「はっ、そうだったか?」
腕を組んでアズリーから少しだけ目を外すブルーツ。
すると、アズリーの右手に力が入る。
強く掴まれる己の左肩に、ブルーツは視線を戻される。
「俺は……お前を、ブルーツを信じてる。世界最高の特攻隊長じゃない。銀の特攻隊長でも、銀狼でもない。いつもの、俺の親友のブルーツを……信じてる」
「……ぁ」
ブルーツの焦点がアズリーに集中していく。
「だから……だからブルーツも、俺を信じてくれ。俺を信じて、真っ直ぐ、いつものように、いつものブルーツで……突っ込め」
視界に映るは一億の絶望。しかし、ブルーツが見たのは、一人の希望。
まるで、アズリーの背から全てを掻き消す光が溢れているように見えた。
直後、頭をぶるんと振って再度アズリーを見ると、彼はいつものように笑っていたのだ。
すると、ブルーツがそれに釣られるように、ぎこちなくも……笑った。
アズリーがブルーツの肩から手を離すと、その両後方に目を向ける。
そこでは、ブレイザーとベティーが、ブルーツと同じように笑っていたのだ。
「頼む」
アズリーが二人を見ながらそれだけ言うと、
「任せろ!」
「最高よ……!」
ブレイザーとベティーがそれだけ言った。
「ほい、空中浮遊魔法」
宙図の後、アズリーの身体が宙に浮かぶ。
中央前方の主力部隊。その上空へ浮かんだアズリーが、再度、王都レガリア城を、魔王ルシファーを睨む。
掲げるは愚者の拳。掲げるは多くの願いが込められた杖、無限の希望。
希望を掴まんとする愚者の、アズリーの叫びが今――最後の戦場に響く。
「死を供に生を得る!!!!」
「「死を供に生を得る!!!!」」
地獄に轟く、絆の咆哮。
人類と悪魔、互いの全存在を賭けた戦争――今、開戦の刻。
戦魔暦九十六年、八月三十一日。
人類が一人の希望に全てを賭けた、最初で最後の刻。
つらいニュースに心が痛みます。
私は、可能な限り色々な作品を世に送り出したいと思っています。その全てにおいて喜劇を根底としています。皆さんが心から笑えてほっこり出来るような物語を、今後も提供できたらと考えています。




