◇172 ヤツら
「はぁ……はぁ……はぁ……くっ! この! ……ぐぅ!?」
あれからどれだけの時間が経った?
まだほとんど経っていないんじゃないか?
炎龍の声が大きすぎてやつが何をしているのかわからない。
炎龍の体力も削られているみたいだが、俺の方が先に参っちまうだろう。
俺はここで死んでも、やつだけはなんとか生きて欲しいもの――
「アォオオオオオオオンッ!」
今…………確かにあの犬狼の声が聞こえた。もう戻って来たのか……!
そしてそのすぐ後、視界の端が赤く染まった。これは炎龍の煉獄ブレスか。
この光……となると相当な数だ。やつらは無事なのだろうか。
「うぉおおおおおっ!? ……くっ、ポチ・パッド・ボム!」
やつの雄叫び。その直後の爆発音……へっ、しっかりと頑張ってるじゃないか。
なら俺も負ける訳にはいかねぇな。だが、それもいつまで続くか……。
「く……ぬりゃ! はぁああっ!」
ダメだ、疲れで目が霞んできやがった。
これ以上は…………もう。
「ほい、クロスウィンド!」
これは、やつの魔法?
……くそ。いいタイミングだぜ。そしてあの犬狼も。
という事は……この場はもう大丈夫だという事!
「お見事!」
「当然です!」
足に込められる最後の力で跳躍した俺は一頭の炎龍の首を斬り落とした。
すると、俺の背中に何か温かいものが。
気づいた時、俺は笑っていた。自然と笑みがこみ上げてきたんだ。
俺より強い男が、優しく、温かい手で俺を支え、敬意まで見せてくれた。
ホント、何で笑っちまったんだろうな。
犬狼に乗ると、こいつもこいつでちゃんと俺を気遣いやがる。この時代にゃ珍しい二人だぜ、まったく。
何なんだよ、その魔法は……。炎龍がことごとく絶命していく肉球型のふざけた爆弾。
炎龍の煉獄ブレス以上の零度ブレス。この犬狼、明らかに主人より強い。なんてふざけた凸凹なコンビだって話だぜ。
さて、ここは強がって、礼の一つでも――いや。
「ガッ! ハッ……ハァ…………よう、久し……ぶりだな……」
それは今言うべき言葉じゃねぇな。
「ハイキュアー・アジャスト!」
くそ、大げさなんだよ。
が、そろそろ俺も限界だな。傷は回復しても体力が追いつかねぇ。
どこかに俺を放り投げてくれればいいのによ……。
「マスター、アレを!」
犬狼の一言で、後ろにいたやつは俺にヘンテコな瓶を渡してきた。
中に何か入ってる。瓶から漏れてくるのは、この状況に合わないいい匂いの液体だった。
「はぁはぁ……あぁ? 何だこれ、飲めってかっ?」
「毒薬ですよ! さっさと飲んでください!」
ふん、こんな時に笑わせてくれるぜまったく。
俺は疲れで震える手で瓶を開け、そのまま一気にその毒薬を飲み干してやった。
……うまっ!?
「接近約四十!」
「距離、およそ百です!」
「狙いはいい! 全力で密集地帯の中央に向かって極ブレス!」
なるほどな、この局面で見事な指示だ。
外す心配など毛頭していないようだが、この犬狼に対してリラックスさせるための方便か。
「ひゅ~……ガァアアアアアアアアアアアアッ!」
っ!? いや、俺の勘違いだった。
これはとんでもない一発だ。見ろ、十頭程の炎龍がこの世から去っていきやがった。
こいつら二人を見ていると、まだ自分が戦えるんじゃないかって錯覚しちまうから不思議だ。
……錯覚? いや、何だこれは。
…………疲れが……ない? っ!
俺はやつに向かって振り返った。あの毒薬の意味を知ったからだ。
何だ? 今度は何をやっている? 杖のエンブレムに向かって、宙図を描いている。
「ほい! ほいのほい! ほほい! ほいのほいのほいの……ほい!」
異常な速度、それを平然とこなしている。こいつ、本当にこの若さでどれ程の修練を。
疲れがとれ、冷静に考える事が出来た。だからこそ俺はあの新たな絶望にいち早く気づけた。
「嘘……だろ? まだあんなにいやがったのか……」
百頭はいやがる。
しかもこの犬狼、さっきから走りっぱなしで、かなり辛そうだ。
「お、おい! あの飲み物は!?」
「へばったか、シロ!?」
「ぜっ、ゼぇ……どうって事…………あるわけないでしょう!」
……………………くそ! そういう事かよ!
