◆434 天獣たちの集い
トウエッドの首都エッド。
その南門周辺は、多くの戦士や魔法士が集う場所である。
ある者は己が技を確かめ、ある者はアズリーから教わった究極限界の発動を見せ、ある者はそれらを指導していた。
そこから更に南へ進んだ草原に、腰を下ろす犬狼が一人。
それは、悠久の愚者アズリーの使い魔ポチであった。
酷使したのか、身体は傷だらけ。項垂れながら息を切らすポチに、一人の天獣が声を掛ける。
「ポチさん! 大丈夫ですかっ!?」
ポチの前に現れたのは、五天の霊獣の一角――灰虎だった。
心配そうな声でポチの身体を気遣うも、ポチは灰虎に鋭い目を向けるだけだった。
「ぜぇぜぇ……大丈夫です。まだやれます……まだ、まだこれから……です!」
震える身体を奮わせ、ポチは強張った表情で立ち上がる。
「し、しかし――」
「――隙……有りです!」
「くっ!」
ポチが真っ直ぐ灰虎に向かう。
灰虎はポチの牙から逃れるため、身体を逸らす。そして、後方へ下がりながらエアクロウを放つ。
「ガァアアアッ!」
一瞬だけブレスを吐き、灰虎の飛爪をかわすも、ポチの背中は安全ではなかった。振り下ろされる強烈な尾撃。
「ぎゃん!?」
黄龍により地面に叩きつけられたポチが、余りの衝撃に跳ね上がり、意図せぬ回転を見せる。
「油断大敵です」
未だ浮かぶポチに冷淡な一言を言い放つ黄龍。
着地に備えようとするポチに、黒紫の一閃が飛び込む。
音速を超える速度でポチに鋭い嘴を向け迫るは、またも天獣。
「さぁ、かわせるか……!」
紫死鳥が真っ直ぐにポチに向かう。
甚大な衝撃を予感させる直撃の一瞬、ポチは紫死鳥の動きを読み切った。
「なっ!?」
直撃の一瞬、紫死鳥の頭に前脚を伸ばし、その背を駆け抜けたのだ。
「お返しですっ!」
駆け抜けた先にいるの、は先程尾撃を食らわせた黄龍。
灰虎が放ったものより鋭く速いエアクロウが、ポチの前脚から放たれる。
「させぬよ」
黄龍の目の前に隕石の如く降ってきたのは、規格外の硬度の甲羅を持った、新たなる天獣。黒亀は背面から落ち、ポチのエアクロウを押し潰したのだ。
「今だ、赤いの」
ポチがようやく地面に着地する瞬間、黒亀は最後の天獣に合図を送った。
甲羅で地面を穿った黒亀の身体を、後方から強烈に押すのは赤帝牛ウェルダン。
「グモォオオオオオッ!!」
もの凄い衝撃と轟音が辺りに響き、黒亀の身体はポチに向かって転がり始める。その勢いを加速させるように、黄龍もウェルダンに尾を貸す。
強固な岩を粉砕しながら向かう巨大な黒き塊。
正面から迫る巨大な脅威。ポチは大口を開け極ブレスを吐く。
瞬間、極ブレスが直撃した黒亀の身体にブレーキがかかる。
「「なんとっ!?」」
「あたたたたたっ」
黄龍とウェルダンがポチの動きに驚愕し、黒亀はその衝撃を嫌う。
「まだです!」
そう、極ブレスによりポチの身体は反動により後方へ飛ぶ。
その先にいたのは、ポチの下に向かうため反転し引き返してきた紫死鳥。
この不規則なポチの動き。予測していなかった紫死鳥は顔を硬直させる。
「バカなっ!?」
遠距離攻撃のブレス。中距離のエアクロウ。近距離の牙と爪。全てを用意出来るポチに対し、紫死鳥が用意していた策はなかった。
だからこそ、紫死鳥の後方にいた灰虎は、ポチの動きを見つつ、狙いを定めた。
「ここだ!」
先程ポチが黒亀に放った極ブレスと遜色なき巨大なブレス。
ポチがかわす事は出来ない。この場にいる誰もがそう思った。「とった」と。
だが、ポチの動きはそれに収まる事はなかった。
「ひょい! フウァールウィンドです!」
灰虎が狙ったポチ。そのほんの少し手前に上昇気流の魔法を放ったポチ。
些細な事ではある。しかし、その些細なタイミングのずれが、灰虎の極ブレスからポチの身を守ったのだ。
