209 舞
あれから旅籠屋に戻り、フェリス嬢は空間転移魔法陣からクッグ村へと戻って行った。
ほっと一息吐くブライト少年を横目に、俺は項垂れるポチの横顔を見ていた。
「あー、あー、今日は色々歩き回ったしなぁ……もう足が棒だよ、はははは」
咄嗟に出てしまった俺の言葉を、ポチは静かに受け取った。
「私も……脚の裏が肉球ですー」
知ってる知ってる。
元気がないせいかギャグのキレはよくても笑えない。笑いたくても笑えない。
「父上、少しお話したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ん? どうした?」
俺は問題を抱えるもう一人のチャッピーの言葉に耳を傾けた。
しかしチャッピーは首を横に振ったのだ。
「ここではちょっと……」
これにはポチもブライト少年も目を丸くしたのだ。
ブライト少年に黙って……というのであれば、過去何度かあるが、母親のポチにまで内緒の話となると、ちょっとした変化だ。
俺はポチに「ブライトを頼む」と目配せした後、チャッピーを外へ連れ出した。
といっても旅籠屋の裏庭だったりする。
俺は客用のものなのか、見つけたベンチの上に腰を下ろすと、チャッピーはその上に足を曲げて座り込んだ。
「おい、重いんだけど?」
「まぁまぁ父上。たまの親子水入らずではありませんか」
「そうは言っても正面が全部真っ黒だよ。いいから隣座れ隣っ」
「むぅ、仕方ありませんね」
俺はベンチの上をポンと叩き、チャッピーは仕方なくという感じで隣へ移った。
周りから見ると、とてもシュールな光景だろう。
背の高い紫死鳥がベンチに座っているのだから。
「それで、どうしたんだ?」
俺の問いに、チャッピーはしばらく口を開かないでいた。
チャッピーもチャッピーで思うところがあるんだろうな。
紫死鳥として生まれて約一年。父である俺と、母であるポチは未来の存在で、用が済んだら未来へ帰ると言われてしまったのだ。ポチとよく話し合った末の結論としてチャッピーに話したが、やはりこの短期間で消化する事はなかなか出来ないだろう。
そして今回の紫死鳥の件。厄介過ぎる問題だ。
種族の問題で、この世に紫死鳥が一頭だけしか存在を許されないとしたら、未来にいたあの紫死鳥…………つまりあの時代にチャッピーがいない事になる。
いや、もしかしたら俺たちが出会ってないだけであって、どこかで生きているのかもしれないが、俺たちが過去に行くまでのあの日まで、チャッピーは俺たちの前に姿を現していない。
己の存在自体が危うくなると踏んで姿を現さなかっただけなのか、それともチャッピーのこの時代で……?
それに、現代で会った紫死鳥は俺との別れ際に何て言った?
確か…………あの時俺は紫死鳥に名前を聞かれて名乗ったんだ。それから「…………なるほどな。では、一つ貸しだアズリー。いずれ返済に来い」だったか?
あの時紫死鳥は俺たちの存在に気付いていた? もしかしてあの段階で気付いたのか?
五千年以上前に出会った魔法士だと?
だけど……だけどあの時紫死鳥はポチが間の抜けた欠伸をした時に俺たちへの殺意を消した。
つまり、俺よりポチの方が印象深かった?
