216 最良の仕事
「………………」
「ポルコさんポルコさん」
「何だねシロ君?」
「………………」
「何でマスターはあんなに不機嫌そうなんですか? あんなマスター、私が財布の中身を全部使ったりしない限り見られませんよ?」
「あぁ……えーっと、それはだね? あ、いや、うん……コホン。あーポーア君? ちょっと私の部屋へ来ないかね?」
「あぁっ!?」
「凄いです!? ポルコさんがビクッってしましたっ! ビクッって! それにマスターのあの目付き、まるでモンスターみたいですー!」
おのれ……おのれポルコ・アダムス!
ま、まさか俺の実力にそれほどの価値があったとは知らなかったぞ。
無名に言われてみれば確かにそうだ。
俺とポチはレベル百七十台で、四六時中アダムス家、フルブライド家の次期当主の魔法指導兼護衛。次期聖帝のお守り兼護衛。
細かい仕事をあげたらキリがない。そういえば前に仕入れ作業も手伝った事がある。
考えてみれば相手は国の重鎮。その息女の護衛ともなれば法外な給金であって然るべきだ。
「おのれポルコ・アダムス……!」
「マスター、声が外に漏れちゃってますよ?」
「おのれポルコ・アダムス!」
「これは聞こえてませんねー。では、私もマスターの使い魔ですからノっておきましょう!」
「おのれポルコ・アダムス!」
「おのれポルコ・アダムス!」
「ポルコ・アダムス!」
「ポルコ・アダムス!」
「ポルコォオオオオオオオッ!!」
「アァダムゥウウウウウウウッスッ!!」
むぅ、何かポチの合いの手が入って段々頭が冴えてきた。
「む、目の前で仇敵ポルコ・アダムスが困った顔をしている」
「えぇ!? ポルコさん私たちの仇敵だったんですかっ!?」
「知らないのかシロ? あの人はな、お前の食費を――」
「――おのれポルコ・アダムス!!」
「な!? そうだろ!?」
ポルコは深い溜め息を吐く。
いやいや、溜め息吐いて頭を抱えたいのは俺の方だってんだ。
「で、ではポーア君。ちょっとその話をしようじゃないか? な? お友達だろう?」
「お友達料金は正規給金の七割までです」
「わ、わかった。詳しい話は別室で……」
見事なまでに作られた笑顔を俺に向けたポルコは、ポチの睨みから逃げるようにして部屋を後にした。
「シロ、待てだ」
「どんとこいですよ!」
鼻息を荒くしたポチを背に、俺はポルコの後を追った。
ポルコの部屋に着いた俺は、ポルコに着席を促される前に座る。
お友達なんだ、これくらい許してくれるだろう?
眉をひくひくと動かすポルコは、いつかのジュンと同じように蜂蜜酒をグラスに注いで対面のテーブルへ置いた。
「ゴ、ゴホン。ではこれから正式に書面をかわして交渉といこうじゃないか?」
「そうして頂けるとありがたいですね」
淡々と言った俺の言葉に、ポルコは自身の髭をひと撫でした。
「勿論、過去の不足分の支払いもしようと思っているからね?」
「思っている?」
俺は支払われないのかと疑いの目を向ける。
「む、いや。実はだね、どうやらあの無名君に貯蓄がほぼ奪われてしまったのだよ」
「何ですってっ?」
「私も先程気付いたのだがね。民の税をまさか盗まれてしまうとは、私は領主失格と言わずにはいられない……」
俯くポルコは本当に悲しそうな様子だ。
「それは……許せませんね。その行く先はどこかわかっているんですか?」
「まぁ至極当然ではあるが、やはりダグラス家に渡ったと見て間違いないだろう。それでポーア君、支払いの事なのだがね……」
言いづらそうにしているのは顔を見ればわかる。
俺はやり場のない感情を吐き出すように息を吐く。
「いいですよ。これまでの分、お支払いを頂かなくても」
ばっと顔を上げるポルコ。
「けどっ、これからの分はしっかり戴きますからね」
「も、勿論だともっ!」
まぁ、始めに書面で契約をかわしていなかったのが問題だしな。
フルブライド家が成功報酬だったから、こちらでもそうだと勘違いしてしまった俺の責任でもある。
…………ん? そう考えるとフルブライド家の給金もかなり安かったのでは?
――あぁ、あの時は俺も弱かったし、ジョルノの紹介でもあったし、ギルドに届くような依頼だったってのもあるのか。
「それにしても、無名はどこからどうやってダグラス家に金を運んだんですかね?」
「貯蓄ならばこの部屋にあったのだ」
「この部屋にっ?」
俺が驚いてみせると、ポルコは本棚横にある壁に触れて見せた。
すると、人一人程の大きさの魔法陣が現れる。なるほど、自身の魔力を鍵としたのか。
ポルコは魔力を魔法陣に注ぐと――――天井がかぱりと開いて階段が出現した。
「大がかりですね」
「民の大事な血税を預かるのだ。これくらいは当然だろう」
確かにその通りだ。
さて、この魔力の鍵を開け、無名はどうやって天井へ侵入したんだ?
