210 トウエッドの技術
あれから床についた俺は、チャッピーの隣に腰掛けるように眠った。
翌朝起きると、ポチはいつもの明るさに戻っていたが、何故か不機嫌を俺にアピールしてきた。
「え…………何だ?」
何て目をしてるんだ、お前は。
「…………ふんっ!」
何故だろう。
会話すら成り立たないようなポチの機嫌を肌で感じ、俺はブライト少年に目配せをした。
するとブライト少年は、俺にそっと耳打ちをしてきた。
「あの、おそらくシロさんは、師匠が昨夜シロさんの枕を使わなかったから不機嫌なのでは……ないでしょうか?」
あー、ポチの腹枕か。
そう考えてみれば、いつぞや腹に頭を置かなかった時の反応と同じだ。
今日はポルコも動きそうだし、忙しくなりそうだから、早めに機嫌を直してもらいたいものだが、さて、どうしようか?
「シロ」
「なんでしょうかっ!」
怒ってる怒ってる。だが、話は聞いてもらえるみたいだ。
何だかんだでチャッピーの隣で寝た事の意味は気付いてるようだ。
「そんな怒るなって? な?」
「怒ってませんよ!」
「どう見ても怒ってるじゃないか?」
「違います! 不満を! 露わにしているんですっ!」
……怒ってるって事だよな?
ブライト少年へ再びの目配せ。するとブライト少年は、肩を少し上げてお手上げだとを示した。
「父上、ここは私が」
チャッピーは俺に耳打ちし、名乗りをあげた。
「頼むわ。レオールのオムツも交換しなくちゃいけないしな」
「かしこまりました。しかしオムツ交換は是非外でお願いします」
何故廊下で次期聖王の下半身を晒さなくちゃいけないのかわからないが、チャッピーは本当に強い臭いに弱いようで、俺は仕方なく廊下に出て角隅でレオンのオムツを換え始めた。
「うぅ~」
「相変わらず大人しいなお前は」
「あーぁ、うーぅ?」
「はははは、いやいや、ご謙遜ですよ。……って、何を話してるんだ俺は?」
「あじゅりぃ?」
「ったく、お願いですからポーアと呼んでくださいよ。ぽぉあ。わかります?」
「ぽぉ――――」
「そうそう。その調子です」
「ぽぉちぃ?」
…………ポチのヤツ、俺たちの秘密を全てレオンに話してるんじゃなかろうか?
俺はレオンとの会話を諦め、「ポーアポーア」と連呼しながら部屋へ戻ろうとした。
扉を開けた瞬間――
「マスター!」
「ほえ?」
「伝統料理を食べに行きたいです!」
なるほど、チャッピーが「美味しいものでも食べて――」とか言ったんだろう。
その美味しい料理を食うと、きっと俺の財布が不味くなるのは知らないだろうに。
確かに機嫌が直らなかったらこの手でいくつもりだったし、別にいいか。
「何だ? 伝統料理って?」
「ブライトさんの話だと、何でもトウエッドには生魚を食べる文化があるそうですよ!」
「生魚ぁ? 火を通さないのか? それって危ないんじゃないか?」
「まったく! 何にも知らないんですね、マスターは!」
お前も今しがたブライト少年に聞いたんだろうがっ。
まぁそれを突っ込んだらチャッピーとブライト少年のありがたいサポートが無意味になってしまう。
「獲ったばかりの新鮮な魚の脂身はお肉よりも甘く美味しいんです! そうに違いありません!」
ふむ、肉好きのポチが魚に惹かれたポイントはそこか。
尻尾とかぶんぶん振り回してるし、これを断ったら世界が滅亡しそうな顔になるだろうな。
「わかった。とりあえずポルコ様に連絡するから、時間を見つけてその生魚ってやつを食べに行くか」
「まだですか!?」
「まだだよ!」
ったく、どうしてご飯の事になるとあそこまで元気になれるんだか……。
チャッピーも涎垂らしまくってるし、困ったもんだ。
そんな事を考えながら、俺は念話連絡の魔術を発動した。
『おはようございます、ポルコ様』
『やぁ、おはよう。ポーア君』
『本日はどうされるので?』
『昨日再び巫女殿に会ってね。今回トウエッドでやる事は全て終えたと言えよう。君の方はどうだね?』
再び巫女と?
という事は、あの日いたブライト少年にも聞かせられない話を聞きに行ったって事か。
一体何の話だろうか?
『ダグラス家の件もありますし、長居はしたくないですね。おそらく奴らは洞窟の入口を張っているでしょう』
『ふふふふふ、洞窟を通らず帰るというのにね?』
『空間転移魔法で帰れますが、ここでは使えないので宿を引き払った後、どこかで合流したいと考えてます』
『客が消えたとあっては騒ぎになるからね。わかった。二時間後、エッドの門を出たところで落ち合おう』
『わかりました。では――』
『――あぁ待ちたまえ』
まだ話したい事が?
