433 進む準備
「いかがでしょう、アズリーさん」
「俺、頑張って作ったよ! アズリーの力に負けないように!」
職人たちの仕事場に来てすぐ、俺の手に収められた一本の杖。
ドン・キサラギとレウス・キサラギが会心の出来と称する最高の杖。
今まで感じたことがない程、手に馴染む。長さ、重さ、宙図速度、術者の実力に見合ったアソビ。振らば鈍器。刺して剣。ガルム・キサラギのドリニウム・ロッドを超える渾身の一作。
これほどの業物を振りながらも、それは手足のように動き、羽のように軽い。
「……凄いですね」
思うよりも前に、俺はそれを言葉にしていた。
何より驚いたのは、杖の柄にあったエンブレム。これは紛れもなくスウィフトマジックに対応している証拠。
「ご先祖様が残したメモがなければ、これは完成しませんでした」
「うん、凄かったよ! メモのガルムって人!」
「はは、ちょっとだけ……いや、もの凄く酒臭い人だったけどね」
俺がそう言うと、レウスは少しわざとらしく鼻を抓んで言った。
「うぅ、それはちょっとやだなぁ……」
鼻声レウスの言葉に苦笑していると、ドンが俺に説明を続けてくれた。
「現存しているスウィフトマジック最大数はアイリーン様やガストン様……六法士の方々が持っていらっしゃるダマスカスロッド。これは五つの魔法が込められます。しかし、その杖は六つの魔法が込められます。作業量的にはアズリーさんだけではありますが、紛れもなくその杖は、過去最強の杖と言って過言ではないでしょう」
静かに説明する中に、ドンの誇りと信念が見てとれる。
隣にいるレウスも、やりきったかのように胸を張っている。
「ありがとうございます。ルシファーまでの激戦……これなら戦える!」
俺が杖を握りしめながら言うと、レウスが少しだけ顔を歪めた。
「……そ、それって、やっぱりルシファーが相手じゃ使えないって事……?」
丹精込めて精一杯作ってくれたこの杖。だからこそ、俺は嘘を吐く事は出来なかった。
レウスに顔を向け、その頭に手を乗せる。
「あぁ、他の悪魔だったら大丈夫だけどな。ルシファーはやっぱりこっちじゃないとな」
もう片方の手を握り、レウスに拳を見せる。
すると、俺の一言により口を結んでいたドンが口を開く。
「やはりそうでしたか。あの激戦地……アズリーさんとルシファーが戦った神殿跡を調べた時、ドリニウム・ロッドの破片を集めました。ルーペ越しに見ると、極限まで練り上げられたドリニウム鋼は、極細になりながらも輝きは失っていなかった。つまり、ドリニウム・ロッド――杖自身が気付かぬ程の強い衝撃を与えられたという事。あの杖はご先祖様が硬度だけを追求した結果。しかし、それはドリニウム鋼の限界硬度。それは、ご先祖様のメモにも記載されていました。我々も出来る限り尽力しましたが、やはりソレを超える事は出来ませんでした」
「わかります。ですがお二人は俺のために、あのドリニウム・ロッドにも負けない……いえ、それ以上の杖を作ってくれました。これは決して嘘ではありません。最大限有効活用させて頂きます」
目を伏せたまま返答を聞いていたドンとレウスは、静かに目を開き、互いに見合いながら頷く。
そして、ドンは少し恥ずかしそうに鼻の頭を掻いてから、口を開いた。
「残すべきは人。我々の最高傑作といえど、所詮は道具。しかし、道具は残すべき人が持ってこそ。託すべき相手が、アズリーさんで本当によかったです」
「うん。あ、ねぇねぇアズリー! お父さんと一緒に、その杖に名前付けたんだ!」
レウスが嬉しそうに俺を見上げ言う。俺はドンに顔を向ける。
「およそ武器に付ける名前ではありませんが、【無限の希望】と銘打たせて頂きました」
俺はそう言われ、エンブレムの裏側を見る。すると、確かに小さくそう刻まれていたのだ。誰しも希望を失っていない。これは魔王ルシファーを倒すための戦いではないと改めて知る。これは、皆の希望を守る戦い。
俺は、無限の希望を強く握り、魂を失わない職人たちの強い眼差しを見る。
「ありがたく、使わせて頂きます」
彼らの、熱き魂を無駄にする訳にはいかない。
もはや時間は止まらない。魔王軍との……ルシファーとの決戦は近い。
