398 ララとツァル
「「目がそっくりだ。それに、彼の奥方が亡くなった年もララの年齢と重なる。それに彼の自慢話の中に出てくる奥方の特徴――即ち髪の色もララと同じだった。そして覚えているかね? 私がララを拾った場所を」」
「確か、レジアータの南部……」
俺の返答にツァルは二つの頭をコクリと下げた。
そうか、だからツァルは席を離して俺と二人の席を設けたのか。
「「どうしようかね?」」
「え、言わないんですか?」
「「言ってどうなるというのだね? ララは父親の事などわからぬし、家族の歴史もない。そして主人は罪過に悩まされる。魔王との戦いの前に、余計な混乱は避けたい。それが、ララの保護者である私の決断だよ」」
「でも、今は俺に聞いてるじゃないですか」
「「聖戦士の意見、そして何よりサガンの恩人の意見とあれば、私も考慮に値すると思っただけだよ」」
まったく、この場でそんな事を聞くなんて、本当に使い魔の感性は独特だ。
見たところララとこの主人の関係は良好のようだが……。
「これ! このキャベツはララが採ったやつ!」
「それを僕が調理したやつ!」
「食べるのは私に任せてください!」
「「ははははは!」」
ララとの笑顔を見るに、接客、取引先以上の関係である事もわかる。
というかポチは相変わらず溶け込むのが早いな。
この笑顔が壊れないように……ともなると、俺が口だしするのは烏滸がましい気がする。
ベティーとベリアの関係同様、人と人の関係程デリケートなものはない。
「「……アズリー殿」」
「時……」
「「む?」」
「今は時のゆくまま……でしょうか。ララの年齢でそれを受け取るのは些か早い気がします。時期を見て、それからまずはご主人に。ララにはやはりまだ……」
俺の言葉を、ツァルは静かに聞いた。
そして、何度か飲み物に口をつけた後、少しだけ喉を鳴らした。
「「ふむ……やはりそうか」」
「というと?」
「「……時。悠久の時を生きる者にそう言われると重みが違うな」」
「そうですかね?」
「「いや、とても参考になった。ありがとう」」
はて、こんな回答でよかったのだろうか。そもそもツァルの最初の案と変わらないじゃないか。
本当にそれでいいのか?
俺の言葉以上に、これは重い問題なのではなかろうか?
がしかし、各々の問題という点では、いつも通りなのだが。
事実を知る人間は全て第三者……ともなれば、こういう判断しか出来ないのも事実だ。
「「ところでアズリー殿?」」
「何でしょう?」
「「晩年、サガンが手こずっていた魔法があった。非常に難解な空間発生の発動、空間維持の魔法だった。もしかしてアレはアズリー殿が教えた魔法かな?」」
「え? いや、そんな魔法は教えてないはずです。下手したら歴史が変わってしまうかもしれませんし。うーん、もしかしたらサガンのオリジナル魔法かもしれませんね」
「「そうか、それを見た後、私は契約を解除されてしまったからな。遂に完成を見る事は叶わなかった」」
「ヴァース様が戦魔帝に即いたのって最近の事でしたよね? サガンがギリギリまで帝位を守ったとか?」
「「ヴァース様の正確な戴冠日は、戦魔暦七十九年の一月一日だ。そのひと月後、サガンは息を引き取った」」
本当にギリギリまで頑張ったんだな、サガンのヤツ。
確かアイリーンもサガンの事を大きい存在だと言っていた。
内乱が起きないように白黒の連鎖の契約書が採用されたのも、理解出来るというものだ。
「マスターマスター!」
「ん? 何だよ?」
ポチが何だかニヤついている。
俺とツァルはそんなポチに首を傾げる。
「ここのご主人、面白いです!」
「どういうこった?」
「なんか、ご主人がララさんを養子にしたいとか仰ってますよ!」
「――ぶっ!」
瞬間、俺はツァルに向かって口に含んでいた飲み物を噴き出してしまった。
「「……新手のサービスか何かかね?」」
ちょっとツァルが怒ってる。
「はは……は」
