◆180 白い花束
「……ビリー殿、これは一体どういう事かの?」
誰もが沈黙を見せる中、最初に言葉を発したのはチャーリーだった。
言葉に落ち着きこそ見えるが、チャーリーの目は血走り、ビリーの返答次第では行動を起こす事は誰の目にも明らかだった。
(無理もない。セイラはチャーリー殿の教え子と言ってもいい。セイラの魔法大学卒業後は王都守護勇兵団の対魔法指導に就いた。当時の司令官だったチャーリー殿とは年は離れど莫逆の友と言っていい……。しかし、しかし何故ビリーがセイラを……!)
ガストンが出ない答えを探す中、無言を貫くビリー。
「何も言わぬか……ならば――」
「――お待ちくださいチャーリー殿っ。ビリー殿は理由なくこのような事をしません!」
皆の動揺や声から状況を飲み込んだラッセルが叫ぶ。
「説明、してくれるわね? ビリー」
アイリーンが腕を組みながら言った。
するとビリーは俯きながら、右手のセイラの首を持ち上げ、静かに語り始めた。
「……何とも……何とも悲しい出来事だった」
左手で首を支え、ついには抱きしめる。
「セイラは解放軍のリーダーだったのだ……」
その言葉に、皆はすぐに疑いの目を見せた。
しかし、ビリーは皆の反応を知っていたかのように続けたのだ。
「それを裏付ける証拠は無数にあったのだ。先程セイラの屋敷で確認したので間違いはありませんよ、チャーリー殿」
「そんな馬鹿な事――」
「――キャサリン、馬鹿な事をしたのはセイラだ。古い情報ではあったが、過去の解放軍メンバーの出生や年齢、簡単な経歴が書かれた文書、新たに発明された魔法の譲渡記録など様々な証拠が見つかった」
ビリーの言葉を聞きながらアイリーンが顔を歪める。
(嘘よ。例えセイラが解放軍のリーダーだとしても、そんな記録を自分の屋敷に保管するなんて馬鹿な真似はしないはず……!)
十二士の大半がアイリーンと同じ考えだった。
「……で、その証拠ってのはどこにあるんですか?」
率直な疑問。
バルンは自身の性格を利用して真っ先にビリーに尋ねた。
「証拠は既にイシュタル殿に提出した。もうこの場にはない」
「ではイシュタルを問いただすまでだな」
ガストンが一歩前へ出る。するとビリーはその足を止めるように言い放ったのだ。
「ガストン、十二士会の不祥事だぞ? この件の処理はイシュタルやロイドに任せるべきだろう?」
「知らんな。任せるべきであっても疑問を問う事は可能なはずだ」
「そうね、私たちの性格くらい知ってるでしょう?」
ガストン、そしてアイリーンは……この時初めて理解した。
アズリーの、最後の助言を。
赤剣ダラスが渡したビリーの情報。それをアズリーはこの二人にだけ話してベイラネーアを発った。
ガストンはそれまでビリーに異変を感じていなかった。アズリー同様に。
アイリーンも同じ大学教員であるビリーに変化を感じていなかったのだ。
だが、それは今この場で体感したのだ。
(ビリーだが、ビリーではない……!)
(軽口で「ビリーさんが怪しいそうですー」じゃないわよ、あのアズリー! もっと真に迫る感は……――アイツじゃ出せそうにないわね……はぁ)
そんなガストンとアイリーンが、ビリーの横を通り抜けようとした。
瞬間、ビリーはセイラの首を投げ捨て、
「では命令だ。イシュタル殿の手を煩わせる事は、この私が許さん……っ!」
二人の肩を掴んだ。
ガストンとアイリーンは掴まれた肩に異常な力を感じ、後方へ跳び退いた。
二人とも、前方に回避する事は出来なかった。ビリーの力が、それをさせなかったのだ。
肩に鈍痛を覚えたアイリーンは、ついにビリーを見る目を友から敵へと変え、睨みつけた。
「命令? 十二士の私たちに命令ですってっ? いくら聖法士と呼ばれようが、そんな事がまかり通るかしら?」
「それがまかり通るのだよ」
ビリーが眼鏡を押し上げる。
そして懐から一枚の羊皮紙を取り出したのだ。
「イシュタル殿、ロイド殿両者のサイン入りだ」
丸まった羊皮紙をビリーが投げ、キャサリンが受け取る。
ゆっくりとそれを開いたキャサリンは、中に書かれていたものを見て驚愕する。
「……冗談でしょ?」
「事実だ」
「キャサリン、何て書かれていたの!」
アイリーンが声を荒げ聞く。
「本日付けでビリーが六法士入り。十二士筆頭チャーリーを解任し、新たにビリーを据える……と」
一瞬の沈黙も束の間、ビリーは笑みを浮かべて続けた。
「そういう事だ。チャーリー、その汚い首はお前にくれてやる。それに、床が血で汚れている。次に私が来るまでに掃除でもしておけ。ではな――」
アズリーが旅立ち、間も無く五ヶ月。
六法士セイラの謀反とその処罰は、国に大きな衝撃を与えた。
静まり返る十二士の間には、セイラの首を抱え、無言で一筋の涙を流す老人の姿があった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は同じくベイラネーアでは、ポチズリー商店中庭に植えた落花生の収穫時期となっていた。
白い顔を茶色に染めるタラヲが叫ぶ。
「解せぬ! 解せぬぞ! 何故、我輩が落花生などという豆を――」
「貴様殺すぞ?」
「はい、よろこんで!」
ララの鋭い視線に一瞬で委縮するタラヲに、リナがくすりと笑う。