俺はそう心に言い聞かせながら、今一度無限の希望を握りしめた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何か久しぶりですねー。マスターとこうして二人で歩くのも」
「俺は魔法の開発。お前は天獣たちとの訓練だっけか?」
「えぇ! 今、沢山沢山お勉強中ですよ! 炎龍王――獄龍ヘルエンペラーと戦う準備も、着々と進んでます!」
得意気に言ったポチを、俺は目を丸くして見た。
「どうしたんです? いつも以上に変な顔して?」
「あ、いや……嫌がってた割りには精力的だなーと」
「…………私のボケに突っ込んで欲しいんですけど? これだと何だかフライドチキンが溜まっちゃいます」
「フラストレーションだろ。てか涎! 垂れてるぞ!」
「おっといけません。まったく、少しは考えてくださいよ?」
「何がだよ?」
「マスターとこうしてられる時間は、もう本当に短いんですから」
「今そういう事言うか?」
「今言わずしていつ言うんですか!? 皆の前ですか!? 嫌ですよ恥ずかしいっ!」
「わかった! わかったよ! 悪かった。だが、今日そう来るとは思わなくてな」
いつになく真面目なポチ。
エッドの南まで出てきた俺は、近くの岩に腰掛ける。
ポチも俺の正面にお座りしている。
……むぅ、いざこういう真面目な話ともなると、何を話していいのかわからん。
もしかしてポチも同じ事を? そう思いポチを見ると、そこには大きな欠伸をする犬ッコロがいた。
「おい! 言ってる事とやってる事が違うじゃねぇか!」
「生理現象ですよ! マスターは欠伸した事ないんですか!?」
「毎日気持ちいいくらいにしてるわ!」
「んまー! 実に健康的です! 流石健康に気を遣ってるだけありますね! おかげで、最近マスターの病気の心配はしなくなりましたよ!」
「あれだけ馬鹿食いして病気にならないポチのが異常だよ!」
「あれだけ不摂生して病気にならないマスターのが異常ですよ!」
「ちゃんと筋トレしてるわ!」
「あぁ凄いですね! でも私だって負けてません! 今日は黒亀さんに褒められたんですから!」
「天獣の長老に褒められるなんてすげぇじゃねぇか!」
「もっと褒めてください!」
「いや、まず何を褒められたんだよ!?」
「何でわざわざマスターにそれを説明しないといけないんですか!?」
「おま!? あ! さては俺についての事だろ!? お前が言いたくない事なんてどうせ俺の悪口とかだろ!?」
「むかっ! そうですよ! 沢山沢山マスターの悪口言ってたら黒亀さんに言われたんです! 『よくそれだけ悪口が言えるな。尊敬する』って!」
「どうしたらそれが褒め言葉になるんだよ!?」
「ソンケーされてるじゃないですか! 凄いでしょう!?」
「あぁわかったよ! それじゃあヘルエンペラーに勝ったら褒めてやる!」
「マスターだって褒めてあげますよ! ルシファー倒したら!」
「おぉ! それじゃあ勝負だな!」
「いいでしょう! 白黒つけようじゃないですか!」
「黒狼が何言ってやがる!」
「馬鹿マスター!」
「犬ッコロ!」
「「ふぅふぅふぅ…………ふんだっ!!」」
肩で息をしながら言い合った俺たちは、結局いつもの場所に落ち着いた。
これが終わると、ポチはいつも通りスッキリするのだ。
言い合いの最中、いつの間にか立ち上がっていた俺とポチ。何の合図をする訳でもなく、同じタイミングで腰を下ろす。
ほら、ポチはやはりスッキリしてケロっとした顔になっている。
「……何ですか、随分スッキリした顔してますねっ?」
まだ語気こそ強いが、ポチは俺がポチに言おうとしていた事を、先手を打つように塞いできた。
……そういえばそうだった。ポチと大事な話をする時は、必ずこんな言い合いの後だった。
互いに溜まってるものをぶつけ合い、全てを吐き出した後に話を始めるのだ。
過去してきた話が、これからする話が、それらを再び溜める結果になるから。
だから俺は、スッキリした顔で最後にポチへ送るのだ。
――精一杯の皮肉を。
「うるせぇ。フライドチキンが溜まってたんだよ」
次回:「◆434 天獣たちの集い」をお楽しみに。