「んー…………あっ!」
「何かわかったのかね?」
「これ、隅の公式に抜け道がありますよ」
「何だと?」
「基本的には本人の魔力でしか開かない素晴らしい魔法公式だと思いますが、本人認証の設置型魔法となると、末端にまで情報を埋め込まないと……この抜け道に少しの魔力さえ込めれば……俺でもっ!」
俺が魔力を込めると、階段は天井へと戻り、元通りとなった。
「……これはしてやられてしまったな」
額を押さえるポルコ。
「いえ、これは中々見つけられません。相手がそれだけ優秀だったという事です」
「東の部族は洞察力に優れているとも聞く。だが、私の落ち度である事にはかわりない」
「……その後、無名はどうしています?」
「ガイルに任せている。何か気になる事でもあるのかね?」
ある程度の尋問が終わったしな。俺は途中で怒って出てきてしまったが、今も尚、無名の尋問は続いているのだろう。
ここまで困ったポルコを見捨てる訳にもいかない。
「む? 何か考えでもあるのかね?」
「ポルコさん、ここは一つ攻勢に出てはどうすかね?」
「と、言うと?」
「先程話したと思いますが、既に北の魔法士と名高いチキアータはダグラス家を離れています。そして無名もこちらの手にあります。このご時世、あれ程の人材の代わりを用意するには中々に骨が折れます。なので、こちらからダグラス家に手を出し、アダムス家やフルブライド家を狙った証拠を集めれば、この水面下の戦いに終止符を打つ事が出来るのではありませんか?」
俺の言葉に、ポルコの顔は少し険しくなる。
「確かに、無名の証言だけではダグラス家の動きを制する事は出来ない。しかし誰がそんな危ない橋を渡るというのだね?」
「私たちに決まってるでしょう!」
ばんっ、とポルコの部屋の扉を開けたのは、当然我が使い魔。
「シロ君っ? しかし君たちは相手方に顔が知られているのでは――」
「ノンノンノン! 知られていても問題はありません! マスターの幻術魔法で変身出来ますからっ!」
待てって言ったのに盗み聞きするし、俺の魔法の存在をバラすし……ホント、優秀な使い魔だなぁ……コイツ。
「フェリスやブライト君の事はどうするね? いかに相手の駒を削ったとしても今護衛をなくす訳にはいかないと思うが?」
「ちょうどいい方が今フルブライド家に来てるじゃないですか?」
「…………まさかジュン殿を?」
「その通りです。表向きは公務の一環という事で両家で事務仕事でもしていてください。それにフェリス様もブライト様も、それなりに自分の身を守れるくらいには成長していますからね」
ポルコは俺たちの提案を聞き、近くの椅子に腰を下ろした。
どうやら考えるに値すると判断してくれたようだ。
しかし、答えを出すには至っていないみたいだ。……はて? 結構良い案だと思うんだが?
「何か問題でも?」
「問題は君たち二人がこの家からいなくなる事にある。無論、護衛力という意味ではない」
「一体どういう事です?」
ポチは俺とポルコをきょろきょろと交互に見る。
「実感はないかもしれないが、今や君たちは相手方にとって存在の大きい者だ。その二人が留守がちになる……というのは相手に懸念材料を与えてしまうに等しい」
「表向きに、長期レガリアに向かわせるような仕事があれば……そういう事ですか?」
「そういう事だ。確かに良い案だと思う。しかしその言い訳が思いつかないのだよ」
「う~ん……」
俺たちが三人で頭を捻らせて良い言い訳を考えていると、ポチとは違った静かなノック音が部屋に響き渡った。
「誰かね? 今、大事な話をしているのだが?」
「ポルコ殿、ジュン・フルブライドです。帰る前にご挨拶をと思いまして」
「あぁジュン殿か。ポーア君もいる。入ってくれたまえ」
まぁ、流石にフルブライド家の当主を挨拶せずに帰す訳にもいかないからな。
ジュンは部屋に入り、ちらちらと俺を見た後、ポルコの下へ寄ってきた。
「今回はお手柄だったそうだな、ポーア殿」
「いえ、当然の事をしたまでですよ」
「ポルコ殿、帰る前に一つお伺いしておきたい事が」
「ん? 何かね?」
ポルコは対面の椅子にジュンを誘導しながら言った。
「二週間後のあの件、聖帝様のため、フルブライド家は参加する予定だが、アダムス家はいかがされるおつもりですか?」
「二週間後………………っ!」
突如ぱっちりと開いたポルコの目。
俺とポチは互いに見合ってから再びポルコを見た。
「どうかしたんですか?」
ジュンの当然の疑問に、ポルコはにやりと口を緩めた。
「ふふふふ……ポーア君、シロ君。君たちに最良の仕事を見つけたよ」
「最良の……」
「仕事?」
俺たちが首を傾げると、今度はジュンが席から立ち上がった。
「まさかポルコ殿っ? 二人を……アレに!?」
「流石ジュン殿、察しがいい」
アレって……一体何の事なんだろう。
「ポルコさん、焦らさないで教えてください! アレって何ですか!? ほら、マスターからも言ってやってくださいよ!」
「それで、その仕事というのは?」
ポルコはテーブルにあった蜂蜜酒を一気に空け、かつんとグラスを置いてまた笑みを零した。
「使い魔杯だよ」
ようやく出たこのワード。
過去編が…………終わらない!




