399 お留守番
「今日で三日目か。道中のモンスター情報や内部構造の話を聞いてると、そろそろ最深部に着くと思うぞ」
「だな。あーあ、俺も行きたかったぜ! 迷宮の中」
俺の推測にミドルスが零す。
そう、俺たちは以前笑う狐とやりあった場所で留守番をしているのだ。
「そう呑気に愚痴れるのも、他の皆が頑張って潜ってるからだろう」
「んま、確かにそうですけどね」
リードの指摘を、ミドルスが肯定する。
ここに残ったメンバーは、俺とミドルス、そしてリードとライアン、そしてアドルフという何とも色も華もないメンバーなのである。
ここの統率のためにライアンを残し、最深部とここを空間転移魔法で繋げるためにミドルスを一人残すのも理解出来る。レベル的考慮から、俺とポチを別パーティにするのも当然だ。
入り口を俺たちで守り、侵入組の背後を守るのも重要な役回りだ。迷宮の中はそこまで広くない。一度潜った俺たちが判断した結果であり、人的余裕があるからこその配置でもある。
「アズリーさん! 今日も宜しくお願いします!」
と、元気よく言ってきたのはアドルフである。
この二日、一番俺に向かってきたのは彼だ。
一番レベルが低く経験不足だという事を、本人が一番よくわかっているからだろう。
当然、アドルフだけではない。ライアン含む他の皆も、俺とよく手合わせをしている。戦士たちは皆、身体を動かすと共に、俺の魔力閉塞の回復を手伝ってくれているとも言える。
熟練であるライアンの動きも、荒々しいリードの動きも、前衛型魔法士であるミドルスの動きも、発展途上のアドルフの動きも、全てが参考になり、俺の動きを徐々に最適化してくれる。
身体への力配分が適切かつ柔軟になっていくのが本当によくわかる。ミネルバが俺を戦士向きだと言った理由も納得なのだが、やはりルシファーと戦う上で魔法の存在は必要不可欠だ。
……ん? 何か来たな?
「アドルフ、悪いけど手合わせは後だ」
「え?」
「敵、ですかな?」
「えぇ、数は七、どれもSSランクに近い実力を有してると思います」
「ほお……」
ライアンは自身の顎を揉む。
何故ライアンがそんな反応をしたのかわからなかったが、まずはモンスターの対応が先だ。やはり活性化しているだけあって、人の匂いや痕跡を発見すれば、モンスターは構わず襲って来る。ウォレンから念話連絡を受けたが、どこもかしこも非常に緊迫していると聞く。
冒険者ギルドのギルドマスターであるスコットが、信頼出来る冒険者を解放軍のアジトに送り、限界突破を行い、各町村の守りに就かせているらしい。
これ以上の被害はなんとか抑えられそうだが、イーガルの話のように壊滅した村もあるようだ。
縁の深いベイラネーアは無事なようだが、戦士大学も魔法大学も機能していないと聞く。
ドラガンは戦士大学の学生をまとめてエッドに向かう準備に入ったようだが、魔法大学長でありアイリーンの抜けた穴埋めに六法士となったテンガロンはどうする事やら。
ティファは既にエッドに合流しているが、魔法大学の魔法士たちも、出来れば助けてやりたい。そうウォレンやアイリーンに言うも、「助けてあげられる程、私たちは強くない」とも言われてしまった。
そんな話をリナにすれば、ティファと共にベイラネーアに向かったというから、やはり俺の弟子たちは優秀である。リナの名は今や魔法大学生にとってカリスマだ。リナが魔法大学に行けば、もしかしたら状況は変わるかもしれない。
そして何より気になるのは王都レガリアだ。魔王ルシファーの居城なだけあって、モンスターの被害がないのは当たり前なのだが、王都守護勇士兵団率いる六勇士のチャーリーが、エッドに来たとウォレンが言っていた。チャーリーだけというのが気になる。他の十二士や、守護勇士兵団にいるエッグたちは一体どうしたのだろう。
