178 最強の生徒
ブライト少年の発言に、ジュンの顔が固まった。凍り付いたと言ってもいい。
ポチは無言で、頭から降りて来たチャッピーに「いないいないばあ」を繰り返している。
昨晩レパートリーを増やすとか頑張っていたからな。チャッピーの様子だと、どうやらその成果は出ているようだ。実に喜んでいる。
チャッピーの機嫌が最高潮に達したと判断したのか、そうでないのかはわからないが、ポチは白目をむきながら俺に――いや、それは怖いだろお前。
「私はいいと思いますけどね」
実は俺もそう思っていたところだ。うん、やっぱり怖いぞお前。
しかし、ジュンがそれを許すかと言ったら――――
「ダメだブライト! 私が許さないぞっ」
まぁそうなりますよね。
だが、これは良いチャンスだと思う。出来ればやらせてあげたいな。
いつの間にか腰元に戻していた剣の柄に、再び手を置こうとする瞬間、俺はジュンを止めた。
「ジュン様、魔法指導のいい機会だと思います。少しだけやらせてみてはいかがですか?」
「なっ、正気かポーア殿!」
「私もシロもジュン様もいますからね。何かあれば助けられますよ」
そうは言ったが、ジュンの口はへの字になったままだ。
そして、このまま炎龍が待ってくれるという訳じゃない。
再び下降し始めた炎龍が口を開け、ジュンが剣に手を伸ばした時、俺たちの後方から癖のある掛け声が聞こえた。
「ほいのほい!」
ふむ、どこかで聞いた事のある声だ。
「フリーズファイア!」
振り返った俺の瞳を橙に染めて通り過ぎた竜族特化の火魔法は、ジュンが行動を起こすよりも早く放たれた。
小さな右手から放たれたそれは、炎龍の下降速度を鈍らせる。
「お見事」
「ありがとうございます!」
元気いっぱいの声で返したブライト少年の声は、しっかりと腹から出ていた。
いつもより厚く、いつもより太い声。声から子供だとわかりはするが、その声はもう一端の冒険者の声だった。
そういえば、さっき「僕にやらせてはもらえませんかっ!」と言った時、姉のジュンではなく俺の方を向いていた。そしてその前には「先生」とちゃんと付けていた。
なるほど、そういう事か。
ブライト少年は、初めからジュンに許可を求めていなかったんだ。
許可を求めた相手、つまり俺が了承すれば、それはブライト少年にとって勝負開始の合図となる。
「私はいいと思いますけどね」と俺が言った瞬間、ブライト少年は宙図を始めていたんだ。
炎龍の黄金の瞳がブライト少年に向く。
弟の事になると判断が鈍るのだろうな。ジュンはまだ何が起きたのかわかっていない。
おそらくジュンの目には、「いつもは従順な弟が姉に逆らった」と見えているのだ。
当然、ブライト少年はそのつもりはないだろうけど。
ふむ、なるほど…………黒帝にどんどん近づいているな。
「ふっ!」
剛力、剛体、疾風、軽身の発動と共に、場から離れるブライト少年。
「ま、待てブライトッ!」
俺は、動き始めたジュンの手を掴んだ。
「放してくれポーア殿! ブライトが!」
「ブライト様は勝算のない戦闘はしませんよ」
「しかし!」
ジュンは物凄い力で俺の手を振り払おうとした。
しかし、今の俺には制御しきれない訳ではない。
……いや、そうじゃない。
ジュンもジュンで気付いていないのだろう。自分自身、本気で振りほどこうとしていない事に。
だが、放してしまえばジュンは助けに行ってしまう。
どっちつかずの感情が、ほんの少しの鎖を欲している。そういう事だ。
左手でジュンの肩をささえてやると、思いの外簡単にジュンは動きを止めた。
目と鼻でくすりと笑った俺は、同じ感情を抱いているであろうポチを見た。
「マスターの間抜けな寝顔の真似!」
「ぴぴよっ!」
違った。
全然違った。
凄い鼻の穴大きくしてた。
チャッピーも気に入ってらっしゃった。
レオンもこの状況でよく寝てられるなと思う。
おっと、そんな場合じゃないな。俺だけでもしっかりとブライト少年を見守らなくては。
ブライト少年の前で羽ばたきながら速度を緩めて着地した炎龍。
対するブライト少年はとても落ち着いている様子。幼い顔つきなのに、やはりどうしてもウォレンを思い出す。
ウォレンの戦闘を見た事は多くないが、一番印象に残ったのは雷光ジャンヌとの親善試合だろうな。
あの時はジャンヌが可哀想だった。全てが全てウォレンの掌の上で行われていたからな。
先程俺たちの目を出し抜いたのは本当にビックリしたものだ。
………………待てよ? ブライト少年が放ったのは本当にフリーズファイアだけか?