『何でしょう?』
『ブライト君から聞いたよ。限界突破の魔術とその媒体が欲しいみたいだね?』
『……その通りです』
『もっと早く相談してくれれば、今回のような取引は必要なかったのだがね?』
『あれ? そうだったんですか?』
『自宅に置く事が出来る権力くらいは持っているんだ。ポーア君に譲るくらい訳ないと思わないかね? 君は私の友人だと思っているのだから』
『……初耳ですね』
『はははは、まぁこういった関係は口に出すものでもない。せっかく穏健派のフルブライド家の長男に空間転移魔法を教えてもらえるんだ。有難く、そして有効的に使わせてもらうとしよう。ポーア君とはこれからも友好的な関係でありたいものだ』
念話で親父ギャグをまぶす人間は初めてかもしれない。
ポルコとの念話連絡を終えると、俺はほっと息を吐きながら腰を上げる。
「終わりましたかっ!?」
足下をくるくる回るポチが目を輝かせながら聞いてきた。
「一時間半くらい時間が出来たぞ。それからポルコ様と合流してクッグ村に帰る事になった」
「では行きましょう! どうやら生魚が載った料理は鮨というそうです! さぁ行きましょうマスター! 鮨が私たちを待ってます!」
そんな壮大に言われてもなぁ。
だが、早くはないとはいえ、まだ朝だぞ?
もう店はやっているのかね?
その後、宿を引き払った俺たちは、主人にオススメの鮨の店を教わった。
その中で俺たちはエッドの入口に近い「魚月」という店へ行く事にした。
「……へぇ、朝からやってるし……それに、立ち食いなのか」
「むきぃー! カウンターに前脚が届きません!」
ポチがぱたぱたと頑張ってるのを横目で見ながら、その隣のブライト少年の気まずそうな顔に首を傾げた。
どうやら周りを気にしているようだ。
あー、いいところのお坊ちゃんだし、立ち食いだしな……。それに周りで鮨を食べる人間を見ても実に庶民的な店だという事がわかる。
流石にまずかったか?
「他の場所にします?」
そう耳打ちすると、ブライト少年は首を振った。
「いいえ大丈夫です。これも勉強のためです。それに、僕が言い始めた事ですから」
ふむ。知識として鮨の事は知っていても、こういった店だとは知らなかったのか。
確かにポチに鮨の事教えたのはブライト少年だしな。
これも社会勉強……か。
「ご主人! お鮨ください!」
いつの間にか俺の肩まで登っていたポチは、快活にそう言った。
胸元がやたらはだけてる主人も、ポチの声に反応するように大きな声で「あいよっ」と叫ぶ。
「何がいいんでぃ?」
「美味しいやつです!」
「お任せ……で、いいのかな旦那っ?」
「あぁはい。それを四人前お願いします」
すると魚月の主人は流れるような手さばきで鮨を握り始めた。
……凄いな。これは宙図の動きに通じるものがあるな。おそらくこの主人も何年も修行したに違いない。
一口サイズの米と、一口サイズの魚の切り身を融合させるだけと思えるような手軽さを感じるが、その実、高度な技術を必要としている。
うーむ…………奇抜だが複雑な建物をいくつも見て思っていたが、トウエッドの技術、侮れないな。
瞬く間に台に載せられた鮨は、ポチの瞳を輝かせた。
「ほ、宝石みたいですー! 食べるのが勿体ないですー! 美味しいですー!」
勿体無さを感じない速度で口に運んだぞ?
チャッピーはテンポのいい鹿威しのようにカコンカコンと首を上下させて食べている。
「甘くて歯ごたえがあって、ほっぺたが落っこちゃいますよ、マスター!」
そんな感想に、口の中の唾液を胃に流した俺は、ブライト少年と同時に鮨を口に運んだ。
「…………うまっ」
「本当ですね。新鮮だからか臭みもないしみずみずしいです。こんなに美味しいものが大衆の場で食せるって凄いですね、師匠?」
「そうですね。まだこっちの文化はレガリアの方へあまり流れてないみたいだし、技術を含めて輸入出来たら面白いかもしれませんね」
その時、隣から叫び声があがった。
「い、いやぁあああああああああああああっ!? な、何ですかそれは!?」
「こいつぁタコっていうんだ。まぁそっちの人はよくデビルフィッシュとか言ってるな? はははは」
た、確かに気色悪い生き物だ。
無数の足に表面のぬめりとてかり。うようよ動く身体はモンスターを彷彿させる。
何よりあの顔と頭。モンスターを食す事はなくはないが、このタコは……正にデビルフィッシュだ。
主人はポチのような反応を見慣れているのか、陽気に笑いながらタコを捌き始めた。
今まで鮨を美味しそうに食べていたブライト少年は顔をヒクつかせている。
捌いた後も動いている。まるで蛇みたいに強靭な神経だな。
ポチは俺の肩で甲高い悲鳴をあげながら身体を揺すってくる。
「へいお待ち」
「いやぁああああっ! た、食べたくないです!」
流石のポチもこの鮨には抵抗があるようだ。
まぁそんな時は隙を衝いて口に放り込んでしまえばいいのだ。
なんたってポチは使い魔。俺の毒見役でもあるのだ。まぁ、いつもポチは自分でそう言って我先に食べるんだけどな。
俺はタコの鮨を握りポチの口の中に放り込んだ。
「食べたくないです! 食べたく――――んぐっ!? おかわりですー!」
ポチの神経はタコより図太いのではないだろうか?
今晩19時よりニコ生に壱弐参が出演します。
なんか生アフレコ……ラジオドラマみたいなのに出ます。
作家仲間で、「ドラゴンさんは友達が欲しい」の作者、道草家守先生の新作「神薙少女は普通でいたい」が今月15日に発売され、その作中キャラクター【田の神】役を演じます。
お時間ある方は是非!
※活動報告にリンクを載せておきます。