灰虎が首を動かし狙いを変えたところで、それはもう遅かった。
ポチは紫死鳥の身体の上から、強烈な一撃を放ったのだ。
「ポチスタンプ!」
「ぬおっ!?」
紫死鳥が地面に向かって落ちる。
灰虎の極ブレスが軌道を変えポチを狙うも、紫死鳥を踏み台にして紫死鳥より速く地面に着地したポチの動きを、捉える事は出来なかった。
地面を這い、縫うように素早く灰虎に近付くポチ。その後方からはウェルダンが迫り、長い身体をしならせた黄龍が追加の尾撃を狙っていた。
灰虎がポチの動きを捉えきれず、攻撃を躊躇してしまった一瞬、ポチは後方に跳んでエアクロウを放った。
「なっ!?」
自分に向かっているのだと思った灰虎は、この油断からエアクロウをかわしきれず、身体に傷を負ってしまう。そしてこの驚きは、背後から迫っているウェルダンも同じだった。
「くっ! 踏み散らかしてくれるっ!」
ポチは再び跳んだものの、その高度はウェルダンの進行を妨げる程のものではなかった。
黄龍も、ウェルダンもそう判断した。
しかし、黒亀が気付いた。
「ぬっ! いかん!」
瞬間、ポチの動きが変わったのだ。
「しまった!」
そう、ポチが通ったのは、未だ上昇気流の残るルート。
やはりその微細な変化により、ポチは軌道を変え、ウェルダンという踏み台を使う事が出来たのだ。ウェルダンを力強く踏み切り、ポチは黄龍の下へ駆ける。
黄龍の尾撃のタイミングを虚を衝く事によってかわし、その喉元に牙を突き立てる。
黄龍の頭が倒れた先、そこにはポチの動きを捉えきれない、天獣の長老がいるだけだった。
「私の……勝ちです……」
眼前に爪を向けられた黒亀は、小さな身体で息を切らすポチを前に、静かに目を伏せる。
「そのようだな。赤いのも一撃もらっちまったようだのう」
感服した黒亀。
ポチは黒亀から前脚をどかし、黄龍の頭から地面に降りる。
「儂等相手にその身体で勝つかよ。はははは、ようやりおった!」
「全員に一撃ずつ入れただけです。試合なんですから」
「五天の霊獣が相手だが?」
「それでも、試合ですから」
生死を賭けた戦いでないと、ポチは頑なに自身の勝利を認めない。
それを見た黄龍が、呟く。
「余裕がありませんね」
ポチに噛まれたとはいえかすり傷。身体をうねらせる黄龍が、心配そうにポチの背中を見つめる。
優しい声に、ポチは思わず目を背ける。
「だ、大丈夫ですっ! 余裕しゃきしゃきです!」
「のわりには、ボロボロだな」
首をぶるぶると振りポチに近付いてきたのは、ウェルダンだった。
「背中大丈夫です?」
「それを言うなら紫死鳥に言ってやんな。アイツが一番痛い思いをしてるぞ?」
「わっ!? そうでしたー!」
ポチは紫死鳥が墜落した場所まで駆け寄る。
だがその心配をよそに、墜落で出来た穴の中で、紫死鳥は目を開けていた。
「ふむ、あの時使うのは吸魔のがよかったか。いや、もっと変則的に動いた方が勝機はあった? なるほど、新たな知見を得たな」
「ほっ、大丈夫そうで何よりですー!」
「ん? 怪我か? 灰虎が血を出していなかったか?」
穴から聞こえる紫死鳥の指摘に、ポチは灰虎の方に振り向く。
するとそこには、ポチのエアクロウによって出来た胸元の傷をぺろぺろと舐める灰虎の姿があった。
「ふふふ、これはポチさんとの愛の証。回復魔法は必要ないな。ふふ、ふふふふふ」
「だ、大丈夫……です?」
首を傾げ心配するポチだったが、他の天獣はそうではなかった。
灰虎を見る黄龍、黒亀、ウェルダン。そして穴から出てきた紫死鳥。全員が全員口を揃える。
「「大丈夫じゃないな」」
「へ?」
抜けた声を出すポチに、皆がまた口を揃える。
「「頭がお花畑だ……」」
呆れる天獣たちの言葉に、またも首を傾げる愚者の使い魔だった。
次回:「◆435 大天獣ポチさん」をお楽しみに・x・




