◇171 やつら
俺はガイル。
ポルコ様お抱えの誇り高き護衛団のリーダーだ。
まぁ、「クッグの猪共」なんてチーム名もあるが、護衛団となる以上、今は不用なものだ。
そんな俺たちは、ポルコ様をクッグの村へ護衛する途中、変な犬狼を連れた魔法士に出会った。
この時勢に獣を使い魔にするなんて相当な物好きだ。
俺たちは最初そいつらの事を鼻で笑っていた。
並の人間の若造が魔法を覚えたところで、糞の役にも立たない。
そんな事は一般常識だ。勿論、ポルコ様のような並の魔法士ではない存在もいるが、それは例外だ。
ポルコ様も若い頃に大層苦労されたらしい。
今では周りからも一目置かれる存在になっているというのだから本当に凄い方だ。
クッグ村に向かう途中、何よりも驚いたのはやつらの立ち回りだった。
あの犬狼が最初に危機を知らせる。
獣の鼻だ、それを信用しない程俺たちは馬鹿じゃない。
現れたのはランクAのモンスターとランクBのモンスターの集団だった。魔王の影響か、最近じゃよく見られる現象だ。
血気盛んな仲間たちの突進。
集団と言っても数はそこまで多くない。この程度ならばと、俺は仲間たちに手柄を譲った。
そんな俺だから気付けたんだ。仲間たちの死角を縫うように進み、目にも止まらない速さの宙図を描くやつの動きを。
動きからして並の人間でない事がわかった。そしてそれ以上に、あの動きは洗練されていて、俺たちの動きすらガサツに見えてしまう程だった。
ただの魔法士じゃない。
戦士の動きを理解し、戦士以上に動く魔法士の存在。
その後ろ姿にポルコ様を見てしまう、例外的存在。
たった一度。たった一度の戦闘で仲間全員がやつへの認識を改めた。いや、やつらだろうな。
あの犬狼も野性の一言じゃ片付かねぇ程の鍛錬を積んでいる。
天性の瞬発力でかわすだとか、そんな次元じゃねぇ。
一瞬にしか起きないはずの力を持続的に出し、死地と思えるモンスターの領域を鼻歌でも歌うように駆けていた。
魔法士の方が気付いてるのか気付いてないのかはわからないが、あれは種の極致とも言える。
あの犬狼も犬狼で、相当な苦労と鍛錬をしているのだろう。
フルブライド家の坊ちゃんが魔法を習い始めたと影で笑い話にはなってたが、やつがその指導を行っているのであれば、こりゃ大化けする可能性もあるかもしれないな。
どこか距離を感じるやつだが、それは個人的な事。話はせずともやつらは信用出来た。
だからこそ、ここまで順調に王都近辺まで来られたのだ。
ちょうどその頃だったか。やつがポルコ様の馬車に呼ばれたのは。
あのフェリスの嬢ちゃんでさえ、滅多に入れないあの空間に呼ばれるとはな。同じ魔法士として何か感じたのだろうか?
思慮深い方だ。俺が何を考えようと、意味のない事だが……本当に珍しい事もあったもんだ。
クッグ村に着いてやつが村の周りの探索に行った後、俺はポルコ様からフェリスの嬢ちゃんがやつの下で魔法指導を受けると聞いた。
フェリスの嬢ちゃんには魔法の才能はあんまりないと感じていたのだが、ポルコ様の判断だし、やつの指導なら間違いはないだろうとすんなり納得出来てしまった。
やつらが帰って来た。
犬狼が何故かやつの眼鏡を掛けていた。
俺の横をニコニコしながら通り抜けて行った。それだけなのに…………何だったんだあの重圧は?
魔力の密度というか、存在そのものが変わってしまったかのような……そんな感覚だった。
これはやはりあの犬狼から? 馬鹿な。
短い間だったが、あの犬狼の能力は大体把握した。この数時間で何が変わったっていうんだ。
ほれ見ろ、追いかけて来たあいつに変化はない。
いつも通り低姿勢だし、何より足の運びが素晴らしい。
俺も見習わなければならんな。
いつもと違うところなど、眼鏡を掛けていない事ぐらいだ。
……だが、回りの仲間も気づいていたみたいだ。あの犬狼の変化に。
あれ以降、あの犬狼を見かける度に目で追ってしまう。
俺の目が衰えたのではなければ、やはり物凄く高濃度の魔力を帯びている。
やつは……いや、やつらは一体何者なのだろう?
