213 理性の箍
しばらくすると流石の生命力か、ブルーは目を覚ました。
すっかり戦意を失った戦士たちはもちろん、ディノも俺を警戒しつつも攻撃してくるような事はなかった。
ブルーの蘇生に喜びと安堵を顔に見せたチキアータは、ようやく我にかえったのか、ハッとして涙で溢れていた目を拭った。
「ふ、ふん。自分で殺しておいて自分で蘇らせてちゃ世話ないね」
「約束は……守ってもらいますよ」
「約束? はて、何の事だったかね?」
チキアータの言葉にディノさえもぴくりと反応したが、次の言葉で俺はチキアータという人間を知った気がした。
「最近は物忘れが激しくてね。ダグラス家との契約さえ忘れちゃったよ」
どうやら借りは作りたくない人間のようだ。
だが、その言葉に周りの戦士たちも騒ぎ始める。
確かにそうだよね。自分たちを指揮するべき立場の人間が、雇い主であるダグラス家から離れるような発言をしたのだ。
ディノはすんと鼻息を漏らしたが、何も言わなかった。
「あんたたち。私の事はリューイのやつに好きに伝えな。ま、その後追手となるなら容赦はしないけどね」
チキアータは復調したブルーの首を撫でた後跨った。
「ディノ」
「何でぇ」
「ミャンの事は頼んだよ」
「ふん、あれでも俺のマスターよ。頼まれなくたって守ってやらぁ」
なるほど、チキアータはここで別れる……か。
こうしないとチキアータの中で俺への示しがつかないのか。
俺は踵を返しながらくすりと笑い、空間転移魔法陣へ歩き始めた。
すると、後ろから聞きなれない声が俺の耳に届いた。
「主に代わって礼を言います。ポーア」
高く、しかしこもった……まるで母親のような優しい声。
そうか、これがブルーの声。雌だったのか。
返事するのもどうかと思い、俺は気恥ずかしさからか、後ろを向いたまま手を軽く上げて小走りになった。
まぁチキアータは大丈夫そうだし、以降俺たちに絡んで来る事はないだろう。
あれだけの実力を持った魔法士を敵から離反させただけでも、今回の戦闘は有益なものになっただろう。
「お、あったあった。さすが賢者、狙い通りの場所に魔法陣があるな」
顎を撫で、自画自賛しながら空間魔法陣に乗ろうとしたところで、脳内に声が届く。
『一つ、助言をしてやろうじゃないか』
それは、先程俺に礼を言ったブルーの主の念話連絡。
『……何でしょうか?』
『クッグ村へ帰るなら早い方がいい。革新派の動きが慌ただしくなっているからねぇ。私はね? 《ブライトはこちらで狙え》と言われてここまで来たんだ。この意味、わかるね?』
『……っ! 助言、感謝します!』
『ふん、せいぜい頑張りな』
最後まで変わらない態度のまま念話連絡が切れる。
しかしこれは急いだ方がいい。
「ブライトはこちらで狙え」……ブライトは。では、誰をあちらで狙うのか。
知れた事だ。ポルコが留守だった先程まで、アダムス家はガイルたちの護衛団のみ。
昨晩クッグ村へ帰したお転婆姫はお留守番。狙うならフェリス嬢しかいない。
それに戦闘が落ち着いた今でも、ポチからの念話連絡がない。おそらく、クッグ村で何かがあったに違いない!
