◆376 三つの要所
「――のほい! ハウス! バラード! お願い!」
「んきゃあああ! いきましゅよ、コノハしゃま! ほいのほいのほい! ハウス!」
チャッピー仮面が戦場から去った後、リナが後衛のトレースの下へやってきた。
気付いたトレースは、リナに指示を飛ばす。
「リナさん、アイリーン様と共に支援魔法を! バラードさんを前衛に!」
「はい!」
「おいバラード! 特訓の成果を出す時がきたぞ! 低空から奴等を刈り取ってやれ!」
「掴まっててくだしゃい!」
コノハはバラードの頭に載り、前方を指差す。
その視線は、ある一点を強く捉えていた。
かつての主人である焔の大魔法士ガストン。その仇であるビリーがいるのだ。それは当然の事だった。
しかしコノハはただ心を落ち着け、忿怒に染まる事はなかった。
それが、いつでも冷静に状況を分析し、的確に対処するガストンと同じ戦い方だからだ。
バラードとコノハはすぐに白銀たちと合流し、地面スレスレの低空を飛びながら遊撃に努めた。ある時は攻撃し、ある時は負傷する仲間を回復魔法で助けた。
その光景を見たビリーが、バラードの頭の上にいるコノハに気付く。
「馬鹿な! 何故コノハが生きている!?」
「ふん、鼠如き気に掛けてる事ではないだろう」
「黙れ。私の完璧だった任務が、奴の存在で覆されたのだぞ!」
「ぐふふふ、余程その顔の火傷に恨みがあると見える」
クリートが言ったビリーの顔の火傷。
それは、ガストンの最後の一撃の名残。この火傷は、いくら回復しようともビリーが回復出来なかった、執念とも言えるガストンの爪跡。
「くそ! 見ていろ鼠め……! 今に踏み潰してくれる! 全軍投入だ!」
「早過ぎるとも思うが……まぁいい。奴等に真の絶望を味わってもらういい機会だ」
ビリーの檄の後、クリートは手を上げて後衛のアルファとベータの進行を促す。
その動きに、アージェントとブレイザーの顔が一層歪む。
((あれがここまで来れば、この均衡は一気に破られる!))
焦燥隠し切れぬ思いは誰も一緒だった。
クラリスやアンリが到着するも、増強出来る戦力はたかが知れていた。余りにも数が違い過ぎるからだ。
後衛のアイリーンは、歯を食いしばりながら迫る後衛部隊を睨む。
「戦力が……足りない!」
アルファとベータの侵攻を防ぐだけで精一杯。しかもその侵攻は勢いを増し、今にも前衛が瓦解しそうな状況。
しかも敵陣の最奥には、悪魔が二人並んで立っているのだ。
彼等が本気で動けばエッドの……いや、トウエッドの全滅は必至。
「ぐぅ……!」
「ガハッ!」
一人、また一人と戦士が倒れ、アズリーの友にその牙が届くのも時間の問題だった。
――――だが、
「およ?」
西の森から現れた三つの影。
影の一つは巨大な四足歩行の獣。
影のもう一つは黒紫の鳥。
そして最後の影は、四足歩行の獣に跨る、巨大なエルフ。
「なんでぇ? トウエッドも魔王軍に追い詰められてるじゃねぇか?」
その男に最初に気付いたのは、前衛の右翼で戦っていたブルーツ。彼はその男が誰なのか知っていたからだ。
「トゥース!? 何やってんだお前ぇっ!?」
「決死の逃避行だ! がははははは!」
豪快に笑いながらトゥースが言い放つと、己が出番を待っていたであろうアルファとベータがトゥース、そしてブル、更に紫死鳥を睨む。
「あぁ?」
物凄い形相でトゥースが睨み返すと、主よりも強い魔力に当てられたアルファとベータは、一瞬で萎縮する。
「まさか、ガスパー様の手から逃げるとはな。伊達に賢者と呼ばれていないという事か……!」
「どうする? 奴等が参戦しては我らの負けは必至」
ビリーとクリートはトゥースたち三人の脅威を理解していた。
その実力は、今回の戦争で最も警戒していたアズリー、ポチ、リーリアと同等レベルだからだ。
「おいトゥース! 手ぇ貸してくれねぇのかよ!?」
「あぁ? 何でだよ?」
だが、二人のその心配は杞憂と知る。
トゥースはブルから降りると、その場で背後の木を利用して腰掛けた。
「どっちでもいいわ、終わったら教えてくれ」
と、誰もが呆気にとられる行動をとったのだ。
生粋の面倒臭がり。それは、一度トゥースの指導を受けた、アイリーン、リナ、ヴィオラ、ジャンヌも知っている。
敵、味方問わず、トゥースの行動は常軌を逸していた。
「こんのっ! 相変わらず捻じ曲がった性格してるわねっ!」
アイリーンは激怒しながら、トゥースの行動を詰った。だが、既にトゥースは鼾を立て、睡眠という欲求を素直に受け入れていたのだ。
ブルも紫死鳥も、その場で談笑を始める程だ。
「くっ! ガスパー様から聞いていたが、本当によくわからない男だ! だが、戦況に変化はない。このまま攻め切るのだ!」
