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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第十二章 ~地獄編~

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401 飛び交う?(はてな)

「――って話ですよ。まったく、何でポチの言葉の方が信頼されてるんですかね」

「ははははは、いやはや……アズリー君が馬鹿と呼ばれる理由がわかる気がします」

「……ん?」


 おかしい。

 俺は今、ウォレンに前回のミドルスたちの話をしていたはずだが、何故そうなったのだろう?


「いやぁ、最早戦時下。しかしそんな状況でもこんな話が出来るものなのですねぇ。友人とはいいものです。ふふふふ」

「いや、ウォレンさん。俺の話聞いてましたぁっ?」

「確かに私もアズリー君に同感します。我々の勝率は多く見積もっても一割あればいい方です。これは、アズリー君からルシファーの情報を頂き、冷静に分析した結果です。当然、アイリーン様も同じ考えです。しかし、灰色のガスパー……魔王ルシファーを間近にし、その目で見ても尚、ポチさんが三割と言った事は非常に興味深く思いますよ」

「まぁ、俺の魔力が戻ればの話ですけどね」

「安心してください、アズリー君」

「へ?」

「あなたの復活は近い」


 そう言い切ったウォレン。

 この自信はどこからくるのだろう。いや、魔法士適正の高い黒帝ウォレンだからこそなのか?


「見てください」


 するとウォレンは、上着の袖を捲り上げ、腕を見せた。

 ふむ、細いな? ちゃんと肉食べて筋トレしているのだろうか? しかし、ウォレンの打撃はなかなかに侮れない。この細腕に一体どうしてあんな力が宿るのか……?


「アズリー君、見るところが違います」

「腕を見てますけど?」

「総毛立ったところを見て欲しいのですが?」

「普通の人はそんな冷静に総毛立たないんですよ。知ってました?」

「おや、私が普通の人だと?」

「自覚症状があるという事は相当ヤバいですね」

「それすらも自覚していますのでご安心ください」


 駄目だ。この人に何言っても全て返ってくる。


「しかし何で総毛立ってるんです?」

「予兆……でしょうか?」

「予兆だけでそんなに?」

「まずは予兆について話しませんか?」

「ただの会話で何でそこまで(はてな)が飛び交うのよっ!」


 おっと、ここにはアイリーンもいたんだった。完全に忘れていた。

 そう、俺たちは帰らずの迷宮から帰ってきた。

 無事にドリニウム鋼を回収し、トウエッドの首都――エッドに持ち帰ったのだ。

 破格という言葉も破壊しそうな友達価格を提示したポルコ・アダムスの金銀財宝(おかね)を使い、エッドは今、人類最後の希望――その砦にするべく、各町村から集まった職人たち、行き場所を失った人間が職と食を求め集まって来る。アダムス家の資金がなければ、これらを維持する事は出来なかっただろう。

 今しがた話題になっていたのだが、トウエッドの将軍(おう)は、トウエッドの巫女である薫に魔王討伐の全権を委任し、薫は解放軍(レジスタンス)に全力で協力する事を約束したそうだ。

 持ち帰ったドリニウム鋼を加工し、武器、そして防具にするべく、ドン・キサラギ、レウス・キサラギ両名は、トウエッド中の刀匠に指導を始めている頃合いだろう。

 そして、俺は報告兼、呼び出しに魔法教室の室長室に来た訳だ。

 しかし、何故……室長である俺が立ち、アイリーンが室長室の椅子に座っているのだろう? 身長に合ってなさすぎて、顔しか見えないのだが?


「おや、アイリーン様……いらっしゃいましたか?」

「最初からいたわよ!」


 ウォレンも少なからずそう思っているようだ。


「ではアイリーン様から説明して頂けますか?」

「というと?」

「アイリーン様程の方が気づかないはずないでしょう。アズリー君、君がこの室長室に入った瞬間から今まで……アイリーン様が黙っていた理由がこれです」


 要領を得ないウォレンの言葉。袖を戻しながら言ったという事は、総毛立った理由の話か。俺はアイリーンに顔を向ける。

 するとアイリーンは椅子の背もたれに寄りかかり、足を組みかえた。


「アズリー……アナタの身体はおそらくそのための準備をしてたんでしょうね」

「どういう事ですか?」

「今アナタには見えないかもしれないけど、アナタの身体、正直ヤバいわよ」


 こちらは正直驚いた。

 アイリーンもこんな言葉遣いをするのかという点にだが。

 まぁ、これはこの場限りなんだろうな。俺とウォレンしかこの場にいないからこそ、余分な意識をつかわないで済むというアイリーンなりの無意識無自覚の吐露。

 しかし、俺の身体の一体何がヤバいのだろう?


