212 蘇生魔法?
「なんて馬鹿力なんだい、まったく……!」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……知らなかったんですか? 世界は……筋肉で出来てるんです…………!」
「戯言ばかり言うねぇ。ほーんと、厄介な相手だと思うわ」
敵からの褒め言葉……だよな? 皮肉とはいえ評価してくれるのは嬉しいものだ。
それにしても、これが聖戦士の力の一部か。称号に宿る力ってのは本当に恐ろしい。
だが、俺がこれ程強くなっても、あのコバルトドラゴンが戦闘に参加したら苦戦は必至。
ディノが体勢を整えるまでに後ろ手に空間転移魔法陣を宙図する。
「任せたよブルー。お前たち、下がってなっ」
ブルー。それがあのコバルトドラゴンの名前か。
チキアータの指示に無言で頷いたが、ディノとは違って寡黙な性格なのだろうか?
……よし、宙図は上手く出来た。あとはこれをコントロールして後方へ飛ばす。
「…………」
いや、ブルーの睨みがきいてる。
リモートコントロールよりこっちか。
「ほい、地走魔送!」
魔術にびくりと反応したチキアータに、俺は静かに笑みを見せた。
「……何の真似だい?」
「罠です」
「つくづくムカつく男だね」
「つくづく潰し甲斐のある餓鬼だ……!」
おっと、ディノもしっかり参戦するようだな。
カイゼルディーノとコバルトドラゴンが正面で睨みをきかせ、殺意を向けている。
何て怖い世界なんだろう。早く平和にならないかな、世界。
「何笑ってんだい!」
「違います! 期待を露わにしているんです!」
……あれ? どこかでやった事あるようなやり取りだな?
む、ディノとブルーの口が開いた。おそらく極ブレスがくるだろう。
なら都合がいい。衝撃を利用して後方の空間転移魔法陣へ……――
「ガァアアアアアアッ!!」
――今だ!
後方に跳んだ俺は、爆風で丘陵を越え、身体を捻りながら着地態勢をとった。
……あれ? 今の極ブレス、ディノからしか出ていなかったような?
俺は、着地しようとする瞬間、空高く浮かぶブルーの存在を目で捉えた。
くそっ、あいつチキアータに似て冷静だな!?
タイミングをずらして、俺の着地の瞬間を狙っていたのかっ!
ブルーが大きく口を開き、確実にディノより強力であろう極ブレスを吐き出した時、俺は着地した。
俺は、迫る脅威に為す術もなく、正面に手を突き出す事しか出来なかった。
くそ、何やってるんだ俺は!
こんなの素手で受け止められる訳ないだろうに……!
だがそれしか出来なかった。咄嗟に手に込められた魔力は僅かなもの。
極ブレスの着弾と同時に頭に過ぎったのは、走馬灯のようで走馬灯ではない――過去の記憶。
――あれはそう。この時代へ来てジョルノたちとブルネアを目指していた時だ。
ジョルノは俺に特殊技の《ブレイブレイド》を見せ、そしてモンスターたちを一掃した。
細部にわたる魔力操作に驚き、畏怖した。
あの時の俺には無理な芸当と諦めていたが、今の俺ならば?
極ブレス。モンスターや獣が魔力の塊を口から吐く強力な特殊技だ。
ポチもそうだが、体内、もしくは思考の一部が魔法陣を形成し、口を開ける事がきっかけとなり、特殊技となる。戦士が使う剣技なんかも概ねこの原理で発動している事は長年の研究でわかった。
つまり――――
「殺った!」
嬉々として叫ぶチキアータの声が耳に届いた時、俺は手に覆われた魔力を正面に迫る極ブレスの魔力量と同等にするように配分した。
身体に衝撃が伝う頃、筋力に魔力を行き渡らせ、堪えず逆らわず魔力の渦の動きに身を任せた。すると、長年の知識と経験が、俺にブルーの魔力感覚をもたらした。
何故わかったのかはわからない。しかし、ジョルノの特殊技を見ていなかったら出来なかったし、地道なくだらない研究をしてこなかったら出来なかった。この時代で培った経験とトゥースの修行。そして何より。孤立無援というこの窮地、この死地に立った俺は、ブルーの極ブレスがまるで自分が放った魔法のように、そう、正に手に取るように理解出来たのだ。
…………――なるほど。
ブルー……お前はこうやってブレスを吐くのか。
「――っ! ほほい! お返しだぁああああああああああああっ!!」
「「何っ!?」」
俺は、受け止めた極ブレスを、特殊技に介入する魔力操作により、受け流しながら更なる魔力を込めた。
より巨大で強大になった極ブレスを前に顔を引きつらせるチキアータとディノ。
やつらにとっては咄嗟の出来事故、対応が出来なかったのだろう。
唯一行動として起こしたのは防御姿勢。
そして唯一別の行動を起こしたのはただの一頭――――ブルーだけだった。
