◇165 湯けむりスーハー!
久々のタラヲ回です。
「――白黒連鎖の果ての果て! ベイラネーア~、ベイラネーア~! あゝ我等の~魔法大学~魔法大学ぅ~!」
「うるさいわよタラヲ」
「はい! すんません!」
我輩はガルムである。
名前はタラヲだ。
最近はタァちゃんと呼ばれる事もあるが、我輩をちゃん付けで呼ぶとはけしからん。万死に値する。
だが、その後に続くナデナデがあるから減刑されているのだ。
クラリスめ…………我輩の痴態。まさか仰向けで……腹を笑いながら撫でおって……!
アンリめ…………我輩のお散歩コースにことごとく現れ撫でてきおって……!
リナめ…………「膝の上においで」だと!? 行くに決まってるではないか!
ララめ…………木の根のような物を我輩に食わせた。ゴボウと言ったか? 中々に美味だったぞ!
イツキめ…………「そこに座ってればお客さんが撫でてくれるよー」だと!? だから座ってるのではないか!
「どいつもこいつも我輩を愚弄しおって。本当に人間という存在は解せぬ。解せぬぞ」
「うるさいわよ」
「う、うむ、それは悪かった。ところでティファよ。これはどこへ向かっているのだ? 何やら臭いがキツくなってきたぞ?」
臭い。
どこかで嗅いだ事のある臭いだ。
確か――そうか!
「ふはははははは! わかったぞティファ! これは硫黄の臭いだな!?」
「そうよ。ブルーツさんがレガリアでいい温泉があるからってここまで来たのよ。私も一度王都には来てみたかったし、ちょうどいいわ」
「何? ここはベイラネーアではないのかっ!?」
「フユがベイラネーアとレガリアを繋いだ空間転移魔法よ。……もしかして、何も聞いてなかったわね?」
「そ、そんな事はないっ!」
まるで刺し殺すような視線だ。しかし何かする事はない。
いや、なくなったと言うべきか。
最近のティファはとても話しやすくなった。学生自治会という組織の風紀という役職に就いてからだ。
魔法大学内の規律を破った者を拘束し、アイリーンの前へ連れていく。とてもティファ向きの仕事と言えよう。
アイリーンがひと睨みすれば、その者は畏怖し、自らを御する。
中々に出来た仕組みである。
だが、落ち着いたとはいえティファはティファ。その小さき身体に無数のモノを溜め込んでいるようだ。
これもどれも、あのアズリーとかいう魔法士がここを去ってからだ。
アズリーめ、我輩の呪いをなんとかしてくれるのではなかったのか?
まったくもって困ったヤツだ。困ったヤツだが、アズリーの保有している魔力量は異常だ。まるで目に見えるようだった。逆らってはいけない気がする。
あの者の近くにいるだけで我輩は総毛立ったぞ。
皆は気付かぬのか? あの者の内なる強大な魔力を。
おそらくそれを知っているのは我輩しかおらぬだろう。ヤツがその気になれば、魔力を解放するだけで町ひとつが滅ぶ。これは脅威だ。
皆はまだ気付いていない。気付いた時、アズリーの側にいてやれる者がはたして何人いるか……。
まぁ、我輩は過去にそれ以上の者と対峙して生還している。ならばアズリーなど我輩の相手になるまい。
…………はて? そやつはどんな風貌だったか…………。
まぁいい。我輩は狼王ガルム。細かい事など気にしないのだ。
そういえばアズリーのヤツ。出て行く時に「困った時はイツキに相談しろ」と言っていたな?
馬鹿な。ただの人間で、戦士でも魔法士でもないイツキが我輩に何を与えてくれるというのだ。
くだらん。
そんな時間は我輩にはないのだ。
「ここよ」
「ほぉ、中々の門構えではないか」
木製の巨大な門。中央上部に看板が掛けられている。
ジョシュー温泉、そう書いてある。
部屋まで歩いていくと、中にはブルーツたちポチズリー商店の人間が顔を連ねていた。
リナ、春華、ララ、イツキ、ツァル。ふむ、ブルーツは変な恰好をしているな。
布を左右から羽織ったような恰好だ。春華の衣服に似ている。男物なのだろうか?
この部屋……植物を編み込んだ変な床だ。だが中々よいものだ。
人間は手間をかけてとても良い物を作るのだな。
面倒だというのに…………解せぬな。
「お、来たな、タァちゃん。ほら、ここへおいで~」
リナが腿を少し叩いて何やら喚いているようだ。
ふふふふ、仕方ない。
そこまでぴーちくぱーちく言うのであれば行ってやろうではないか。
「ふはははははは!」
「タラヲ、お座り」
「はい!」
むぅ…………最早これは条件反射だな。
ティファの声には魔が宿っているに違いない。
「先に入らせてもらったぜ。いい湯だったから、女共も入って来いよ」
「では、お言葉に甘えて行ってくるでありんす」
「お風呂か!」
春華とララが立ち上がった。
この二ヶ月で春華は身が軽く、ララは魔力が増大したように思える。
ティファにしてもそうだが、街の女子共は皆違う事に力を入れているようだ。
オシャレだとか、趣味に時間を割き、己を磨くそうだが、こやつらはそうではない。
何がいいかはわからぬが、こやつらにとってはこれが幸せなのだろうか?
