◆403 魔王の動向
王都レガリア城。
玉座に座る魔王ルシファーが、獄龍ヘルエンペラーを見下ろす。
魔王を前にしたヘルエンペラーには、既に魔王に対する恐怖はなく、静かに、ただ黙ってその指示を待つのみだった。
「ふん、力を持っているだけに力には素直か。どこぞの犬とは違うな」
「グルルルルル……」
「これより貴様はビリーが用意したアルファ、ベータの檻に入れ。己以外の生命を許すな」
ヘルエンペラーは目を伏せて従う意をルシファーに見せる。
「ビリー、わかっているな?」
「はっ! 完璧に仕上げて見せます!」
「機嫌取りはいい。結果を見せろ」
「では早々に」
ビリーは深々と頭を下げた後、立ち上がってヘルエンペラーと共に影に消えていく。すると、ルシファーの視線がその隣に移る。
「イディア、手を焼いているそうだな?」
「ご心配には及びません。外れかけたネジを巻き直すだけの事。不安定な時期は乗り越えました」
「ネジが馬鹿になっていないとも限らぬ。何せ、そのネジを緩めたのはあの馬鹿だからな……」
「かしこまりました」
跪いたイディアは、頭を低くしたままビリー同様に消え、残るはクリートのみとなった。
「さて、今回は其方か」
「は!」
「緊張する必要はない。其方の今回の役目は非常に重要だ。それはわかっているな?」
「……は!」
クリートの身体が震える。
ルシファーが命じる役目――其れ即ち王都守護勇士兵団の監視役である。クリートの実力であれば、守護勇士兵団の戦力は恐怖の対象とはならない。
しかし、使者がトウエッドの薫と謁見している間、解放軍に狙われれば、それはクリートの死を意味する。
それが、クリートの恐怖の理由。
「くくくく、怖いか?」
「め、滅相もなく……!」
「大きな魔力がトウエッドに集結しつつある。おそらく天獣もエッドにいるだろう。勇士兵団が狙われれば命はないだろうなぁ、クリート?」
「粉骨砕身の思いで――」
「――それでは死ぬだけだ」
ルシファーの目は終始笑いに満ちている。
しかし、相手は魔王ルシファー。クリートが何かを返す事は出来ない。
「では……どうしろと?」
「レオンが憎いのか?」
「っ!?」
「ふふふふ、其方のその正直な反応、嫌いではない」
「失礼を……」
「よい、許す。憎悪は其方を高みへと連れて行く」
「……というと?」
クリートの頭が上がる。
微笑と共に、ルシファーが一つの魔術陣を描いて見せる。
「受け取れ」
「は! ……しかし、これは一体?」
「宴が始まるまでとっておけ。そして死にたくなければ思い出せ。その魔術と、憎悪を……」
淡々と語るルシファーに、クリートは背筋を凍らせる。
玉座の間に充満する高密度の魔力は、静寂を貫き研ぎ澄まされていく。
そんな静寂を、クリートが恐る恐る破る。
「ル、ルシファー様……一つ質問をよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「今回の使者……一体誰を選ばれるおつもりで?」
疑問を述べるクリートを前に、ルシファーが嬉々とした表情を浮かべる。
それは、悪魔であるクリートすら怯えさせる魔王の笑み。
「いい質問だ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――トウエッド首都、エッドの魔法教室広場。
「ほぅ、そいつは初耳だな」
顔を顰めるは巨大なエルフ――トゥース。
正面には、アズリー、そして戦闘に身を置く屈強な面々が顔を連ねた。
「あぁ、おそらく数日中に使者はやってくる」
「その数日中ってのは何でわかったんだ? 書状には正確な日付は書いてなかったんだろう?」
アズリーの説明に、銀の特攻隊長ブルーツが首を傾げる。
「ブルーツが気を失ってる間にルシファーが言ってたんだよ」
「うぅ、傷を抉られるような言われようだぜ……」
項垂れるブルーツにアズリーが苦笑する。
「で、ルシファーは何て?」
ベティーの質問。
アズリーは言いにくそうな表情を浮かべ、重い口を開く。
「……『数日の後、世界は地獄と化す。存分に抗え。存分に絶望しろ』と」