近くにいたディノを尾で掴んで後方へ投げ、そのまま長い身体をチキアータに向け、倒れ込むように身体を動かした。
「くっ! ブルー、てめぇ!?」
そして、出会った時のように、チキアータを守るためにとぐろを巻いた。
「ダメ……ダメよブルー!」
巨大な衝撃が大地揺らし……ブルーを襲う。
撒き上がった砂塵が雨のように降っている。
耳に残る嫌な音。煙の中で横たわるのはコバルトドラゴン……そう、ブルーの影。
「ブルー! ブルーっ!」
チキアータの震える声が嫌な音を上書きし、
「おい! この野郎! 返事しやがれっ!」
ディノの怒りと憤りを混ぜたような声が、俺の心に嫌なしこりを生んだ。
「…………はぁ」
チキアータの震える声が泣き声に変わり、ディノの怒りが俺へ向いた時、俺は頭を掻きむしりながらやつらに近づいていた。
この時、何故後ろの空間転移魔法でクッグ村に帰らなかったのだろうとも思ったが、自然と足が、頭より先に足が――動いてしまったんだ。
「……おう餓鬼…………覚悟は出来てんだろうな?」
「うるさい」
「ぁあっ!? てめぇのせいでブルーのやつぁ死んじまったんだぞ! ミャンにゃ悪いがな、刺し違えてもぶっ殺してやらぁっ!」
「まだ死んでないっ!」
ディノの血走る目と怒気を抑え込むように強い口調を放つ俺に、チキアータは瞳を潤ませながら俺を見た。
その目には期待と希望、そして俺への嫌悪が込められていた。
「もう……もうブルーの心臓は動いちゃいないんだよ…………! あんたに何が出来るってんだい!」
絞り出す声で俺に訴えかけるチキアータ。
俺は杖先をチキアータに向け、心を静めて言った。
「取引です」
「……ぁ?」
チキアータの返事はなく、ディノが間の抜けた声を出す。
「このコバルトドラゴン。ブルーを助けたら、ダグラス家は…………いえ、チキアータさんだけでも構いません。以降、穏健派に手を出さないと約束してください」
「てめぇ、だからブルーはもう――」
「――時間がありません。約束できますか?」
ディノの言葉を切り、俯くチキアータに再度尋ねた。
「…………あんたにそれが……出来るなら」
チキアータの縋るような言葉を聞いた瞬間、俺はブルーの身体の致命傷部分を探した。
……胴に四ヶ所。顔に一ヶ所。尾に一ヶ所。計六ヶ所か。
「ほいのほいのほいハイキュアー・アジャスト・カウント6&リモートコントロール」
本来個体に対して使うハイキュアー・アジャストだが、傷単位で使う場合、治りが特に早い。
「……大魔法を六発同時に出すとか、化物かよ。だが、死んだ身体に回復魔法は――」
「うるさいぞディノ!」
声を荒げてディノを威圧し、俺はブルーの心臓部、胴体の七割目程の場所へ腰を下ろした。
「ちっ! 出来なかったら俺がてめぇを切り裂いてやるっ」
ディノの言う通り、ブルーの心臓が止まってる今、回復魔法は受け付けない。
回復魔法は生きている者に適用される。死んだ者に、適用されないのは魔法士……いや、戦闘を身に置く者ならば知っている。
だから俺は考えた。回復魔法の原理を逆手に取ればいいんだ、と。
魔法大学時代にビリーに回復魔法を教わった時に聞いたが、回復魔法が働く定義は「心臓が動いている者」という事になっている。
俺ですら知らない内容だった。
今でこそ思えば、ビリーはあの時からそんな定義を定義づけられる程、危ない実験をしていたのだろう。
いや、今はそんな場合じゃない。つまり、人為的に、他者の手を使って心臓を動かしてしまえばいいんだ。
勿論そんな事が出来る人間はいない。
外部からの衝撃で心臓を動かしても、回復魔法を騙す事は出来ないからだ。
だが、今しがた得た魔力操作技術があれば……――疑似的に心臓を動かす事が出来る!
そう、これは……近代の知恵と、古代の技術の応用。
俺はリモートコントロールで動きを止めていた回復魔法、ハイキュアー・アジャストを発動させた。
緻密な魔力供給により、心臓を強制的に動かす。その者の魔力操作をこの肌で体感した俺ならば、ブルーの呼吸がわかる。
一、二、一、二……そう、この呼吸だ。
正にその瞬間、六つのハイキュアー・アジャストの魔法陣がりんと鳴り、起動を知らせた。
「嘘だろ…………」
それにより、ブルーの致命傷は一瞬で塞がった。
「次は……ほい! 聖生結界!」
以前ポチにも使った内部治療用の魔術。
衝撃による内部治療は少々時間がかかるが、竜族の生命力なら――――っ!
その時、俺が送り続けていた魔力供給が、一瞬押し返された。
祈るように蹲ってブルーの身体に抱き着いていたチキアータの頭がぴくりと動く。
「今…………ブルーが動いた」
「よし……!」
俺は拳を静かに強く握り、敵であるブルーの蘇生を喜んだ。