「何とか奴らをまとめてくれ!」
「それが出来たら苦労はしません!」
「知ってた! ならこうだ! ほいのほい! グラビティロード&リモートコントロール!」
瞬時に身体が重くなった。
「ぬ!? 何こんな時にふざけてるんですかっ!」
「ぐ! ……こ、の魔法は?」
やつの魔法のせいか? 上から重たい岩を乗せられてる気分だ。俺たちの動きを奪って何をする気だ?
犬狼も、やつ自身も俺と同じ状態だぞ。
「ぬぅ……こなくそ! ほほい! マジックカラー!」
今度は違う魔法?
この時、犬狼の耳がピンと立った。何だ? やつの意図に気付いたのか?
魔法の効果が見えた時、俺もなんとなくその意味がわかったような気がする。
犬狼はもう走り出していた。渦を巻くように魔法に漂う魔力に色付けされた道を、必死に駆けていた。
だが、一体どうするんだ?
渦の先は行き止まり……そこで一体何を?
炎龍たちに囲まれた瞬時、犬狼の歯を食いしばる声のような、歯ぎしりのような音を聞いた。
さっき俺が炎龍と戦った時と似たような、そんな音だった。
犬狼は跳び上がった。おそらく最後の力だったのだろう。顔に限界の色が見える。
こんな使い魔もいるんだな。
そこからのやつの行動は、正に一瞬だった。
「フウァールウィンド!」
足りない距離を魔法で補い、
「グラビティスタンプ!」
何故かわからないが炎龍たちが飛び立てなくなり、
「アースコントロール!」
渦の出口を強固な土壁で固めた。
「ポチ・パッド・ブレスッ!!」
最後の魔法が何なのかはわからなかったが、俺の全身が鳥肌になる程の魔力が込められていた。
だからこそ最後に放ったのだろう。余程強力な魔法なのだろう。
俺の後ろでまだ着地していない犬狼に対し、やつは「はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくっ!!!!」とブツブツ言っていた。
犬狼が着地するなり倒れてしまう。
「こへっ……こへっ!」
「おい……大丈――――おわっ!?」
俺が犬狼に声を掛けるより早く、犬狼と俺はやつによって担がれた。
炎龍たちから遠ざかるようにいや、逃げるように走っていた。
事実、やつの目が血走り、涙を流し、舌とか鼻水とか汗とか……とにかく出るもの全てが出ているような状態だった。
「逃げろ逃げろ逃げろーっ!」
こいつ程の男が、何をそんなに慌てているのだろうか。
そう思った時、俺たちの背後で何かが起きた。一瞬の光、届く強風。
やつの身体が浮き、俺たちはそのまま吹き飛ばされてしまった。
「のわぁああああああああああああっ!?」
「ぬぉおおおおおおおおおっ!?」
「こへっ!」
「ぬわっしゃい! フウァールウィンド!」
また宙図のない魔法。もしかしてあの杖に何か秘密があるのかもしれない。
ともあれ、俺たちはやつの魔法によって助けられた。
着地した俺は、背後の様子を見て戦慄した。
……何もなかったんだ。
荒野ながらにあの場所は何かしらある。それが石だったり岩だったり草や木だったり。
動物やモンスターの骨もあった。それが、何もなかったんだ。
何より、あの炎龍の集団がいない。五十頭余りの炎龍も、それに近寄っていった少数の炎龍も、まったくいなかったのだ。
いつの間にかあいていた口は、最初に変な笑い声を出した。
「は、ははは……はははは……」
あんな魔法には絶句せざるを得ない。
だが、この口はそれを拒み、代わりに変な応答をしてしまったようだ。
少なからず恐怖もあったが、俺は向き直ってやつを見た。
「助かった……助かった助かった助かった助かった……!」
「こひゅ~……です……ね――こへっ!」
まったく…………大したヤツらだ。
ソラ豆回、またいつかやる予定です。




