174 陰湿なお仕置き
「っ!」
ジュンの振り上げた手がフェリス嬢の頬を叩く。
甘んじて受け、一睨みもせずに俯いているところを見ると、相当反省しているようだ。
「…………」
「ご自分が何をされたか、自覚なさい」
そりゃそうだよな。村人全員が夜遅く避難し、その現場に居合わせたんだから。
炎龍に気付かれた段階で、どうしようもない状況になってたかもしれない。
炎龍があれだけまとまって動いてくれただけ良かったというものだ。
これを機に性格も少しは大人しくなるかもな。
俺も叱りつけようと思ったが、ここは大事な弟を危険にさらされたジュンが、同じ貴族であるジュンが叱るべきだろう。
もっとも、ジュンの事だから、フェリス嬢を叩いた事はポルコに後で謝罪するんだろうけど。
考えてみれば他家の下男扱いの俺が叱る事は出来ない話だし、ジュンだってフェリス嬢を叱れば多少は咎められるかもしれない。
それを考慮しても叩いたって事は、相当おつむにきているようだ。
まぁ、これで他の連中にジュンが転移して来た事がバレてしまった訳だが…………これはもう仕方ないな。
後でポルコに頼んで箝口令でも敷いてもらおう。出来るかはわからないが。
とりあえず俺は、ポチと共に無言でフェリス嬢に圧をかけていればいいのだ。
……ポチの腹の音で台無しなんだけどな。
もしかしてポチの圧力はジュンに向いてるのかもしれない。「早く説教やめろ」と。「ご飯! ご飯!」と。
そう言う俺も、腹が空いている。
いつまでも続きそうなこの空間。聖戦士にすら匹敵するジュンが子供に圧力をかけ続けるのは、フェリス嬢にとっては辛いだろう。
もう少ししたら適当に仲裁でもするか。
てな事を考えていたら、ジュンがとんでもない行動にでた。
「っ!」
これにはポチの目も丸くなる。
何とあのジュンがブライト少年をぶったのだ。
「あなたもですブライト。他家の領民を危険に晒したのです。ポーア殿がいなければどうなっていたかわかりませんよ」
「……はい」
フェリス嬢の強制連行も、断る事が出来たはずだ。そう言いたいのだろう。
確かにその通りだ。ジュンの言葉はもっともだ。
ブライト少年には才能はあるが、そういった意志が弱い。
意志の強さを鍛える必要があるな。ノーと言える男児を目指してもらおう。
しかし、あのジュンが弟に手をあげるとはね。その結果、弟よりも先に、姉の方が泣きそうだ。
「ポーア殿……」
「何でしょう?」
「前回に続き、この度も大変世話になった。何と礼を言っていいかわからない」
「お礼は結構ですよ。自分の身を守っただけです」
ジュンは少し表情を緩ませ、俺をじっと見つめた。
そして小さな笑みを見せると、ジュンは「後はお願いする」とだけ言って部屋を出て行った。
おそらく迎賓館の俺の部屋からブルネアに帰るのだろう。
ふむ、仲裁なんて必要なかったか。見事な切り上げ方だ。
「さて……と」
俺がそう呟くと、フェリス嬢は肩をビクつかせ、ブライト少年は少し目を伏せた。
まだこれ以上怒られると思っているのだろう。
ま、ジュンがあれだけ言ったんだ。俺からこれ以上言うのは野暮というものだ。
勿論――――
「……明日からの指導は座学を多目にします。モンスターの特性を頭に叩き込み、それらに対応する知識と危険意識を持ってもらう事を優先します。いいですね?」
「……はい」
「わ、わかったわよ……」
小言は言うけどな。
「今回、あのチキアータが発端とはいえ、フェリス嬢の行動がなければ炎龍……つまりロードドラゴンがこちらを敵視する事はなかったかもしれません。フェリス様には罰を受けて頂きます」
「……何よ?」
両肩を抱え、警戒を見せるフェリス嬢。
「屋敷のお金を無駄遣いして、ポルコ様に叱られてもらいます」
「どういう事よ」
するとポチが立ち上がり…………って、立ったぞコイツ!?
