264 嘆き
どれくらいの時が経っただろう?
リーリアがベリアルを倒してからの記憶があまりない。
冒険者たちの負傷者はいない。
覆える範囲での皆の動向は把握しているつもりだ。
負傷した者に関しては即時回復魔法が行えている。
だが――――、
「くそ! また一人やられた!」
一瞬にして死が訪れる者には、俺の回復魔法も届かない。
魔法が万能じゃないって事をつくづく思い知らされる。
最大限のフォローをしているつもりでも、俺の力不足は否めない。
これだけの混戦。……そう経験出来るものではないが、経験したいとも思えない。
こういう時は、あのガストンの誘いを受けておけばよかったとも思ってしまう。
王都守護魔法兵団なら集団戦の経験も多く踏めるだろうからな。
だが、過去の事をどう言っても仕方がない。
俺は俺の出来る事をやるしかないんだ。
俺は、甘かった……空間転移魔法陣でいつでも逃がせるなんて、そんな訳ないだろう。
ここに集まった冒険者は多かれ少なかれ何かを捨てて来ている。
皆……皆必死なんだ。
精一杯生きたいからこそ、精一杯死と向かいあっている。
「マスター! ブライトさんの魔力が尽きかけています!」
ポチの声に反応した俺は上空で飛ぶチャッピーを見上げた。
チャッピーの背に乗るブライトの体力、それ以上に魔力がほんの僅かしかないのが目に見えてわかった。
まったく、衰弱寸前まで俺に気付かせないとは恐れ入る……!
「ほい、ギヴィンマジック&リモートコントロール!」
魔力の上に設置したギヴィンマジックをブライトまで飛ばし、魔力の回復を図る。
周囲を見渡せば疲労の限界を迎えている冒険者も少なくない。
……そろそろか!
「ほい、ストアルーム!」
いつも開いているストアルームとは別室。
俺はそこに多量のポチビタンデッドを詰め込んでいる。
頃合を見計らっていたが、少し遅かったかもしれない。
俺は魔力操作でポチビタンデッドが入った瓶を疲労の激しい者から順に運んでいった。
「あ、ありがてぇ……!」
「これでまた……戦える!」
皆が皆地獄の中心に戻っていく。
既にソドムの門は全て開いている。
だが、魔王軍がその中に入って行く事はない。
何故なら、ここが決戦の地だからだ。
ここにいる冒険者全員を殺さない限り、奴等はこれ以上北上する事はないだろう。
向こうを褒める訳じゃないが、相手も必死だという事。
死力を尽くすこの戦いに終着点はあるのだろうか。
くそ…………もどかしい!
「マスター! そこを動いてはいけません!」
知らず知らずのうちに門の上から飛び下りようとしていた俺。
そんな俺を止めたのは、やかましい使い魔の声。
ポチは知っている。俺がこの場を動けば周りの均衡が一気に崩れる事を。
「かなり回復しました! もう結構です、師匠!」
「せいぜい高みから見下ろしてる事ね、ポーア!」
ブライトもフェリスも……俺を気遣い虚勢を張っているように見える。
そんな中、ジョルノとリーリアの居場所が近付いて行く。
なるほど、ジョルノといえど、ここまで押し返されて来たか。
「はぁあああああああああっ!」
あんな気合いのこもったジョルノの声は初めて聞いたかもしれない。
「ふ……ふっ……ふっ……!」
リーリアも、肩で息をしているのが見える。
まるでポチビタンデッドが効いていないかのようだ。
それだけ最前線の疲労蓄積濃度が計り知れないという事だ。
俺が出来るのは皆の回復とオールアップの魔法。局地的な魔法攻撃のみ。
常にギヴィンマジックの上に乗っているから、あり余る魔力は尽きる事こそないが、それを有効的に使えていないのも事実だ。
ポチ・パッド・ブレスのような大きな魔法はこちらに被害が出ないとも限らない。
かといって中途半端な攻撃は周りの人間の混乱を生むだけだ。
…………俺は、俺はこんなにも無力なのか?