俺は空間転移魔法陣に乗り、自分の身体が消えるのを眺めながら思考を巡らせる。
「急ぎますよ、レオン様っ」
「あーぅ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アダムス家の自分の部屋に着いた時、正面の狼さんの声に耳を塞いだ。
「戻って来ましたぁあああああああああああああああああああああああ!!」
塞いだ手が無意味な程、甲高く、やかましい音量。
「マスター大変なんです! あ、おかえりなさい! フェリスさんがさらわれちゃったんです! 無事だと思ってましたがマスターはどうしてもマスターですからねぇ。あ、そんな場合じゃないんです! それでポルコさんが物凄く怒って、まるでモンスターみたいな怖い顔で家を飛び出して行っちゃったんですー! ところでお怪我はありませんか!? 大変です! マスターが頭悪そうな顔してます!? あ、いえ、いつも通りですね! よかった! 今チャッピーに乗ったブライトさんが空からも探してますが、連絡はありません! 凄いですよね、チャッピーが成長しましたよマスター! 私たちから離れても怖がってないんです! いやー、子供の成長が早いってのは嬉しいですが、悲しくもありますよね! あ、もう! それどころじゃないんですよマスター! 話の腰を折らないでいただけますか!? フェリスさんをさらったのは何とフルブライド家からただ一人付いて来たジエッタさんです! 長年勤めていただけにブライトさんはショックを……隠しきれてましたね! ホント、あの子は油断なりませんよ! ところで私、お腹が空きました! でもそんな場合じゃないのはわかってます! 私も皆さんと一緒にフェリスさんを探そうと思いましたが、ここでマスターを待ってから探した方が効率的だなって考えたんです! どうですっ? 凄いでしょう!? 褒めてくれてもいいんですよ! ふふん! そちらの首尾はどうでしたか!? あ、いえ、道中で聞くとしましょう! それとそれと、ジュンさんにはブライトさんから連絡するそうです! もう! 何呑気に突っ立ってるんですか! さっさと行きますよマスター! さっさとご飯を見つけてフェリスさんを食べましょう! あ、間違えました! フェリスさんを見つけてご飯を食べましょう、でした! もう、マスター!? 聞いてるんですか!? 今は大変な時なんですからちゃっちゃと終わらせますよ!」
「フェリス、さらわれた。我々、追う。ポチ、頑張った。終わったら、ご飯。行くぞ」
「そうです! ご飯ですっ!!」
両手を天に掲げて喜んだポチ。
俺は、つい先程食べたはずの鮨はどこにいったのだろうとか考えもせず、窓の外に飛び出し巨大化したポチの背に跨った。
それから俺たちは様々な人間に念話連絡をし、息も絶え絶えのガイルたち護衛団を見つけた。
ポルコ、ブライト少年、チャッピーとは連絡がつかなかった。もしかして戦闘中なのだろうか?
いや、ポチの話だとポルコに関しては頭に血が上ってモンスター化してるそうだから連絡がつかなくて当然か。
「……ぜっ、ぜっ、こひゅ! おう……戻ったかポーア!」
「ガイル状況は!」
「ポルコの旦那が痕跡を見つけた! レガリア方面へ真っ直ぐだ! 悪いが旦那を頼む! ブライトの坊ちゃんも一緒だ!」
「わかった!」
皆汗だくだ。
ポルコが相当な速度で追ったのだろう。
魔法士とはいえ、聖戦士に迫る実力を持ったポルコと並走するなんて、相当辛かったろうに。
俺たちはガイルの指差した方へ向かい、上空を飛ぶチャッピーの姿を捉えた。
「すっごい羽ばたいてるな」
「という事はポルコさんは……この先ですね!」
「頼んだぞ、ポチ!」
「アォオオオオオオンッ!!」
ポチの遠吠えでチャッピーに乗るブライト少年が気付いた。
ブライト少年は進行方向の先を指差し俺へ伝えた。
なるほど、あの二人じゃ追いつけないようだな。
ポルコ相手じゃ仕方ない。
俺たちはブライト少年とチャッピーの下を通り抜け、豆粒程のポルコの背を追った。
むぅ、やはりやたら圧のある背中だなぁ。
「見てくださいマスター! あの背中、怖いです!」
「魔力の中に怒気を感じるなんて相当な量が溢れてるぞアレ!」
「愛娘がさらわれればそうなって当然ですよ!」
「っ! ポルコ様の奥! ジエッタだ、見えるかっ!?」
「見えます! メイド長です! 肩にフェリスさんを乗っけたメイド長が走ってます!」
フルブライド家のメイド長、ジエッタ。
あの生意気なアルフレッド爺さんと共に、長くフルブライド家に仕えるメイドたちの長。
ジュンに信用される程の人物が何故こんな暴挙を? それとも洗脳されているのか? もしくは誰かと入れ替わっていたのか?
俺はジエッタの行動の意図を考えながら逃げるジエッタを見据える。
「ポルコさーん!」
ポルコの隣につけたポチが叫ぶ。
「カァアアアアアアアアアアアアッ!!」
奇声を発したポルコは正面に向かって叫ぶばかりだ。
「「………………」」
ポチはやや減速し、俺の方へ首を向けた。
「モ、モンスターかと思いました……!」
「あぁ怖かった。ありゃ……理性の箍が完全に外れた状態だな。あんまり刺激しない方が――――」
「あっ!」
「おい静かに――っ!?」
俺はポチの頭をぽかりとど突こうと思った時、魔力溢れる赤い瞳がこちらを睨んでいる事に気付いた。
「……やばいな」
「……あれは殺意の塊ですよ」
「カァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」」




