◆435 大天獣ポチさん
「ひょひょいのひょい! ミドルキュアー!」
天獣たちとの試合を終えた後、ポチは舌で宙図を行い自身を回復した。
それを見た黄龍が感嘆の声を漏らす。
「器用なものですね。よもや獣に魔法を使う術があるとは思いませんでした」
「マスターに教わりましたから!」
ニカリと顔を綻ばせるポチ。ぶんぶんと振られるその尻尾を見て、紫死鳥が呆れたようにすんと息を吐いた。
「まったく、あの時は脆弱だった魔法士が、今や見上げる程の存在になってしまった……」
「ほぉ? 紫死鳥が童を褒めるとは珍しいな」
「ふん、あのトゥースに魔法を用いず勝ったのだ。褒めもしよう」
黒亀にそう答えながら、紫死鳥は首を百八十度回転させ、背中の羽繕いを始めた。
「ふん、極東の賢者か。儂も勝った事があるからな」
「かなり昔の話ですね、黒亀」
黄龍の指摘に、黒亀が黙る。
血が止まった灰虎は黒亀を睨みながら口を開く。
「いい加減、『トゥースに負けた事がない』等、豪語しない事だな」
「むぅ、しかし……だが…………むぅ」
黒亀もそれ以上は言えなかった。
その眼前で足を折り畳んでくつろぐウェルダンが言う。
「どう考えてもトゥースのが強い。いつ戦ったのかは知らないがな」
「くっ! お前まで言うか……!」
「黒亀の悪いところです。実際にトゥースは強い。そんなんだから紫死鳥やブルに糞爺なんて言われてしまうんですよ?」
黄龍のその説明に、紫死鳥の羽繕いがピタリと止まる。
「おい! それは言わない約束だろう黄龍!」
「おや? 私は承諾した覚えはありませんよ?」
「おい、紫死鳥? それは初耳だのう……?」
ジロリと向けられる黒亀の視線に紫死鳥は己が目を羽で覆う。
「私は知らぬ! 糞爺に『糞爺』なんて言った事なんてないぞ!」
「……今、誰の事を言った?」
「だから、糞爺に――……ぁ」
自分の失言に気付いた紫死鳥が、羽の隙間から震える瞳を覗かせる。
眼前に映るは、黒亀の鋭い瞳。一瞬にして縮められた距離。羽で死角を作っていた紫死鳥相手に気付かせず詰めるのは、黒亀にとって造作も無い事だった。
「ぬおっ!?」
「逃がすか若造」
紫死鳥が羽ばたこうとした一瞬、黒亀はその羽をぱくりと咥えて止めたのだ。
「くっ! しまった!」
「……ふん」
黒亀はそのまま強烈な鼻息を吐き、紫死鳥を吹き飛ばす。
「どわぁああああああああああ!?」
彼方まで吹き飛ぶかという威力を見て、ポチが感嘆の声を漏らす。
「凄い威力ですー」
そんなポチを否定するように、黒亀が返すのだ。
「何を言うポチ。お前の力はもっと凄いのだぞ?」
「え? 本当です?」
カタリと首を傾げるポチ。
すると、黄龍が黒亀の言葉を訳すようにポチに説明した。
「仮にも五天の霊獣を相手に、生き残る事が出来るのです。それは、この場にいる誰にも出来ない事です」
しかし、その説明に反論するように、ウェルダンが立ち上がる。
「お、俺は出来るぞ!」
少しだけ自信なさげである。
「無理だな」
それを、灰虎に一蹴されると、ウェルダンが怒りを露わにする。
「何だと!? じゃあてめぇは出来るっていうのか!?」
「無理だ」
簡潔過ぎる答えに、ウェルダンの口があんぐりと開く。
直後、更なる怒りを見せるも、それすらも灰虎に止められてしまう。
「ポチさん以外にはな」
「――っ! くっ!」
行き場の失った憤りを地面に向けるウェルダン。蹄で大地を叩きながらそれを発散させる。
「……ふぅ」
そんな溜め息と共に戻って来たのは紫死鳥。
「「おかえり」」
吹き飛ばした黒亀当人、黄龍、灰虎が紫死鳥の帰還を迎える。
「おかえりですー!」
当然ポチも。
「酷い目にあった」
「自業自得だ」
「それにしても黒亀さん。もう怒ってないんです?」
ポチが、黒亀の紫死鳥への怒りを問うと、黒亀はあっけらかんと返した。
「何故だ? 儂の怒りは既に紫死鳥に叩きつけたぞ」
「それで終わりです?」
「儂はそういう性格だからな」
黒亀がそう言うも、黄龍がそれに一言添える。
「後でネチネチ言うタイプです。そう、忘れた頃に……」
「おい、黄龍」
「おや、余計な一言でしたか?」
「いや、お前は昔からそういう性格だった。常にネチネチと五月蠅い感じの、なんとも蛇のようなヤツだった」
「それはもう、蛇ですから」
「口の減らない……」
「私の口は特別製です。あなたくらいなら丸呑みです」
「ぬかせ、腹に大穴開けてのたうち回った過去を忘れたか?」
「あら、そんな事ありましたっけ?」
「天獣の中で一番の曲者だな、お前は……」
ジトリとした視線を黄龍に向ける黒亀。
すると、ポチが前脚を上げて聞く。
「皆さん、昔は仲が悪かったんですか?」
「いや? 喧嘩はするが、しょっちゅう会ってたな」
灰虎が昔を振り返るように言った。