だが今回…………紫死鳥の前に姿を見せたのは、俺、フェリス嬢、チャッピーのみ。
ポチはずっと藪陰に隠れていたはずだ。
という事は…………やはりこの後、ポチと紫死鳥が互いを見据える時が来るという事。
未来でチャッピーと出会わなかった。だからこそポチは俺に「貸し」を……――――。
「父上」
長い静寂を破ったチャッピーは、自分なりによく考え、よく言葉を選ぶように話し始めた。
「父上たちがこの時代の人間ではない事。未だに私の小さな頭では理解しきれていません」
「……あぁ」
「声を出せずにいた。父上たちに聞く事が出来なかった。私がこの先どうすればよいのか」
短い言葉の中に、チャッピーの気持ちが見えた気がする。
「父上たちが元の時代に戻る時、私は……?」
「…………あぁ、連れて行く事は出来ない」
前にも言った言葉だが、チャッピーは改めて自分に言い聞かせるように聞いてきたように思える。
「私は……その先どうすればよいのでしょう?」
単純な質問だったが、その質問は、俺の喉をきゅっと締め付けた。
だが、言わなければならないだろう。親として、悠久の時をほぼ一人で生きて来た者として。
チャッピーは、それを知ってか知らずか……いや、おそらくそれをわかってポチではなく俺を選び、そして聞いてきたのだ。
なら答えるしかない。当たり障りがなくも、厳しく長い悠久の暇潰しを。
「そうだなぁ。まずは世界を飛び回ってみるとか?」
「世界を?」
「あぁ。チャッピーは俺にはない雄大な羽を持ってる。それを活かさない手はないだろう?」
チャッピーの羽を撫でながら俺は言った。
「なるほど」
チャッピーが目を伏せて頷くと、心なしか少し笑ったように見えた。
「それからそうだな。色んな食べ物を食べる」
「それは大事です」
即答というより、文字通り食い気味に言って来た。
さすがポチの子供だ。
「はははは、色んなところを見て周り――」
「ふむふむ」
「飽きたらフルブライド家やアダムス家に遊びに行けばいい」
「ブライトとフェリスの家を、ですか?」
キョトンとしたチャッピーは、首を傾げて聞いた。
「あぁ。ここだけの話な? あの二つの家は、俺たちがいた時代まで栄えてるんだよ」
「ほお? それ程ですか」
フルブライド家は最近没落したとか聞いたが、その家の人間は生きてるしな、間違いは言ってないだろう。
「内緒だぞ?」
「はい」
二人だけの秘密……そんな親子の言葉に、チャッピーは嬉しそうに返答した。
「だからチャッピーは、あの二人の家を守ってやるといい」
「中々面白そうです」
「勿論、守ってやらなくてもいい」
「……? それはどういう事ですか?」
俺の急な方向転換に、チャッピーは目を丸くした。
「つまり、今のは、全部俺が言った事だろう?」
「はい」
これまでの説明を思い返すように肯定するチャッピー。
「それを、チャッピー自身が決めてもいいって事だ」
「私自身が……ですか?」
「そっ。自分から進んでやる事で、色んな事が勉強出来るぞ?」
「そういう意味でしたか」
言葉の意味を理解したようで、チャッピーは再び目を伏せた。
「しかし指針というものも必要だ」
「指針?」
「チャッピーがこれからする事の大前提。根本にあるような気持ち、方針、目標みたいなものだ」
「目標……」
一言そう呟くと、チャッピーは首を捻って考え始めてしまった。
しばらくその様子を見ていると、チャッピーは何かを思いついたように俺に聞いてきた。
「因みに父上の指針というのは?」
「簡単さ。弱い者いじめはしない。悪人とモンスターを除いてだけどな」
「おぉ……!」
チャッピーは俺の指針を聞くと、すっと立ち上がった。
ベンチの前まで歩き、月夜の中、大きく羽を広げると、深紫の羽根が舞い、一瞬俺の視界を幻想的なものへと変えた。
「父上! 私は決めました! 私は弱い者いじめをしません! そして世界を見るのです! あぁ! あぁ楽しみです! 私の生きる目標! 指針が決まりました!」
歓喜するように声を昂らせるチャッピーに、無邪気で雄大な天獣を見た。
いつの間にかポカンと開いていた口に気付かぬまま、俺はしばらく喜びの舞いを見せるチャッピーに見とれていた。
「…………父上?」
チャッピーが落ち着き、俺の顔を覗き込んだ時、短くも美しい舞台を見ていたような感覚から目を覚ました俺は、チャッピーの頭から首を何度も撫で、小さく「そうだな」と呟いた。
本当にたまに、で申し訳ありませんが、別作の「魔法世界の超能力者」も更新しました。最初に書いた小説ですが、是非読んでやってくださいm(__)m