ウォレンは戻ったら話すと言っていたが、あまり良い話ではなさそうだ。
「……ふぅ」
「お疲れですかな?」
モンスターたちとの一戦が終わると、無意識に出ていた俺の溜め息にライアンが反応する。
「あ、いえ。そういう訳ではないんですが、ちょっとまだ慣れてなくて……」
「そうですかな? 魔力なくして先程の察知能力は驚嘆に値すると思います。先日の、あの時も――」
「――あの時?」
「ここ、帰らずの迷宮へ来るため、私たちをエッドの魔法教室へ呼んだ時です」
「へ? あの時……俺何かしましたっけ?」
くすりと笑うライアン。そんなライアンの言葉を代弁するかのように、リードが俺の眼前に腰を下ろした。
「あのな、同等のレベルであり、魔力と聴覚に優れ、何より天獣という特性を持ったポチより早く、俺たちの接近に気づいてただろう? 俺らがやって来た時、ポチがあんまりにも呆然としてたんで、俺と長がポチに聞いたんだよ」
「……あー」
「はっはっはっは! 魔力無くしてその鋭敏さ。アズリー殿の魔力が戻った時、人類には……もしかしたら更なる光が見えるかもしれませんな」
「……っ、ったく、ポチのヤツそんな事一言も言ってなかったのに」
「認めてるからですよ」
俺の愚痴に即座に反応したのは、意外にもアドルフだった。
「何より、誰よりアズリーさんを認めてるからこそ、言わなかったんじゃないですか? だってポチさん言いそうですもん。『マスターならあれくらい当然です!』って」
ポチを真似て苦笑するアドルフに、ライアンとリードが笑う。
「その通り、信頼の証というやつですな」
おかしい。そんな証があれば、俺に愚者なんて称号付かないはずなのだが?
俺が首を捻って唸っていると、視界の端に無言で俺を見るミドルスの姿を捉えた。
「どうしたミドルス?」
そう聞くも、ミドルスは無言を貫いた。
俺はライアンたちと顔を見合わせ、俺の代わりにライアンが声を掛けた。
「ミドルス、どうしたのだ?」
するとミドルスはライアンにではなく、俺に返答したのだ。いや、これは問い掛けだった。
「……誰も聞かねぇのは仕方ねぇ。だが、だからこそ、俺が、俺自身が納得するためにアズリーに聞きたい事がある」
「何だよ、改まって?」
「さっきのライアンさんの話――確かにお前は人類の希望だ。光とも言える。魔力が戻ったらと思うと頼もしくもあるし、同じ魔法士としちゃゾッとする話でもある。だから聞いておきてぇ」
ほんの少しの間。それだけで、なんとなくだがミドルスの言いたい事が何なのか、わかったような気がした。
静かに、そして重そうな口から出てきたミドルスの言葉は、実に単純で、しかし難解な問いだった。
「……俺たちは、勝てるのか?」
誰もが考え、誰もが口にしなかった言葉を、ミドルスは俺に聞いた。
「な、何言ってるんだよ、勝てる勝てないじゃねぇ。勝つんだよっ!」
「リード、ミドルスはそういう事を聞きたい訳ではない」
リードの牽制に近い言葉も、ライアンの言葉によって止められる。
そう、ミドルスが聞きたい事はそういう事じゃない。希望的観測ではなく、純粋な戦力の話をしているのだ。
確かにリードのように答えるのも一つの回答である。しかし、それでは答えを濁したとも言える。
どこかの戦魔帝のように返すのも違う。ミドルスが求めている答えとは違うのだ。
「……仮に俺の魔力が戻ったとして――勝率は一割あれば良い方だな」
俺の考えに、ライアンは目を伏せ、リードは目を見開き、アドルフは俯いた。
そしてミドルスは冷静な目を俺に向け、更なる問いを投げた。
「理由は?」
……さて、何から説明するか。
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