◆179 十二士の間
遅くなりました。
いつかは書かなくちゃと思ってた十二士会です。
深夜の色食街。
満足気の男たちは既に帰路の中、一人流れに逆らう若い男が歩いていた。
未だ色鮮やかな提灯が辺りを照らしている。
若い男が規則正しいリズムで歩を進めていると、男たちはそれを避けるように道を作っている。
身体の大きい男でさえ、若い男に道を譲るのだ。
どの男たちも彼の後ろ姿を目で追い、奇異の視線を送っていた。
しかし、視界に捉えていたはずの若い男は、一瞬にして消えた。
音もなく、風すらも感じさせずに……。
人の喧噪も聞こえぬ深い井戸の闇の中、若い男の履く靴の音が、反響しながら走りさっていく。
眼鏡の中で揺れる火が収まりを見せ、靴音も余韻を残しながら消えていく。
若い男が懐からナイフを取り出し、壁面の小さな傷穴に差し込む。
岩同士が擦れる鈍い音を出す壁面が、横に開いていくのを見守りながら、若い男は中指で眼鏡を押し上げた。
大きな鉄の扉を静かに押し開く。
そう、ここは以前アズリーが訪れた解放軍のアジト。
扉を開いた先では、幾人もの戦士や魔法士が彼を出迎えたのだ。
「「お疲れ様です! ウォレン様!」」
黒帝ウォレン。現解放軍の筆頭幹部であり、元魔法大学学生自治会長。
軽く手を上げたウォレンは、アズリーと別れた頃よりも髪が伸びていた。背中まで伸びた長い髪をまとめるように後ろで束ねていた。
蝋燭が刺さった小さな燭台を部下に手渡すと、ウォレンはセイラがいるはずの部屋の扉を、目を細めながら見つめた。
(……魔力の気配がありませんね)
そう思ったウォレンは、燭台を渡した部下に尋ねた。
「セイラ様はどうされたのです?」
「はっ! 何でも急遽十二士会に呼ばれたと仰っていました」
簡潔に説明した部下の言葉を聞くと、ウォレンは思考を巡らせた。
(おかしいですね。この段階で十二士会とは……。そもそも私をこちらに呼んだのはセイラ様……これはもしや?)
この時ウォレンが感じたのは些細な疑問だった。
しかしそれを見過ごせる程、彼の立場は低くはなかった。
ウォレンはすぐにその場、足元に魔法陣を描き始める。他の魔法士が固唾を飲むほどの速度で描き上げられた魔法陣は、瞬時に完成し起動を知らせる発光が足元を照らした。
「ウォレン様、これはもしや……空間転移魔法陣でしょうか?」
「話している時間はありません。皆さん、すぐにこの魔法陣に乗ってください」
ウォレンが他を急かすのは珍しい事だった。
この事態に、部下たちはすぐにその魔法陣へ乗り、消えて行った。
「……あなたで最後ですか?」
「はい。では!」
最後の戦士が消えて行く。
しんと静まりかえった解放軍のアジト。
「……ハウス」
宙図によって開かれる闇の穴。
その中から現れる金色の体毛を持った一回り大きな兎。
ランクEモンスターのアルミラージである。
「お久しぶりです、《ラット》」
「呼び出すとは珍しい。何をする?」
「セイラ様の部屋の始末を」
セイラの部屋を少し見た後、ウォレンに頷いたアルミラージのラット。
「わかった」
「お願いします。いつもの場所で待っています。では――」
空間転移魔法によって消えて行ったウォレン。
それを見送ったラットは、静かに、しかし素早くセイラの部屋へ駆けて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
薄暗い一室。
大きな部屋で、至るところに装飾が凝らされている。
中央には円卓があり、そこには十二の席が設けられている。
ここは王都レガリアの王城にある十二士の間。座っている人間は二人。
「ねぇガストンさん。一体どうしちゃったのさ? どう見ても前に会った時より強くなってるよね? ねぇねぇどうして?」
末席に座るのは十二士が一人、天秤の異と称される六勇士バルン。
そして奥へ座っているのは六法士、焔の大魔法士ガストン。
「ふん、そういうお主こそ、より研ぎ澄まされたな」
ガストンは目を閉じたまま答える。
「あれ? やっぱりわかっちゃいます? いやー、嬉しいですねぇ」
「どこぞの使い魔にやられ、少しは己の分を知ったか」
「む、折角忘れかけてたのに~。ちょっと性格悪いですよー?」
頬を膨らませて、反論するバルン。
「忘れているならば今の実力はあるまい。少なくともあの敗戦と経験が、その向上心のきっかけとなった。そういう事だ」
「……ったく、やっぱり性格が悪い」
見透かしたように言ったガストンの言葉に、バルンは静かに言った。
その言葉にはこれまでの発言のような幼さはなかった。
(こちらの方が地という訳か。実力に合わぬ容姿故、苦労しているようだな。しかし本当に見違えた。ポチとの敗戦、いや、アズリーとの出会いがこやつを変えたのだろうな。見たところドラガンに迫る実力――む?)
