◆296 友の変貌
2018/2/28 本日三話目の投稿です。ご注意ください。
「はぁああああああああっ!!」
「ほぉ、これは素晴らしい……!」
杖を持たず肉弾戦を行う魔法士。この珍しい光景を前にビリーがジャンヌに称賛の声を送る。
身体を纏う雷が拳に、脚に付与され、バチバチと異形の生物を弾いていく。
「ここまでアルファを手玉に取るとはな。馬鹿は馬鹿でも抜きんでるとやはり厄介だな」
「アルファ?」
ジャンヌが攻撃をいなしながら聞く。
「この生物たちの総称だ。ふふふふ、お前は在学中も質問の多い娘だった。勤勉は悪い事ではないが、時と場合を選んだ方がいいぞ、ジャンヌ?」
含みのあるビリーの笑み。ジャンヌは背後から迫るアルファを、弧を描くような蹴りを放って止める。
「……ふんっ」
「周囲の察知強化も兼ねているのか。なるほど、ガストンが考えそうな事だ」
瞬時にジャンヌの魔法のアドバイスを、ガストンから受けた事を見抜いたビリー。
「だから何、ビリー先生!」
「ふん、私はもう講師ではない。十二士筆頭なのだ。もう少し敬え、雑兵め……!」
ビリーがそう言いながら腕を振り被り払う。
「うあっ!?」
直後、魔力を帯びた強力な風がジャンヌを吹き飛ばし、まるでその方向を操るかのようにガストンへ向けた。
ジャンヌを受け止めたガストンは、優しく、しかし熱い手をジャンヌの肩に置いた。
「気を付けろジャンヌ。奴の相手は儂がする。周りの掃除に集中しろ」
「はいっ!」
ジャンヌが見たガストンの顔は、やはりいつもの顔ではなく、余裕のない顔だった。
しかし、今それを考えている暇はない。たとえ、王都守護魔法兵団の誰もがそう感じ、頭に過っていたとしても。
「くっ! くそっ! この! はぁ! バースト!」
既に乗っていた馬は死に絶え、オルネルは炎龍の杖を器用に振り回しながら戦っていた。
「おぅらっ! しゃああああ! あ痛ぇ!? 糞、糞、糞ったれぃ!」
その隣には身体に無数の傷を負いながらも奮戦するオルネルの相棒、マイガーの姿があった。
「くそっ、ミドルキュアー!」
「おい! 敵の数を考えやがれ! そんな頻繁に回復魔法使ってたんじゃすぐに魔力が無くなっちまうぞ!」
「はっ! 俺は死んだ時魔力が残ってた方が嫌だね!」
「口が減らねぇ糞野郎だ!」
吸魔が使えるランクS相当のアルファ。使い魔はブレスを吐けず、魔法士は攻撃魔法を封じられる。
これほどまでに戦いにくい相手は、王都守護魔法兵団の精鋭たちを苦しめた。
「ぎゃぁああああ!? リナ隊長! リナ隊長ぉおおおおお!!」
アルファの波に呑み込まれ、死んでいくリナの部下。
伸ばす手は虚空を掴み、身体に届くのは死の足音。歪んだ顔をどうにも出来ないまま、リナは戦い続ける。
「リナしゃま! 危ない!」
リナの背後に回り庇うように身体を盾にするリナの使い魔バラード。
「あんぎゃ!?」
「バラード!」
「だ、大丈夫でしゅ! 脂肪たっぷりでしゅ!」
その巨躯故、アルファの爪は深刻な深さまでは達しないものの、使い魔が苦しむ姿はリナの内側を傷付ける。しかし、身体の動く限り、リナはオルネルと同じ炎龍の杖を振るい続ける。父親のように想う偉大な男から恩師へ。その敬愛し、最愛の恩師が自分に渡した炎龍の杖を。
「邪魔だ」
振るわれた大魔道士の拳。吹き飛ぶアルファの姿を見てビリーがケタケタと笑う。
「はははは、相変わらず馬鹿げた膂力だな」
「何、すぐにそこへ行って貴様にも食らわせてやる……」
「それはそれは楽しみにしている。……この波を越えて来る事が出来ればな!」
振りかざされるビリーの腕。
すると、ビリーの影の中から無数のアルファが這い出て来たのだ。
「ぬぅっ!」
「楽しみにしているぞ……ガストン?」
幾度となく拳が、杖が、回復魔法が戦場で振るわれ、司令官の耳に幾度も届く部下たちの断末魔。
額から血が流れ、足を引きずる兵たちに、残された魔力は限りなく少ない。
ガストンは押し寄せるアルファを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、時には杖でかち上げた。