ここまで素性の知れないやつらなのに、何故こうもすんなりと信用出来てしまったんだ?
疑問……ではなく不思議。そんな感覚だ。
今日のやつは喜んでいた。
なんでも、フェリスの嬢ちゃんの中級魔法修了試験が良い結果で終わったそうだ。
あの嬢ちゃんがそんな段階にいくとは俺も思わなかった。
やつは「フェリス様の才能」だと謙遜していたが、過去に何人か魔法指導を依頼した先生がいた事は言わない方がいいのかもしれない。
そして気性の荒さからポルコ様でさえ教えるのを躊躇ったのだが……指導者として一流なのではないか?
この前やつに年齢を聞いたが十八歳だと言っていた。
その時犬狼の顔が異様にひくついていたが、もっと若く見えるし、誤魔化していたとしても小さなものだろう。
だが、十八であの実力と能力…………どうなっている?
夜になり、ポルコ様へ急使がやってきた。
急使を門で待たせた。その後すぐにポルコ様へご報告する。
外へ出てきたポルコ様は、急使の書状を読み、すぐに俺へ命令を出した。
急いでレガリアに向かう。そんな内容だった。
俺は夜勤に入る予定の精鋭を少数名招集し、ポルコ様の護衛につけた。
フェリスの嬢ちゃんとフルブライド家の坊ちゃんの護衛に数を回さなくてはいけない。
俺が考えられる最善の人数割りだった。
ポルコ様も納得してくれたようで、簡単な指示を俺に与えた後、すぐにレガリアへ向けて馬車を走らせた。
中でも驚いたのが、やつの限界突破魔術の使用許可だった。
まさか他家の下男を本棟に入れるとは、ポルコ様も俺と同じ不思議な感覚を味わっているのだろうか。
そんな事を考え、ポルコ様のお見送りが終わった後屋敷へ戻ったら、とんでもない事件が待っていた。
フェリスの嬢ちゃんとフルブライド家の坊ちゃんが…………いなくなった。
犬狼が絶叫するのも無理はない。俺だって絶叫したいくらいだ。
すぐに俺は寝ているヤツも叩き起こして仲間全員の捜索班を組織しようとした。
後ろでギャーギャー騒いでいた二人の話も気になったが、それどころではない。
今いる中で班長を任せられるのはカダフとリネッツか。
全員が揃った頃、屋敷の扉がけたたましい音を鳴らして開いた。あの二人だ。
「おいポーア、何かわかったのかっ!?」
「えぇ、おそらくフェリス様とブライト様は炎龍の山へ向かったと思います!」
……何だと?
耳を疑ったが、やつらの慌てようは尋常じゃない。
俺はすぐにカダフとリネッツに指示を出した。この場は二人に任せる。
この異常な事態……まだ若いが、やつ程若い訳じゃない。問題ないだろう。
問題があるのは……二人を救出する人間。
「ポーア! 行くぞ!」
「えぇっ!? 行くんですかっ? ガイルさん!」
「当然だ!」
俺より若い人間を殺されてたまるか!