「何と表現したらいいでしょうか……うーん、そうですねぇ。あぁそうです。これならしっくりくる」

「へ?」

「アズリー君、もしかしてアズリー君は世界中の魔素(、、)を集めるおつもりですか?」

「……全然しっくりこないんですけど?」

「今のアナタの身体全体に、魔力とは呼べないものの、極小の魔力……そう、魔素が取り巻いてるのよ。正直、それは魔法士の力になるものではないわ。アナタの身体は魔力閉塞が起きてるんだし、そもそも魔法とは自分の体内から発生する魔力を用いて発動するもの。だからこそわかる? その異常性が?」

「な、なんとなく……」

「正直、それは何の役にも立たないわよ。それだけの魔素が集まったとしても一握りの魔力程度でしょうから。でも、こんな現象は初めて見たわ……」

「はぁ……」


 魔素が俺の身体に取り巻いている。

 自覚もなかったし、ここに帰る途中、誰も指摘してくれなかった。

 ポチは気づいていたのだろうか? いや、魔法士適正の高い二人だから気づいたのか?

 しかし、何だってこんな状況になったんだ?


「……ふむ」

「どうしたんです、ウォレンさん?」


 アイリーンが喋っている間、無言を通していたウォレンが小さく零す。


「いい表現がありましたよ」

「は?」

「魔に愛されていますね、アズリー君っ♪」


 やたら嬉しそうに言ったウォレンの顔を、初めて殴りたいと思ってしまった瞬間だった。

 しかし、俺は大人。悠久を生きる大人のプロなのだ。

 賢者とは自制し、理に適った動きを心がける者だ。

 俺は握った拳を緩め、その力の行き場を提供するかのように溜め息に変えて外に出した。


「はぁ……それで、何で呼ばれたんですか、俺?」


 すると、アイリーンは懐から書状を出した。


「何ですか? やけに仰々(ぎょうぎょう)しい書状ですね?」

「どこからだと思う?」


 そう聞いたアイリーンの瞳は、これまで以上に真剣で、冷静なものだった。


「……まさかっ!?」

「そう、そのまさかよ」


「そのまさか」とはつまりそういう事だ。

 ならばこの仰々しさには納得である。


「やはり……戦魔国から!」

「書状の内容はいたって単純です。『我が国の反乱軍がトウエッドにいるという情報を掴んだ。匿うのであればトウエッドを敵国とみなし対応する。近日使者を向かわせる故、状況を説明しろ』……とまぁ、()(つま)んで言えばこんなところでしょうか」

「何ですかそれ!? 先日の襲撃の説明もなしじゃないですか!」

「あの襲撃の中にビリーがいたとしても、それがビリーだったか証明する術はないし、国としては動いていない……そういう事なんでしょうね。悪魔のやる事よ。一々腹を立ててたらキリがないわ。大体、使者が来る日付も書いてないし、この書状が本物なのかさえわからないわ」

「戦魔国の狙いは一体……?」

「まさか悪魔が外交手段をとってくるとは思わなかったけど……いえ、こんなのは外交とすら呼べないわね。つまるところ、奴らはトウエッドに攻め入る大義名分が欲しいって事でしょうね」

「大義……名分……?」

「トウエッドに反乱軍がいる。匿っている。では敵国だ。と、動いていれば、今後の歴史が納得する。長期的に人間を飼う(、、)事を前提とした動きなのでしょう」

「そんなの突っぱねればいいじゃないですか!」

「ところが、我々はそれを受けねばならないのです」


 ウォレンの言葉の意味がわからなかった。

 しかし、ウォレンにそう言わせるだけの理由があるのだろう。俺はそう思うしかなかった。


「使者の名前こそ書かれていませんでしたが、同道する護衛団の名がありました」

「……っ!」


 王都守護魔法兵団は既に壊滅し、その団員たちは解放軍(レジスタンス)に加わっている。

 しかし、戦魔国にはもう一つの守護兵団が存在する。


「王都守護勇士兵団……!」

「そういう事です。勇士兵団を護衛に付けると書いてありますが、これはつまり人質です。勇士兵団の中には、暗躍に適任なクリートあたりが隠れている事でしょう。使者がエッドの中に入り、謁見が終わるまでエッドの外で待つ勇士兵団は喉元に刃を突きつけられた状態。手を出せばこちらから仕掛けた事になり、戦魔国の目論見通りになってしまいます」

「……待ってください。こちらとしては受けざるを得ないかもしれませんが、トウエッド側からしたら勇士兵団を切り捨てるという話もあったんじゃ?」

「いえ、そういう話はありませんでした」

「何故?」

「これだけの手を打ったのです。その人質は最初から解放するつもりなのでしょう。勿論、話に乗ればですけどね」

「そうか、結果だけ言えばどうせ決裂になる話。ならばこちらは最初から大きな戦力で勇士兵団を助ければいい。しかし、そうなっては悪魔側の損失もある。端から人質は解放するつもりならば、無用な争いを起こさずに済む……」

「そうです。我々は悪魔の誘いに乗らざるを得ないという事です」


 俺は俯き、アイリーンも無言になる。

 そんな中、室長室内に小さな音が鳴った。俺も自身の耳でよく聞く生活音。

 それは即ち、ウォレンが眼鏡を上げた音だった。


「……猪口才(ちょこざい)ですねぇ」


 瞬間、俺と、おそらくアイリーンも……ウォレンの静かな笑みを見て、ぞくりと背筋を凍らせた。

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