後ろ脚だけで立てたのか。初めて知ったぞ。
ポチがフェリス嬢の肩にポンと前脚を置き、鋭い眼光を放つ。まるで獰猛な狼の瞳のようだ。
……鳥なのにな。
「早い話がですねぇ!? 今日頑張った人たちに奢れってマスターは言ってるんですよっ! 感謝しながら! 労わるように! 優しいお肉のベッドで包み込むように!!」
それは脂まみれなベッドだな。
実に入りたくない。
ところで、優しいお肉って何だ?
「そういう……事……」
ほっとするように警戒を解くフェリス嬢。
「わかったわ。後で――」
「今です!!」
ギロリと圧を加え、ポチがより一層凄むと、フェリス嬢は押し切られた様子でポチの前脚を払った。
「わ、わかったわよ! 今すぐ手配するわよ!」
「当然です!」
ドンと言い張ったポチをよそに、俺は一言付け加える。
「ブライト様、フェリス様も同伴して頂きますからね」
周りからの重圧にも慣れてもらわないといけないからな。
さぞかし肩身の狭い思いをするだろう。
これは、俺からの隠しお仕置きだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―― クッグ村 酒場 午前一時 ――
「ハッハッハッハ! あの時のシロには驚いたぜ! 起きた瞬間『マスターを助けに行きなさい! でないと噛み殺しますよっ!!』ってもう目なんか潤ませちまってよっ!」
「ちょ、ちょっとガイルさん! そんな根も葉もない噂、マスターは信じませんよ!!」
噂っていうか本人談じゃねぇか。
そうかそうか、ポチがそんなに俺の事をね…………ふふ、ふふふふ。今夜はこの話でいじってやるとするか。
そんな事を考えちびちびとお酒を飲んでいると、ガイルの酔いがいい感じに回ったのか、フラフラになりながら立ち上がる。
「おう! 野郎共聞きやがれ! このポーアって男はな! 二百頭の炎龍を前に怯む事なく魔法をぶっ放しまくった超凄えヤツだ!」
どうやら俺にとってとても恥ずかしい話をするようだ。
こんな時はポチに怒られるんだ。「何で私の活躍が入ってないんですかっ!」ってな。
きっとそろそろ怒るぞ……ほれ。
………………ん?
「何やってるんだシロ? そんなでっかい卵抱えて?」
「今日のメインディッシュって事でお店の人にもらったんです!」
「…………食うのか?」
ポチは確かもなにも鳥になったんだから、共食いっちゃ共食いになっちゃうだろう?
「ん~……遠目で食べたいとは思ったんですが、いざ目の前にすると……この卵に対しては食欲がわきません」
ふむ、同族を食べようとしないのは別に悪くないか。
「じゃあそれくれよ、お酒のつまみに」
「ダメです! これは私のですー!」
「食わないんだったらいいじゃないか!」
「こ、これは…………そうです! これはお持ち帰りするんです!」
絶対腐らせるパターンだろそれ。
「その時、十、いや百! いやいや千の魔法を駆使しながらポーアは戦ったんだ!」
「「おぉ!!」」
ガイルの話に皆夢中なようで、誇張されまくった俺の武勇伝はブライト少年の目を輝かせていた。
フェリス嬢は間違って飲んだお酒でぐでんぐでんになってしまった。その後、リカバーを掛けてやった。
アルコールは抜けてもテーブルに伏して寝てしまったみたいだ。
「千の魔を知る者……そう! 千の魔を知る者! 千の魔を知る者ポーアだ!!」
「っ!?」
俺の耳が間違いでなければ……ガイルは確かに聖戦士ポーアの二つ名を叫んだ。
「「千の魔を知る者! 千の魔を知る者! 千の魔を知る者!」」
深夜の酒場の熱気が店を揺らし、時代を……歴史を動かした瞬間。
…………なるほどな。
もう逃げられないって事か。
「凄いですポーア先生!」
こうして…………こうして聖戦士ポーアは誕――
「――すみません! このお漬物もう一つください!」
そう。
その強欲な使い魔が、お漬物を注文した瞬間に誕生したんだ。
ようやく聖戦士となりました。タブン。
これに伴って、第五章のサブタイトルを「古の放浪編」とさせて頂きます。
まもなく……おそらく数話で第五章が終わりとなります。突っ走りますので、応援よろしくお願いします。
最近感想や活動報告へのコメントが増えてうれしい限りです。
転生孤児の時同様、基本的に全てお答えさせて頂いておりますが、時間をおいてからまとめて返答させて頂く場合もありますので、予めご了承ください。