タラヲは作物を前にしたララの豹変ぶりに驚き、リナに助けを求めた。
「おい、おいリナ!」
「んー? どうしたのタラヲちゃん?」
「何故ララはあんなにも怖くなっているのだ。最近多いというモンスターの変異体が原因なのか!?」
「ん~……あれはー、いつもの事じゃないかな?」
にこやかに答えたリナに、タラヲはあんぐりと口を開け放心してしまった。
しかし、そんな暇をタラヲに与えるララではなかった。
「タラヲ、早く仕分け」
「くっ……ええい! 何をどうすればよいのだ!」
何かを諦めたようにタラヲが落花生の実を両前脚で掴む。
「殻を触って中身が入ってるか調べる」
「だからどのように!」
「触れば温度が違うのがわかる」
簡潔な説明だったが、タラヲはいくつもの落花生を持っても温度の差異はわからなかった。
(わかるはずがない! そうだ、殻を少し押し、中身を確かめれば――)
そんな些細なタラヲの脚の動きに、ララが反応する。
「な!? ぬ!? が!? あ!?」
瞬時に囲まれるシャベルの檻。
中庭にタラヲの悲鳴が響き渡る。
「それだけで二ゴルドなくなる……!」
「馬鹿な!?」
「あまり農家を舐めるんじゃない……」
それからしばらくララの実践講義が進み、時刻が昼を迎えた頃、春華から昼食の知らせが届いた。
食堂へ走るタラヲの前に、エプロンを着たティファがお玉を持って現れる。
「ふははははは! ついに我輩への供物の時間か! ん、ん? 中々よい匂いではないか! やるではないかティファ!」
「いいから脚を洗ってきなさい」
「ふっ、大事な儀式故だな? 任せるがよい! ふははははは!!」
ちょこちょこと歩き、洗面所へ向かうタラヲを背に、ティファが溜め息を吐く。
すると、厨房からイツキが顔を覗かせ、ふんふんと鼻を鳴らす。
振り返ったティファが小首を傾げた。
「中々仲良くなったじゃないですか? タラヲちゃんと」
「別に……私は何も変えてないわよ。アイツが人間の世界を徐々に知ってきただけ」
「ほーほー、そーですかそーですかー。ふーん、なるほどねぇ~」
からかうような口調のイツキをティファがじとりと睨む。
「怒るわよ」
「怒る前にお皿運んじゃってください」
再び厨房に消えたイツキを見送ると、ティファは再び深い息を吐いた。
テーブルで食事の準備をしているリナ。ふと、魔力の揺れを感じたリナは、揺れの元となる玄関を見つめた。
そしてポチズリー商店の扉の外では、白い花束を抱えた男が一人。
「おい、こんなところに何の用だ、この糞野郎」
足下には悪態を吐くマーダータイガー。
「う、うるさい! 少し黙ってろ、マイガー!」
「あぁん? オルネル、まだ俺様との立場の違いがわかってないらしいな?」
「わかってるよ。お前が主人で、俺が下僕な!」
「そうだそうだ。わかってるならいい、この糞野郎め」
オルネルは緊張を誤魔化そうと深呼吸し、何回も自身の頬を叩いている。
時折眼鏡にも当たり、当たっては直す行為を繰り返している。
マイガーはポチズリー商店の中から漂う匂いに夢中のようだ。
「おい、腹が減ったぞ。入るならさっさと入りやがれ」
「うるさいっ。……や、やぁリナ、近くを通りかかったんだ。これ、よかったら部屋にでも飾ってくれ。よし、もう一度。やぁリナ、近くを通りかかったんだ。これ、よかったら部屋にでも飾ってくれ。うん、よしよし完璧だ。いや、春華とかが出てきたらどうすれば? うぅ……なぁ、どうすればいい? マイガー」
「あぁ? さぁな。そこに突っ立ってる男に聞いてみたらどうだ?」
マイガーは顎を上げ、オルネルの背後を指した。
「え?」
「……何やってんだ、オルネル?」
オルネルの背後にいたのは――
「ブルーツさんっ!? いつからそこに!?」
銀の特攻隊長、ブルーツだった。
「『リナ、愛してる。アズリーなんかには絶対に渡さない!』ってとこからだな」
「そ、そんな事言ってませんよ!! あ、いや? 昨日の夜練習で――――あっ!?」
「はっはっはっはっは! 練習とは言えそこまでやるたぁ頑張るじゃねぇか!」
オルネルの背中を何度も叩くブルーツを前に、マイガーがうんうんと頷く。
「ったく、毎夜毎夜よくやるぜ、この糞野郎はよ」
「お前は黙ってろっ」
「態度の悪ぃ下僕だぜ、ったく」
そう言ってマイガーが愚痴を零した時、ポチズリー商店の扉が開いた。
扉から顔を覗かせたのは……リナ。
オルネルにとっては不意打ちのような出来事。
彼がここで練習の成果を発揮する事は皆無だった。
「せーの」
ブルーツの合図。
「「やぁリナ、近くを通りかかったんだ。これ、よかったら部屋にでも飾ってくれ」」
ブルーツとマイガーが暗唱し揃えた言葉。
それは、顔を真っ赤にしたオルネルの持つ花束を、ゆっくりと前へ押し出したのだった。
後一話、三人称現代編があります。
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「ガストンの秘密」
=ガストンの飯ネタ!?
◆とらのあな様購入者特典
「神々しい笑顔と、本当の笑顔」
=春華の日常回。
どれも気合い入れて書きましたので、是非ご覧になってくださいまし!