ガストンが片眉を上げると同時に、十二士の間の大扉が開く。
「何、まだ二人だけ? 忙しいってのに何なのこの緊急招集はっ?」
やってきたのは、六法士、常成無敗のアイリーン。
誰に言う訳でもないが、悪態を吐きながらガストンの隣へと腰掛ける。
着席したアイリーンを見て、バルンが呟く。
「ホント、どうなってんだか。この人も強くなってる……」
「何見てるのよっ?」
「いや、驚いただけですよ」
「それはこっちのセリフよ!」
睨みながらつっかかるアイリーンに、バルンが委縮する。
(な、何でいつも怒ってるんだろ、アイリーンさん……いや、ここ最近か?)
機嫌の悪そうなアイリーンが大きく鼻息を吐くと、再び大扉が開いた。
「あら~? 六法士の重鎮が二人も? もう少し急げばよかったわ~。老い先短いんだから……ねぇジェイコブ?」
「そういうの僕にふらないでくれ。例え事実であったとしても失礼だよ、キャサリンさん」
六勇士の二人、博愛の華弁キャサリンと剣鬼ジェイコブ。
嫌味溢れる言葉をガストンとアイリーンに向ける二人を見て、バルンが溜め息を吐く。
どうやら日常的な行為のようだ。
バルンはキャサリンたちに反応しそうなアイリーンを見ると、意外な事に、彼女は静かに座っているだけだった。
そして最初に口を開いたのは、バルンの予想に反してガストンの方だった。
「この糞婆と儂、どちらが先に死ぬか勝負をしているところだ。お主も賭けぬか?」
「やめとくわ~。そのお金は葬儀代に使ってあげる」
「それはありがたいな」
ガストンは再び目を瞑る。
キャサリンとジェイコブが歩を進め、席に着く。
「あらバルン、いたの? 小さくてわからなかったわ~」
「呼ばれれば来ますよ」
「バルン、キャサリンさんが言ったのは『十二士にまだいたのか?』という意味さ」
「クビになれば去りますよ」
「それは殊勝だねぇ」
こちらも日常的。
バルンは淡々と受け答え、その後も沈黙を守った。
そしてガストンが目を開き、アイリーンが首を大扉に向けた時、その大扉はけたたましく開いた。
「また扉を壊したら困りますよチャーリー殿」
「がはははははっ! その時は私が直してやるわい!」
「十中八九適当な作りでしょうから、それも困りますね」
六勇士の二人、千剣万化のチャーリーと繊細な虎ドラガンである。
大きな十二士の間に反響する地声に、キャサリンが不快そうな顔を見せる。しかし、彼女が何かを言う事はない。
ガストンすらも一目置く男、チャーリーが相手では仕方ないのかもしれない。
「がははは! ドラガンの小言も板についてきたのう、ガストン殿!」
「そうですな、チャーリー殿」
「アイリーン殿も相変わらず美しいのう!」
「ありがとうございます。けれど、褒めても何も出ませんよ」
チャーリーはガストンの隣の大きな椅子に座ると、円卓に肘を突いて軋ませた。
「この円卓も、そろそろ替えないといけませんね」
チャーリーの着席を見守った後、ドラガンがそう呟きながら着席する。
そしてドラガンが気付く。目の端で瞳が追ったのはバルンの存在。
以前とは違った印象を他に与えたバルンに、チャーリーの口も緩む。
「ほぉ」
キャサリンとジェイコブは気付いていない。
しかし、性格故か、小さな変化に気付いたドラガンは、この急成長に、自分に迫るバルンの実力を前に冷たい汗を背中に感じた。
「これはこれは……楽しみだのう、ガストン殿?」
「もう少しすれば、安心して逝けそうですな」
「がはははははっ! アージェント殿同様、ガストン殿がそうなる姿は想像できんな!」
「それは光栄ですな」
大きく笑うチャーリーと静かに微笑むガストン。
そして、愛想笑いのように同調して微笑むアイリーンだが、目は笑っていなかった。
(前から思ってたけどこの爺もあの糞賢者と一緒ね。死ぬまで成長しそうだわ。差は縮まってるのだろうけど、まだ底が見えないわね)