だが、ビリーの考えは間違っていた。
先程トゥースの魔力と眼力に当てられたベータが、トゥースに向かって巨大なブレスを放ったのだ。いや、放ってしまったのだ。
「ガァアアアアアアアアア――」
「――邪魔だボケがぁあああああああああああっ!」
直後、鼻提灯を割ったトゥースが放ったブレス。それは、ベータのブレスが糸のようにか細く見える、圧倒的質量を有した、巨大なブレスだったのだ。
「エルフがブレスだとっ!?」
「馬鹿な!?」
ビリーとクリートは蒸発するベータよりも、トゥースのブレスに驚く。
その魔力量から威力は知るべきところだ。しかし、エルフとはいえ人類がブレスを放つとは、魔を志したビリーには、理解出来なかったのだ。
「我ら悪魔ですらない奴に、何故ブレスが吐ける……。っ!? 何と恐ろしい威力だ……」
クリートもその部分に驚き、そして、その威力に吃驚する。
歪に掘られたブレスの跡は、数百のアルファとベータを呑み込んでいた。
トゥースがこれを薙ぎ払うように放てば、少なくとも千の被害は出ていた。それを理解したのだ。
「おう、いいかそこの悪魔共!」
トゥースの声は、ビリーとクリートに向けられていた。
「俺様の睡眠を邪魔するなら……容赦しねぇからな」
鋭い視線と殺気に当てられ、二人の顔が歪む。
その歪みを振り払うように、ビリーが呟く。
「ま、まぁいい。奴等に手を出さなければいい話だ」
ビリーもクリートも、トゥースたちの事は腫れ物だと思いながらも、手を出さない事を決める。
すぐにそれはアルファとベータに指示を出す。
「ここはトゥースの鼾が五月蠅くてかなわん。私はあちらで寝させてもらうぞ」
そんな動きを理解したと同時、紫死鳥が飛び上がり反対側の左翼。その戦場のど真ん中に着地したのだ。
「「これは……!?」」
魔王軍のビリー、そして解放軍のアイリーンが同時に気付く。
「確かに、その紫死鳥の言う通り。トゥースの鼾は五月蠅い。しかし、紫死鳥の鼾が五月蠅いのもまた事実」
ブルは歩を進め、トゥースと紫死鳥の間。
戦場の中央ど真ん中に腰を下ろしたのだ。
「おっと、転がっちまった。まぁいい。あそこに戻るのも面倒だ」
わざとらしいトゥースの声。木に寄りかかっていたトゥースは、身体を転がし、右翼のど真ん中に寝転がる。
「なっ!? 馬鹿な!?」
右翼、中央、左翼……その要所ともいえる場所に、トゥース、ブル、紫死鳥が陣取ったのだ。
魔王軍はトゥースたちに手を出せない。出した段階で必敗は決まるのだ。
侵入経路を固定されてしまったアルファとベータは、その勢いを極限まで落とされ、動けぬ個体まで現れたのだ。
トゥースは誰にも協力しない。
しかし、トゥースに手を出せば、戦況は一変する。
ギリと音を出しながら歯を食いしばるビリーとクリート。
その戦況の変化を危機と捉えるか、好機と捉えるかは、ビリー、アイリーン両名の判断にかかっていた。
どちらに捉えるにしろ――
「「性格が……悪すぎる!」」
――再び声を揃えるビリーとアイリーンだった。
まじイイ性格してると思う。
先日、コミカライズ版の『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ と、ポチの大冒険』第17話が更新されました!
漫画家の荒木風羽先生がTwitterにて宣伝イラストを公開されておりました。
転載許可を頂きましたので、下記に掲載致します。
調べたら13話の宣伝イラストから載せてなかったので、13~17話の五枚のイラストを掲載します。
下の方に載せておきます。
この話は、アズリーがリナにスターロッドプレゼントする回ですね。
リナの後ろにいるのは「ガストンの魔道具専門店」の店番おじいちゃんですね。
因みに、ポチの称号に「要耳栓」が付いた回でもあります。
この話は、バラッドドラゴンの卵を手に入れる回ですね。
ポチの水着のデザインが面白くて好きです・x・
魔法大学の寮に入寮したアズリーが、冒険者ギルドでお金を稼ぐ回です。
アイリーンがアズリーにストーキングを始めるのもこの回です。
ダンカン登場回、そしてアズリーのフランクさんは、とても大好きなコマです。
アズリーとリナ、二人の魔法大学入学式ですね。
久しぶりのドラガン登場。そしてオルネルとウォレンの初登場回でもあります。
ポチの保護者的様相がとてもよき。更にピカピカの一年生であるリナも最高に可愛いです。
今回更新された17話の宣伝イラストがこちら。
左からオルネル、ミドルス、イデアちゃんです。
この三人組、かなり好きなので、絵になった時は本当に嬉しかったです。
アズリー君がリナをかばうためにオルネルたちに見栄をきる回ですね。
ネームプレートを持ったポチがとても愛らしいです。