「それにララさんも調子にのってご主人の事を『ちちー!』とか言ってます!」
そんなポチの説明に、俺は苦い笑いを浮かべる。
くねくねと身体を動かして布巾の上を這っていたツァルは、身体が拭き終わると、静かに俺を見た。
「「…………ふむ」」
「おっといけません! ネギ焼きが出来上がったみたいですー!」
と、ポチは俺たちの反応を気にする前に、ララたちの下へ戻って行く。
ツァルは何か考え込んでいるようだ。
「「…………第三者から見れば複雑でも、当事者たちから見ればまた違うのかもしれぬな」」
「というと?」
「「人には悠久程の重みは必要ないという事だ。長き時から得られる事象を過小評価するのではないが、過ぎ去りし時よりも今を大事にする。人とは短き人生を生きるのだから。そう、人とは至極単純な存在であり、もっと簡単に……楽に生きる存在……」」
「それ、まるで俺が人じゃないみたいに聞こえるんですけど?」
「「無論、アズリー殿も人だ。悠久の時を生き、行きつつも人の感性を失わない希有な存在だといえる。それがトゥース殿とアズリー殿の違いだとも、私は思っている」」
確かにトゥースは既にモンスターの域だ。
「「そう、その感性が大事なのだよ。アズリー殿」」
「今、心読みましたね?」
「「煮えたミルクに出来た膜だけを掬ったような顔をしていたよ。その単純さこそが人の本質に近いと言っている」」
「む、難しいですね……」
「「ふふふ、単純な事を難しく受け取るのもまた人……か」」
俺はこの時、ツァルの言っている事があまり理解出来なかった。
しかし、ツァルはそんな俺を見て、終始嬉しそうに話していたのだ。
使い魔特有の感性なのか、それともララに起きた出来事がただ嬉しかっただけなのか。やはり俺にはわからなかった。
人が――単純。複雑な感情を持つ人にツァルがそう言い切るのは何故なのか。
その日が終わるまで、布団に意識を奪われるまでそんな事を考えていた。だが、寝て起きたら、そんな事は気にならなくなっていたのだ。
これもまた、ツァルの言葉の一端なのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、早朝になりレジアータの西口に皆が集まってきた。
ある者は一人で、ある者は他愛もない話をしながら二人で、そしてある者は、眠そうな犬ッコロを担ぎながらやって来たのだ。
「ん~~、マスター…………十万ゴルドのスープより、一万ゴルドのお肉を十個食べた方がお得ですよ…………」
結局十万ゴルド減るから全然お得じゃない。俺の徳が増えるだけだろう。
「皆、準備はいいか?」
銀のリーダー、ブレイザーの声が皆に掛けられる。
「おっしゃ! 問題ねーぜ!」
「あい、名誉挽回と参りんす!」
昨日の内にブルーツと春華も回復し、レジアータにやって来ていた。
二人ともガスパーとの一戦をくぐり抜けてもその気合いが欠ける事はない。何ともタフである。
つまり、本日の迷宮探索は、銀、ララとツァル、そして俺とポチで攻略する事となるのだ。
「帰らずの迷宮はここレジアータより南下した場所にある。モンスターが活性化している今、道中のモンスター殲滅も心掛けるように!」
「「おう!」」
「出発!」
ブレイザーの号令により、俺たちはレジアータを出た。
かつてベイラネーアから帰らずの迷宮に向かった時、俺たちは五人だった。
いくつもの出会いが銀を大きくし、俺たちとの絆を深めた。
ガスパーが、ルシファーが本格的に動き出す時も近いだろう。
だから俺たちは歩み続けなくちゃいけない。
魔王との決戦に備えて、決して止まっちゃいけないのだ。
ドリニウム鉱石を手に入れ、トウエッドに持ち帰らなくちゃいけないのだ。
魔王の復活により、皆の覚悟はより強いものとなったが、決して暗くはない。
その希望は、俺が握っているんだ。
その希望を、ぶつけてやらなくちゃいけないんだ。
……魔王ルシファーに。