「仕方ありません! 乗ってください!」
ほぉ、巨大化すると魔力もより解放されている感じがする。
ふむ、中々毛並みもいいな。
「野郎ども! 気合い入れろよ!」
「「おぉっ!!」」
んでもって、死ぬんじゃねぇぞ。
「ほほい、オールアップ・カウント3&リモートコントロール!」
「アォオオオオオンッ!!」
そんな事を考え、炎龍の山を見据えようとした瞬間、俺の記憶はどこかへ飛んでしまった。
意識のない中、やつの叫ぶ声が聞こえた気がする。
「ソラ豆」がどうだとか言っていたが、もしかしたら何かの聞き違いかもしれない。
こんな緊迫した状況でそんな変な言葉、聞こえる訳がないだろうに。
俺が目を覚ました時、俺は土の上で横になっていた。
身体を起こした瞬間、とんでもないものを見てしまった。
「おいおい…………こりゃマジか?」
炎龍の山が……燃えていた。
強烈な怒りを見せ、こちらを睨む炎龍が見えた。
これはいよいよ……死に場所を得たという事か。だが、やつは……やつを先に逝かせる訳にはいかない。
まだ十八なんだぞ。
俺なんかより大きな未来がある十八なんだぞ……。
俺が……俺が何とかしなくてはいけない!
「出来ればガイルさんにも後方をお願いしたいのですが……――――」
「よせよ。あれをポーア一人に任せると思ってるのか? ……と言っても、飛んでちゃ中々手を出せない。やれる事は限られるぜ?」
「…………考えがあります」
何故かこいつの笑みには悪い印象を受けない。
企みがあるのか。俺には想像も出来ない以上、その手しかないのだろうな。
「……聞かせな」
「炎龍は同士討ちをしないはずです。身体の大きい炎龍であれば、我々を囲えるのはせいぜい四、五頭」
なるほど。
「囮か……」
「えぇ。ガイルさんには囮になってもらい、その四、五頭の数をコントロールしてもらいたいんです。一気に数頭倒すのではなく、戦線に立たせる炎龍を順番待ちにさせるんです」
こいつ、とんでもない作戦を簡単に言いやがる。
「その待ってる集団をポーアがまとめて倒すって訳か」
「正直、囮役は相当キツイです。断るなら今の内――」
「――あの犬狼が戻ってくれば、多少は楽になるんだろ? やるさ」
どうせ大した未来もない。
死ぬならば華々しく、だ。無論、死ぬつもりは毛頭ないがな。
そうだ、こいつと一度飲んでみたい。そう思った時には口に出ていた。
「ただし条件がある」
「……何でしょう?」
「……これが終わったら、酒を奢れ」
「嫌ですよ」
何故だ? ひょっとして飲めないのか?
なら食事という手もあるな。そちらから切り込んでみる――――
「――フェリス様に奢ってもらいましょう」
「ぷ……はっはっはっはっ! そいつはいい! あのお嬢様を口説く時は俺も協力するぜっ」
そこまで話した事はなかったが、面白いやつだ。
これはこの後が楽しみになってきたな。ん? おっと、そろそろ痺れを切らしたか。
「……そろそろみたいだな」
「えぇ」
「だが、一度で全ての炎龍を倒せるとは思えない。ポーアが見つかったら終わりだろう?」
「ほい、インビジブルイリュージョン!」
底が……見えないな。
こんな魔法は初めて見る。
「へぇ、そういう事か」
「そういう事です。ほほい、オールアップ・カウント2&リモートコントロール!」
「ん、やっぱりこれはいいもんだな」
先程も掛けられた魔法だが、これさえあれば、相当な修羅場もくぐれるだろう。
……ふっ、俺とした事が唇が震えてやがる。
だが、やってやれない事はない。自分の直感を信じろ。今までもそうだったし、これからもそうだ。
「全方向危険ばかりです! 煉獄ブレスには注意を! 死中に活有り。炎龍の身体の上さえも逃げ道です!」
「任せな!」
やつの声が背中を押し、笑う膝に激を入れるように足を踏みしめた。
「おぉおおおおおおっ!!」
よし! いける! いけるぞ!
この攻撃も……耐えられる! いや、押し返せる!
両側からのこの攻撃も……よし! かわせるぞ!
上空から……ブレスか! 炎龍は同士討ちを……しないんだったな!
問題ない! いつも以上に動けるし、いつも以上に頭も働く。
背後にも現れた。これで五頭……!
よし、てめぇら…………しばらく俺に付き合ってもらうぜっ!
後一話だけソラ豆回です。ご了承ください。
ありがたい事に「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」の第一巻が重版となりました。これで三刷目となります。
皆さまの応援に感謝致します。