「ガァアアアアアアッ!」
ポチの身体がポチ自身の血で覆われている。
「このっ! このっ!」
フェリスが、それに文句を言う事すらない。
「チャッピー、あそこだ!」
「任せろブライト!」
俺より若いヤツらがあんなにも頑張っている。
何か、何か出来る事があるはずだ。
今俺に出来る事は無力を嘆く事じゃない。
無い頭なら無い頭なりに考えればいいんだ。
俺は知らないうちに口から出ていた血を袖で拭い、大きく深呼吸した。
「マスター! ……待ってます!」
ポチは俺に何かを伝えたかったのだろう。
しかし、簡潔に伝えられる言葉が思い浮かばなかった。
この乱戦の中、発言の余裕を無理に作り、しかし俺に投げかけた言葉。
ポチが伝えたかった事。それは同意の言葉だったのではないだろうか?
俺が嘆き苦しんでいる心中を……「わかっていますから」と、伝えたかったのではないだろうか。
「まったく……、相変わらずムカつく犬ッコロだ」
――――そうだ。
「無い頭なら、これからいくらでも詰め込めるって事じゃないか……!」
無理に笑みを作って見せた俺の顔。
そんな俺の目が捉えたのは、遥か奥の崖先にいた一人の鳥。
あれは……!
「ほいのほい、鏡望遠視!」
魔術陣から現れるレンズの集合体。そこから捉えたのは、チャッピーとのソレと酷似した身体。
「あれは紫死鳥っ!?」
そうか、天獣である紫死鳥がこれ程の規模の戦闘を察しない方がおかしい。
どうやらアイツは俺を睨んでいるようだが、今の現状がわからない訳じゃないようだ。
何か…………何か忘れているような気がする。
――思い出せ。
俺は知っているはずだ。
魔王軍との戦闘で、もう一つ大事な欠片が埋まっていないような。
天獣紫死鳥。ポチとチャッピー……いや、この時代でこの二人は特異な存在。
なら、この時代の紫死鳥と言えば今この戦場を、俺を睨むように見つめているヤツだ。
そして天獣赤帝牛。リーリアが跨る灼熱の闘志を持ったウェルダンだ。それは間違いない。
…………だが、俺のいた時代では、伝説の天獣赤帝牛は――――いなかった。
「そうだ、俺の時代では…………っ! ………………天獣は何て呼ばれていた?」
――――『五天の霊獣』
メルキィに紫死鳥の居場所を聞いた時、メルキィはこう言った。『本当は赤帝牛と呼ばれる霊獣もいて、五天の霊獣って呼ばれたのだけれど、かつての聖戦士の一人が使い魔にしたって話だから、今は四体しかいないんだ』と。
何故メルキィがそんな話を知っていたのかは今の問題じゃない。
メルキィは言っていた『今は四体しかいないんだ』と。メルキィの言葉は嘘やふざけた態度で覆われてはいるが、あぁいう時のメルキィは本当の事しか言わない。
現にその言葉通り、レガリア渓谷にはヤツが、紫死鳥がいた。
ならば、「今は四体しかいない」という言葉は、「今も四体いる」という言葉に置き換えられる。
そして俺は過去の文献からある事実を知っている。
――――天獣は、魔王率いるモンスター群に個で戦ったと言われる異常な存在……と。
そう、天獣は、天獣たちは、魔王軍との戦場に居合わせているはずなんだ。
しかしこの戦場で戦う天獣は、ポチとチャッピーを除けば赤帝牛であるウェルダンのみ。
それじゃあ辻褄が合わないんだよ。だが、その歯車の鍵を…………俺が握っているとしたら?
…………紫死鳥が魔王軍の凶悪な魔力に釣られてこの戦場まで来ているんだ。
来ているんだろう……? 他のヤツらも……!
なら今の俺に出来る事は限られている。
俺の全魔力を一瞬だけ解放し、その中に満ち溢れる魔力の存在を突き止める。
「ウォオオオオオオッ!」
解放した俺の魔力により、ソドムの門前のモンスターの動きが怯む。
爆発的な魔力上昇により、他の皆の動きが少しだけぎこちなくなるが、皆「俺に考えが出来た」と推察してくれたようだった。
後はこの魔力を…………薄く伸ばすように……拡大させる。
探せ……探すんだ…………!
――――必ずあるはずだ。
無数のモンスターの魔力の中にある、ひと際大きな魔力が。
――――必ずいるはずだ。
五天の霊獣とまで言われた伝説の赤帝牛、紫死鳥含む……残りの三人が!
――――灰虎・黄龍・黒亀……!