また大扉が開く。
地を突く杖の音。無言で進む一人の黒衣の男。
金髪の中にやや白髪の混じった長髪。左目の左から鼻筋を通り右目横までの斬り傷。
両目を失った男は、慣れた足取りで杖を突きながら自分の席へと歩いて行く。
「お久しぶりです皆さん」
「おぉラッセル殿、息災そうで何よりじゃ」
六法士が一人、闇の光明と称されるラッセル。
チャーリーがそう声を掛けると、アイリーンが椅子を引き、ラッセルの着席を促す。
「ありがとうございます、アイリーン殿」
「いいから早く座りなさい」
口をほころばせ小さく返事をしたラッセルは、円卓に杖を立てかけて席に着いた。
キャサリンがコツコツと円卓を指で叩いている。チャーリーの手前、口にこそ出さないが、いつまでも全員揃わない十二士にイラついているのだ。
勿論、まだ集合時間を過ぎていない。キャサリンの気が短いだけである。
そしてまた大扉が開く。
「た、大変申し訳ありません! 遅くなりましたっ!」
若々しい女の声。
息を切らせた女魔法士は、胸を押さえて皆の前に現れた。
銀髪のショートヘアに、青いローブ。銀の瞳を片方閉じ、肩で息をしている。
歳は二十の半ば。遅れてこそいないが、自分より年配の人間より遅れた事に対して謝っているのだ。
キャサリンはここぞとばかりに、椅子の背もたれによりかかって悪態を見せる。
「ちょっと~、私たちより遅く来るってどういう事かしら? アミル~?」
六法士が一人、超技の銀精アミル。
アミルはキャサリンの言葉に焦り、再び頭を下げた。
「気にする程の事でもないじゃろ?」
頬を掻きながらチャーリーが言った。
「若者に大きな責務を課してるのは我々ですからな」
「時間は守ってるわ」
「何か問題でもあるのですかな、キャサリン殿?」
「キャサリンさんがギリギリに来るなら解決しますよ」
ガストン、アイリーン、ラッセルと続き、ちゃっかりバルンが呟く。
当然キャサリンはバルンを睨むが、既にバルンは目を背け、「アミルさーん、座りましょうよー」と、アミルの着席を促した。
「すみませんバルンさんっ。……ところで他の三人は?」
「一人は来たみたいだよ? ほらそこに」
アミルがバルンが指さす方を見る。そこはジェイコブとドラガンの席の間だった。
「ナターシャさん、いついらっしゃったんですっ?」
「あなたのすぐ後……」
「そーそー、アミルさんの後ろをすすすっと抜けて行ったよ」
「……ふーん」
六勇士が一人、罪の戦姫ナターシャが、微かに聞こえる声で言った。
長い白髪。目は大きく口は小さな色白の女。金と銀の装飾が多い白い軽鎧を纏っている。
ナターシャが目を一瞬細め、バルンを見る。彼女も彼の成長に気付いたようだ。
「驚きですっ」
両の拳を前に出し、豊かな胸を振るわせるアミル。
じとっとそれを見たナターシャが呟く。
「……喧嘩売ってるの?」
「……どうしてそうなりました?」
「その喧嘩、私も混ぜなさい」
「何故アイリーンさんまでっ!?」
苦笑するバルンとジェイコブ。
ナターシャとアイリーンが二人を睨みつけるまで時間はかからなかった。
しかしその瞬間、再び大扉が開いた。
「おや、今日は皆さん早いですね」
髭をたくわえた中年の男だった。
灰色のローブを着、杖を突いた大柄な男が言うと、バルンを睨んでいたアイリーンが思い出すように言った。
「あなたはいつも五分前ね、シュトッフェル」
六法士が一人、無の化面シュトッフェル。
アイリーンがそう言うと、男は作ったような笑顔で返した。
「アイリーン殿のおかげで時間の調整が更にしやすくなりましたからね。いや、お礼申し上げる」
微動だにしないシュトッフェルの笑顔に、気味の悪さを覚えるアイリーン。
(相変わらず感情の変化が見えない男ね)
アイリーンが小さく鼻息を吐くと、シュトッフェルは笑顔のまま自分の席へ向かう。