おっと、そんな事を考えている場合ではなかった。
我輩も久しぶりの風呂だ。ティファの後を――――
「アンタはお留守番」
「ぬ、何故だ!? 解せぬぞ!」
「ま、雄だし仕方ねぇだろ。もうすぐブレイザーがマナと一緒に来るから、そん時一緒に入りゃいいだろう。そこの蛇もな」
「「蛇ではない。カガチだ。侮辱すると丸のみするぞブルーツ」」
「へ、やってみな二股野郎」
相変わらず仲の悪い二人だな。
「ブルーツ、いつも思うのだが、何故男と女で分ける必要がある? やはり恥じという感情がそこにあるのか?」
「おぉ、学んだじゃねぇかタラヲ。まっ、概ねそういう事だ」
「……解せぬな」
ブルーツは笑うばかりで何も答えない。
微かなアルコールの匂い。ブルーツめ、まだ日も落ち切らぬというのに既に飲んでいるのか。
確かにエールは美味いからな。わからないでもないが、何故我輩の分がないのだ。
仕方がない。怖いが後でティファにねだってみよう。
最近覚えたプリティアイ。上目遣いを行使すれば落城するだろう。
女子が風呂から出てくる前に、ブレイザーとマナがやってきた。
ライアンやリードたちは居残り組なのか? 後で聞いてみるか。
「遅かったな?」
「すまない。コイツが連れてけとうるさくてな」
ブレイザーの後ろに誰かいる。
ふむ、どこかで見た事がある。
確かいつかのモンスター討伐だった。名は……確かエッグ。
リナの近くでやたら呼吸を多くしていた人間だ。病気か?
「お前ぇ、いい加減にあきらめたらどうだ? リナはアズリーに惚れてんだぞ?」
「そんな事はありません! リナさん、俺の近くにいる時、結構俺の事チラチラ見てくれてるんですから!」
「そりゃそうだろ」
「当然だな」
「「お主の鼻息があれだけ荒くなったら誰でも気になるものだ」」
「やだなー、ツァルさんまで。僕の心はリナさんの前で隠してるんですから漏れる訳ないでしょう? ははっ」
ブレイザーたち三人が似たような溜め息を吐いている。
「まぁいいや、お前たち五人で風呂入って来いよ。中々いい湯だったぞ」
「「初めからそのつもりだ」」
「いつもすまないなブルーツ」
「あん? 何の事だかわかんねーな。ははは」
部屋を出た廊下でエッグがブレイザーに何か聞いてるようだ。
「何で先にお風呂に入ったブルーツさんにお礼を?」
「あんた、そんなんだから未だランクBなのよ」
マナは最近ランクCに上がったそうだ。
「「わからないかね? 全員が一度に風呂へ行く事は出来ない。荷の番が必要なのだよ。今回の件もブルーツの提案だ、皆の事を考えながら地味な役どころに徹しているのだよ」」
嫌ってる割には高く見ているではないか。
「昔からそういう男だ、ブルーツは」
「「気に食わないのは変わらないがね」」
マナと風呂の前で別れ、男と書かれた扉を開ける。
裸になったブレイザーの身体は恐ろしいまでに完成されていた。
何だあの傷の数は? 斬り傷、刺し傷、噛み傷……いたるところに見える。
余程の過去があるのだろう。
「ひゃ~、いつ見てもすげー傷っすねぇ」
「大した事じゃない」
大した人間だ。
「「むぅ、確かにいい湯だ」」
「あ、ツァルさんちゃんと身体洗いましたぁ?」
「「私の場合は簡単だからな」」
二股とはいえ蛇だからな。
手ぬぐいに身体を擦り付けるだけで終わるのであろう。
「タラヲ」
「何だブレイザー?」
「背中を流そう」
「ほぉ? ふふふふ、いい心掛けだ」
ふふふふふ。ブレイザーは中々の男だ。
尻尾の付け根あたりがかゆいので掻いてもらうか。
「「何をしているのかね、エッグ?」」
エッグめ、あんな端まで行きおって。何を考えているのだ?
竹の壁に耳なぞ当ておって。
「こ、この隣に…………リナさんがっ! スーッ!! ハーッ!!」
あの鼻息が耳に届かぬと言うのかあいつは。
「「ララもいるのだ。それ以上下劣な行為をすると燃やし尽くすぞ」」
「スーッ!! ハーッ!! スーッ!! ハーッ!!」
「「貴様……」」
膨れ上がる怒気。
しかしブレイザーは気にも留めないようだ。
「ご安心を、ツァル殿。隣にはベティーもおります」
「へへへへへへ。リナさぁ~ん……」
む、殺気? これはベティーのものか。
瞬間、竹越しに強烈な一撃が放たれたのがわかった。
竹に耳を当てていたエッグが弾き飛ばされ、湯の中へ入っていく。
「「見事な徹しだな」」
「後で褒めてやってください」
「「礼が先だろうな」」
「確かに」
湯に浮かぶ下品なエッグは、見ていて滑稽だった。
「おいエッグ、身体は洗ったのか貴様」
返事が返ってくる事はなく、我輩たちは湯に浸かった後、エッグを置いて部屋に戻ったのだ。
中々に良い湯だったぞ。
次回は初めてのブライト回予定です。




