◆263 二人の悪魔?
ベリアルは解放した魔力をピタリと止めると、アズリーの眼前までフワリと飛び上がった。
瞬間、アズリーの顔に緊張が走る。
(まさか!? 空中浮遊魔法!?)
「ハハハハ、魔術ヤ魔法モマダマダ奥ガ深イトイウコトダ」
不気味な笑みを浮かべるベリアルを見て、アズリーの拳に力が入る。
「ふ、ふふふ……」
「何ガオカシイ?」
「ふ、ふは……ふはははは……」
アズリーが笑う。
しかし力なきアズリーの笑いに、ベリアルは不可思議な顔をする。
「我ガ魔力ニ当テラレテ気デモフレタカ?」
しかし、
「ふはははははは! ほら見ろ! シロ、俺の言った通りじゃないか! 空中浮遊魔法は存在するって!」
高らかに笑い声をあげるアズリー。
彼にとって、目の前にある脅威より目の前にある興味なのだ。
魔力の反発維持によって空を歩く事が出来るアズリーではあるが、自在に宙に浮く事は出来ない。
まるで少年のように目を光らせるアズリーに、悪魔ベリアルは困惑の色すら顔に浮かべる。
「……ドウヤラ只ノ馬鹿ナヨウダ」
ベリアルはそれだけ言った後、アズリーの正面まで一瞬で詰め寄った。と、同時に放たれる拳。常人であれば顔が弾け飛ぶであろう凄まじい拳。
寸前まで目を輝かせていたアズリー。しかし、ベリアルの拳が放たれるや否や、その色は闘志へと変わっていた。
顔面に向かって放たれた拳は眼前で止まり、大気が震える鈍い音と共に、ベリアルの目が驚きで見開かれる。
「……只ノ馬鹿デモナイヨウダ」
「よく言われるよ!」
息もつかせぬ攻防が幾度となく起こり、その度にソドムの街が悲鳴を上げるように揺れた。
アズリーとベリアルは、互いの力量を推し比べるかのように肉弾戦を繰り広げた。
「小癪ナ……!」
「あぶなっ!?」
アズリーはドリニウム・ロッドで受けたベリアルの拳を払い、弧を描くように杖の末端を振り上げた。
ベリアルはその杖の末端を足で受け止め、払われた拳を滑らせるように身体を捻って肘打ちに移行した。
頭を低くして肘をかわしたアズリーは、ベリアルの腹部を杖の腹を使って両手で押し飛ばす。
「グゥ……! コノッ! カァアアアアアアアアアアッ!」
口から極ブレスを吐いたベリアル。
しかし、眼前にブレスが迫っているにも関わらず、アズリーは動こうとしなかった。
「殺ッタ!」
ベリアルが勝利の笑みを顔に浮かべる。
その瞬間、アズリーはドリニウム・ロッドの先端を空に向かって振り上げた。
空高く弾かれるブレス。
「何ッ!?」
驚くベリアルをよそに、アズリーは次の行動を起こしていた。
振り上げた腕は右手のみ。身体を捻る事によってマントで隠された左手から現れる魔法陣。
「クッ!」
咄嗟に防御の構えをとったベリアルは、正面から放たれる脅威に顔を歪めた。
「ほい! インビジブルファイア!」
魔法式が起動を知らせる光を発しても、魔法が具現化される事はない。
それは魔法名からベリアルもわかっている事だった。
見えない炎と呼ばれる上級系火魔法。
この大勝負で使われるとは、流石のベリアルでも思わなかったのだろう。
しかし、アズリーは使った。
見えない故、インビジブルファイアはモンスターには有効な魔法だ。しかし、この魔法を知っている者であれば対策は容易い。
しかし、アズリーは使った。
奇襲ともいえるタイミングで放たれたからこそ、ベリアルは防御姿勢をとったのだ。
だが、折角の奇襲も、この魔法ではあまり意味がない。
ベリアルは少し遅いともとれるタイミングで放たれたインビジブルファイアを難なく受けきり、余裕の笑みを浮かべた。
「再度訂正ダ。ドウヤラ只ノ馬鹿ナヨウダ」
「それも、よく、言われる……!」
「何ィッ!?」
今のアズリーにとっては難度の低い魔法、インビジブルファイア。
ベリアルは、何故アズリーがその魔法を選んだのかを、もっと疑問視するべきだった。
アズリーが透明化の攻撃魔法を選んだ理由は二つあったのだ。
一つは、ベリアルに奇襲と思わせ、防御姿勢をとらせる事。これは、魔法の難度がそれ程高くないとはいえ、まともに喰らえばベリアルでも傷を負うからだ。
もう一つは、透明化の魔法であれば、多少発動を遅くしても、発動しない限りベリアルに防御を解かれる心配が少なかったからである。
中途半端な時間で作った魔法陣故、上級系魔法しか発動が出来なかった。
しかし、上級系の魔法であれば、ベリアルの足止めは出来る。
更に、その魔法発動が遅く、しかしベリアルに防御を解かせない時間を稼ぐ事が出来れば――――、
中途半端な時間で作った中途半端な時間は……アズリーの一手となる。
(コ、コッチガ本命ダッタカッ!)