「シュトッフェルさーん、戻ってないわよ~、顔」
くすりと笑いながらキャサリンが言う。
「おや? これは失礼しました」
シュトッフェルは、額から顎下まで顔を撫でるように手の平を滑らせると、元の無表情に戻した。
「それにしても驚きましたな」
「何が~?」
「バルン殿の実力です。お気付きになりませんでしたかな? 既にジェイコブ殿やナターシャ殿を超えているのではありませんか? はっはっはっは、いや、実に愉快ですね。お気付きになられてない? 愉快ですなっ」
無表情。声の高低音だけが変わり、機械的な声でキャサリンを卑下する。
言葉を失ったキャサリンは、バルンをきつい視線で睨んだ。シュトッフェルの言葉に顔を赤くさせてすらいる。
当然、バルンは目を背けるが、キャサリンと、何よりジェイコブの視線には驚き以上に怒気さえ含まれていた。
「若年層は早くも世代交代ですかな! いや、愉快愉快!」
アミル以外の皆が黙っていた事実に、アイリーンが面倒臭そうな顔を見せる。
「自分より下に見た者を改める事をしない、雑魚にありがちな考え方。いや、雑魚を見るのは楽しいですな、ガストン殿?」
「シュトッフェル」
「何でしょうか?」
「対応が面倒だ、少し黙っとれ」
「これはこれは、失礼しました」
額をポンと叩き、ガストンに申し訳なさそうな顔を作って見せるシュトッフェル。
唇を噛みしめ、血を流すキャサリンにアミルが恐る恐る声を掛ける。
「あの……治療を……――」
「いらないわよっ!」
怒気を露わにしてアミルを睨む。
「そうです、馬鹿には頭の治療はききません」
「こ……のっ……!」
小さく、しかしキャサリンに聞こえるように放ったシュトッフェルの言葉は、ついにキャサリンの手を剣に運ばせた。
立ち上がり応戦の構えを見せたシュトッフェル。顔はガストンに謝った時のままである。
瞬間、十二士の間を揺るがす大きな音が二人の注意を向けさせた。
「「っ!?」」
それは、円卓が砕けた音。
振るわれたのは巨大な拳。無数の傷と鍛え上げられた戦士の拳。
千剣万化チャーリーの拳だった。
「「………………」」
沈黙が広がる十二士の間にチャーリーの言葉が響く。
「すまん、手が滑ってしもうた」
そしてガストンが続く。
「お主ら……儂も手が滑りそうだが?」
杖先をキャサリンとシュトッフェルに向けるガストン。
これを最後にキャサリンは剥れて座り、シュトッフェルは一度頭を下げてから着席した。勿論、未だ申し訳なさそうな表情のままだ。
「やれやれ、これはチャーリー殿の支払いですからね」
「ドラガン、お主そろそろ替えようとか言ってたじゃろうに?」
「申請が受理される前です。諦めてください」
「相変わらず細かいのう……」
「規則ですから」
ドラガンがそう言い終えた後、アミルが口元に指を当てながら周りを気にしている。
「そう言えば、セイラさんはまだですかね? もう時間過ぎてますけど……」
「そういえばそうだね。セイラさんが遅れるなんて珍しい――」
バルンの言葉を遮るように大扉が開く。
誰もがセイラの到着だと思った。
しかし、皆が目を向ける中、現れたのは一人の男だった。
「ビリー……」
ガストンはビリーを見つめた後、すぐにその右手に注視していた。
「何でここに聖法士ビリーが?」
キャサリンの言葉の後、アミルが小さな悲鳴を上げた。
直後、皆が目を向けたのは、やはり右手の先にあるモノだった。
ビリーが掴んでいたのは水色の糸。最初はそう見えただろう。
しかし、それは水を思わせる薄く青い髪だった。
「セイラ……さん?」
印象的な泣き黒子が、アミルにソレをセイラだと認識させた。
首だけになった……セイラだと。
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どれも気合い入れて書きましたので、是非ご覧になってくださいまし!