「ウェルダンもしょっちゅう私や黒亀、灰虎の下に来てましたよ。すぐに泣いて帰ってましたけど」
「おい! それは昔の話だろう!」
「今、昔話をしているぞ」
紫死鳥のツッコミに、ウェルダンがピタリと止まる。
「そういえば……そうだな」
「まぁ、喧嘩する程なんとやらというやつだな」
納得したウェルダンと、ポチに説明をする紫死鳥。
「ポチさんと千の魔手もそうでしょう? いつも喧嘩をしているように見えて、とても仲がよろしい。なんとも、羨ましい限りですね」
灰虎のこの一言。
この一言が、ポチの目を見開かせ、あんぐりと口を開けさせた。
「ち、違います違います! 私はマスターの面倒を見てあげてるんです! マスターは私がいないとダメなんです! ほんとダメダメで、バカで、ドジで、マヌケで、アホで、マヌケで、バカで、ちょっとおっちょこちょいで、お人好しで、たまに美味しそうで! あ、でも中々良い酸味の血だって事は言っておきます! でも、本当にお馬鹿さんなんです! リナさんもティファさんも春華さんもフユさんもマナさんだってそうです! 皆さんマスターの事が大好きなのに、マスターったら気付かないんです! あ、もしかしたら気付かないフリをしてるのかもしれませんけど、そうだとしたら本当に悪い人です! いえ! 人が悪いです! あ、やっぱり悪い人です! マスターは怒ると私のご飯を抜きにするんです! ね、これだけで重罪ですよ! ジューザイ! 私がちょーっと研究資料にインクをぶちまけちゃっただけなのに、もうカンカンでした! あ! だからマスターは短気です! 長生きなんだから半年書き溜めた研究資料が消えたっていいじゃないですか!? それなのに二日間もご飯抜きでした! 私もうすっごい辛くてマスター食べちゃおうかと思ったくらいです! だってあんなに美味しそうなんですもん! でも、マスターの目を盗んでお外に出掛けてちゃんと自分が生きるためのご飯は食べました! でも、ポチって書いた餌入れには二日間何も入りませんでした! もう最悪ですよ! それにポチって名前! 普通は雄に付けるじゃないですか!? マスターったらこれに気付かなくって雌の私にポチって付けちゃうんです! もう最低ですよ! 困ったら『おいポチ』! 疲れたら『おいポチ』! 暇になったら『おいポチ』! まったく! 本当にマスターは私がいないとダメなんです! 目を離した隙に、いつもとんでもない事をしでかしてくれちゃうんです! だから! 私がこうして目を光らせてしっかり監視してるんです! あ、それからマスターは――…………ん? どうしたんです、皆さん?」
きょとんとするポチが首を傾げる。
皆の呆れた視線の意味に、まったく気付いていない様子だ。
目を瞑ってポチの言葉を聞いていた黒亀が、呆れ交じりの溜め息を吐く。
「……よくそれだけ悪口が言えるな。尊敬する」
「え、本当ですか!? ありがとうございますー!」
輝かんばかりの笑顔を振りまくポチ。
そんなポチに、五天の霊獣たちは、呆れながらも納得という名の理解を示す。
(儂にもそんな相手がいれば、こうも性格がねじ曲がらず済んだかもしれぬ。確かにあの童にはそれだけの魅力がある。ポチがこれだけ童を好くのも納得か)
(ポチさんの主の千の魔手。いや、これは最早主従関係以上の鋼の結束。なんという素晴らしい関係か。嫉妬を覚える程だぞ、千の魔手よ……!)
(私にもいつかこのような主が現れるのでしょうか? この長い巨躯を愛してくれる素敵な主が……。ポチさんとアズリーさんの関係は正に獣にとっての憧れ。それがたとえ天獣であっても……いえ、ポチさんは既に天獣でしたね)
(トゥースとブルの関係以上の強い繋がり。そういえばチャッピーもしょっちゅう言っていたな。口を開けば『父上! 母上!』。私にこれほど文句の言える相手などいただろうか。いや、いない。これはポチとアズリーが築き上げた悠久の関係。なるほど、羨ましい限りだ……)
(俺とリーリアだって喧嘩をした事はある。だが、ポーアとポチの関係はそれだけじゃない。互いに対する理解が……我々の予想を超えている。どれだけの関係を紡げばそうなれる? いや、それは経験だけでしか語れぬという事。なるほど、そういえば私の名付けを最初に提案してくれたのはポーアだったな。後でリーリアと話してみよう。喧嘩でもいい)
それぞれの胸中、ポチが知る事はない。
それぞれの憧れ、ポチが知る事はない。
しかし、五天の霊獣は誇り高い存在。それを吐露する事は、誇りが許さなかった。だから、最終的に五天が行き着いた先は……同じ感想だった。
((あぁ、なんて羨ましい……))
これは、未だ首を傾げるポチが、アズリーと喧嘩をするほんの少し前の話である。
次回:「436 だいじなはなし」を楽しめるものなら楽しんでください。