ベリアルが目を見開いてアズリーを見た時、発動された後の左手の平。その更に奥に隠れたドリニウム・ロッドが振動のように動いているのを捉えた。
(何トイウ正確デ素早イ宙図ダ……!)
「ほいのほい! ホーリーランス!」
今度は防御すら間に合わないタイミング。
奇襲すら奇襲のための布石にしたアズリーが放った極大魔法。
それは閃光のように一瞬だった。
世界が昼のように明るくなった。そう誰もが思った瞬間、ベリアルの肩部には大きな穴が穿たれていた。
その穴の奥に広がる魔王軍の軍勢。瞬時に傷口に手を当てるベリアル。
「ヌゥッ!? 今ノハ……光魔法!?」
「さて、そいつはどうだろうな」
「ホーリーワールド以外ノ魔法ナゾ初メテ見タゾ……!」
「広範囲になってしまう魔法式を一点集中型にしただけだよ」
「ソレガドレホド難シイ事カ、ワカラン馬鹿ダッタカ」
ドリニウム・ロッドを肩にとんと置いたアズリーはくすりと笑って見せる。
それが癪に障ったのか、ベリアルは顔に怒気を浮かべアズリーを睨んだ。
みるみるうちにベリアルの魔力が高まっていく。そんなベリアルを前にしても、アズリーの表情が揺らぐ事はなかった。
ベリアルの究極限界の発動を間近にして、ソドムの街の冒険者たちが震え上がる。
次の瞬間、ベリアルの魔力は大きく解放される――――
「カァアアアアアアッ――――」
はずだった。
「悪いな。一対一ならそれでよかったかもしれないけど――――」
ベリアルの耳に、アズリーのそんな言葉が届いた。
アズリーの言葉の意味をベリアルが知るのはその直後だった。
そして、次に届いた言葉は――何故かベリアルの背後からだった。
「死ね」
艶やかだが冷たく狂喜を孕んだ言葉。
有無を言わさぬ強制的な力に満ちた言葉。
上段から振り下ろされる切っ先の奥に、ベリアルは血に染まって揺れる美しいエメラルドグリーンの髪を見た。
振り下ろされた剣がベリアルを通過する。音もなく、あっけなく。
断末魔すら出せぬ悪魔を前に、アズリーは顔を歪める。
(どっちが悪魔かわからないだろ、これ……)
まるで悪魔に見えるとアズリーに思われた悪魔は、着地とともに残したウェルダンの下へ戻って行く。
そんな後ろ姿を見つめるアズリーの耳に、強烈な雄叫びが届く。
「「ウォオオオオオオオオッ!!」」
腹の芯から出た冒険者たちの勇気。
瞬間、ソドムの門は大きな音とともに開き、そこから雪崩れ出た冒険者たちが武器を天に向かって掲げる。
百人もいない冒険者たちだが、この場に、ソドムに残った者、集まった者は強い。
単純な強さ以上の戦闘力。意志力。勇気。
その声だけで、最前線へ出た皆の顔に気合いが入るのだ。
そんな冒険者たちの背中を見て、アズリーの心も炎のように熱くなる。
杖を肩に立てかけ、両手で頬を叩き気合いを入れるアズリー。
「うしっ! さぁ、これから忙しくなるぞ!!」
眼前に広がる夥しい数の魔王軍。
最終決戦は今、正に始まったばかりである。