上級系魔法の指導に入っているブライト少年が、今更中級系魔法を放ったのには訳があるんじゃないか?
今だってそうだ。まるで微調整をするようにジリジリと横に動き、炎龍の向きや位置を操っているように見える。
その時だった。
ブライト少年の口が小さく動く。
何を言ったのかは聞こえなかった。
だが、視覚が俺に与えた情報は、正に黒帝と言うのに相応しいものだった。
《ぼ・く・の・た・め・の・ふ・み・だ・い・に・な・っ・て・く・れ》
何あの子、めっちゃ怖い。
その後の事は一瞬の出来事だった。
「ほい、フウァールウィンド!」
左手による宙図で巻き起こったつむじ風が炎龍の下に向かう。
当然炎龍はそんなものものともしない。まるでブライト少年を嘲笑するように見下している。
「ほいのほい、アースブラスト!」
右手が左手に追いつくように、宙図を終える。
炎龍の両サイドから放たれた上級系土魔法はつむじ風に巻き込まれた。
これも炎龍には何の効果もない。いや! つむじ風の威力が上がっているっ?
つむじ風を超える竜巻。それに土や岩が混じったもの。
この時炎龍が動き出そうとしてももう遅い。大きな力を持った炎龍でも、風の檻は既にその力を奪うように働いている。
だがどうするんだ? 動きを止めても決め手には…………って、あれ? これはもしかして?
「今だ! アースコントロール!」
地面から放たれた使い勝手のいい土魔法。
それが徐々に炎龍の足に侵食していく。
フウァールウィンドの効果時間が終わり、竜巻が消える頃、宙に浮いていた土や岩がアースコントロールに反応し始めた。
炎龍の身体に張り付く土や岩は少しずつ結合し、炎龍の身体を蝕み、重くしていく。
逃れるように翼を羽ばたかせた時にはもう遅い。
一定の高さより飛び上がる事が出来ないんだ。そして翼が疲れを訴えた時、勝負は決する。
元から重い身体に更に負荷を掛けられ、地面に落下する炎龍。
そしてその地面で待つのは――――
「ほいのほい、アースコントロール!」
今度は情報量の多いアースコントロール。俺の考えに間違いがなければ、おそらく強度を意識した公式になっているはずだ。
炎龍が地面に落下する直前に地面から生える巨大な岩の柱。
落下スピードと自重、魔法の発生を下から上に向ける事で、威力は数倍。
炎龍を絶命たらしめる岩の柱が、下腹部から喉元へ突き抜けた時、ブライト少年はまた呟いた。
《さ・よ・う・な・ら》
何て怖い子だ。
息もつかせぬ連続魔法が終わりを迎え、ブライト少年は出てもいない汗を拭うように手の甲を額に当てた。
こちらを向いた時はもういつもの笑顔。
ほっと息を吐いて安堵するジュンの肩から手を放し、再びポチへ振り返る。
「い・な・い・い・な・い~……ばぁ!」
また白目になっていて怖いが、俺はあの怖さで十分だと思った。
「どうでしたか、ポーア先生!?」
ブライト少年の黒目は怖すぎるから。
本日19時よりニコ生に出演いたします。
お時間のある方は是非観てやってください!
活動報告にリンク貼っておきます。