「……正に魔王の言葉ですね」
トレースが腕を抱えながらぞくりと一度震える。
「確かに、その口ぶりなら近い内にやって来そうね。帰らずの迷宮に行ってた期間は四日。この一週間の内、いえ、六日以内に魔王軍が動く……か」
アイリーンが顎に手を添えて呟く。
「わかったわ。ウォレン、来なさい。アズリー、あなたも後で来なさい」
「あ、え? はい」
アイリーンはそう言って魔法教室の奥へと消えていった。
ウォレンはアズリーを横切ると、
「不思議な顔をしていますね?」
小声でアズリーに聞いた。
「てっきり怒られるかと思ったんですけどね。『何でそんな大事な事言わなかったの!?』って」
「怒ってますよ? アイリーン様」
「へ?」
「怒っていると言ってるんです」
「……それはまた何故?」
「今しがた、ご自分で理由を語ってたような気がしましたが?」
「あー……うん、そうなんですけどね?」
「ふふふふ。ここではアズリー君を怒れないでしょう? 人類最大の戦力のモチベーションを下げるような物言いは、周囲からのアイリーン様への信頼と、各々方への士気にも影響を及ぼします。時と場所を考えているという事ですよ」
「つまり、俺は後で怒られると?」
「そういう事です」
「モチベーション云々の下り、俺への影響は考えていないと?」
「そんな事はありません。私がしっかりとフォローしますから」
するとウォレンは真顔になり、更に声を落として手を前に出した。
「これを」
「っ? それは……?」
「耳栓です」
声を殺して笑う者――数人。
堪えきれなくなって笑い声を漏らす者――数人。
耳栓を受け取ったアズリーを指差して大笑いする者――数十人。
呆れる者もまた……数十人。
しかし、ウォレンとアズリーの会話は小声で行われたもの。
それを拾った百人近くの仲間は、
(にゃろう、盗み聞きしてやがったな……!?)
その通りだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――いいわね! わかった!?」
ウォレンのアイコンタクトにより、耳を掻く振りをして片耳の耳栓を外すアズリー。
「あ、はい。わかりました」
「……何よ? やけに素直ね?」
いつもならば、少なからず反論するはずのアズリーの反応に、アイリーンが訝しむ。
「うぇ? そ、そんな事ないですよ!?」
明らかに挙動がおかしくなるアズリー。
すると、アズリーは同席していたウォレンに助けを求めるように視線を送った。送ってしまったのだ。
そんな視線をアイリーンが見逃すはずがなかった。
「ふん!」
アイリーンのジロリという鋭い視線がウォレンに向く。
ウォレンはただアイリーンに微笑み返すのみ。彼は黒帝とも称される男。たとえ相手がアイリーンであろうと、そんな隙を見せるはずがなかった。
「ふん!」
視線をアズリーに戻すアイリーン。彼は人類の頂とも称される男。相手がアイリーンだからこそ、目が泳ぎ……やがて顔すらもヒクヒクと泳いでしまうのだ。
それを見るアイリーンの観察眼は鋭く、アズリーのもう片方に付いている耳栓を発見してしまう。
「それ、何?」
「……魔力の波の音が聞こえる耳に優しい魔道具です」
「見せなさい」
「嫌です」
「その耳栓を、見せなさい」
「まどーぐです」
「その魔道具を見せなさい」
「…………耳栓です」
「やっぱり耳栓じゃない!」
罪のない机が激しく叩かれる。
「最初からお説教のやりなおしよ!」
「最後だけにしません? 」
「却下よ!」
「許可を」
「無理よ!」
「無体な」
「馬鹿にしてんの!?」
「よく馬鹿にされてます」
そんな二人のやり取りを止めるのは、やはりウォレンである。
「お二方……薫様から念話連絡が入りました。これより神殿に向かいましょう」
「ぐっ……!」
「ほっ……」
ウォレンが微笑み、先程のようにアズリーを横切る。
そんなウォレンに違和感を覚え、アズリーがハッとして気付く。
(にゃろう、もっと前から薫から連絡が入ってたな……!?)
その通りだった。