しかし、
「ははははは、おかわりだ!」
減ったと思えば再び現れるアルファたち。
ガストンだけで処理しきれない数は、やはり他の者への負担となっていく。
「クソッ!」
オルネルが、
「じょ、上等よ!」
ジャンヌが、
「ガストン様!」
ヴィオラが、
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
そしてリナが……。
とうの昔に皆の限界は見てとれた。
そしてそれは、司令官のガストンにも重く圧し掛かってくるものである。
既に部下の数は半数以下。誰の目にも全滅という最悪が歩み寄っている事は明らかだった。
だからこそ、一人の少女が起こした行動は間違いでなかった。
「ほいのほいのほいの……ほい! 空間転移魔法!」
少女の名は、フユ。若くして司令官ガストンの補佐に選ばれた才能溢れる若人。
安全な後方に設置された空間転移魔法陣は、起動を知らせる発光を見せる。
「ガストン様! 退却の準備をっ!」
精一杯叫ぶフユ。ガストンに言われるままに常にその後ろで待機していたフユ。そのフユが独断で動く程の緊急事態。誰もフユの命令違反を指摘する事はない。自分がフユだったのなら、全員がフユと同じ行動をしただろう。
空間転移魔法を見て一瞬の希望を目に宿した精鋭たち。
だが、
「地走魔送……」
フユの魔法発動と共に大地に手を置いていたビリー。
地中を走った魔力は一瞬にしてフユの空間転移魔法陣を破壊した。ガラスが割れるような音と共に、フユの悲鳴が響く。
「きゃぁっ」
「おやおや、少し魔力が強すぎたようだな。危うく可愛い女の子を泣かせるところだったよ、ガストン」
「…………この場に死を前にして泣く者は連れてきていない」
「アズリー君から購入したこの魔術、私なりに改良してね。単純な魔力を送れるようにしたんだよ」
「黙れ、貴様の口から小僧の名前を聞きたくない……!」
「それは残念だ」
肩をすくめるビリーを前に、ガストンは襲い掛かるアルファを薙ぎ払って言った。
一瞬の怯みを見せてしまった愛弟子に。
「俯くなフユ!」
力強い師の言葉。
フユは戦い続けるガストンを目で追った。
「どうせ誰も逃がしてはくれぬよ、この爺は!」
「ははは、何て言われようだ。爺とはな……」
「前を見ろ! 小僧が進み、残した足跡を辿れ! 果てない道の果ての果てに……小僧が待っている!」
「……はいっ!」
フユが立ち上がって返事をする。
ガストンの言葉に反応したビリーは声を低くして呟いた。
「そう、奴は見つけ次第最優先に殺してやる……!」
「させんよ」
「何?」
「儂が貴様を自由にすると思ったか?」
そう言い切ったガストンを前に、ビリーが目を丸くする。
そしてすぐに大きく噴き出したのだ。
「はっはっはっはっは! 私に辿り着けないお前がどうするというのだ!? その状況から何か出来るとでも!?」
「間も無くだ」
「何だと!?」
「その影領召喚の魔術、儂が知らぬとでも思ったか?」
揺るぎない視線をビリーに送ると、ガストンは小さく囁いた。
「地走魔送」
瞬間、ビリーの足下にあった影は甲高い音を鳴らし割れるように消えていく。
「何っ!? なっ! ぐぁあああああっ!?」
それと共にビリーの身体が強烈な衝撃によって浮き上がる。
慌てて中空で体勢を整え、辛うじて地面に着地したビリーがガストンを睨む。
「ガストン……貴様っ」
「小僧から購入したこの魔術、儂なりに改良してな。強力な魔力を送れるようにしたのだ。……はて? 強すぎたか?」
このガストンの言葉は、ビリーの感情を逆撫でした。
俯くビリーの顔が怒気によって歪んでいく。
直後、
「ぐっ!?」
ビリーの頭部に飛んで来たのはアルファの死骸。
「すまんな、手が滑ってしまったわ」
ガストンの言葉は、ついにビリーの怒りを頂点に向かわせた。
「殺してやる! 殺してやるっ! 殺してやるぞ、ガストン!!」
裂けそうな程の口は、
「悪魔そのものだな……」
もう戻らぬ友の姿に、ガストンは深く溜め息を吐いた。




