164 読心術
「何でだよ! 別にいいだろ、減るもんじゃなし!」
「何で私がモンスターにならなくちゃいけないんですか!」
「ケチ! その舌引っこ抜くぞ!」
「わからず屋! 眼鏡に肉球紋つけますよ!」
「ケチはケチだが舌引っこ抜くのは言い過ぎた!」
「こちらこそですよ! わからず屋!」
俺の暴言に対して、ポチの反論が割に合ってなかったから訂正したんだぞ?
それをわかってるのかコイツは。
「いやだから、ポチの姿カタチは変わらないし、能力だけが向上するんだ。悪い話じゃないだろう?」
「……その説明、この数分間の口論でありましたか?」
「……………………あれ、言ってないな?」
おっと、これは失敗だ。
「……こっの! 馬鹿マスターッ!!」
怒ったシベリアンヌ・ハスキーが現れた。
彼女はとても興奮しているようだ。ここは一つ様子を――――
「痛っ! おま、これめっちゃ食い込んでるじゃねーか!? 痛っ、痛いってば!」
足を思い切り噛まれ、身体を捻る事でポチを投げ飛ばす。のは俺の妄想の中の話で、ポチは全然離れなかった。
我が使い魔は本当に俺を好いてくれているようだ。
「あ、ちょっ! ポチ! お前後ろにモンスターが!」
「そんな嘘に騙される私じゃありません!」
尚も噛みつき、俺の足から悲鳴という名の血が出ようとする寸前、ポチは口を離す。
「優しいなお前!」
「当然です! しかし許した訳ではありません! ふぬっ!」
巨大化したポチが俺に覆い被さってくる。
「どわった!? いやだから後ろにモンスターが……――」
「いるわけないでしょう! がぶ!」
今度は顔を思い切り噛まれ、そして持ち上げられる。
「いったっ!? おま、これは五百年前に禁止にした技じゃないかっ! 協定違反は重罪だぞ!」
「ほふはふはひほほほ、ほほへへはへん!」
「何言ってるかわかんねーよ!」
いや、本当はわかる。
「そんな昔の事、覚えてません!」だそうだ。
「あ、今度は血でたぞこれ!? ひっでー! ポチひっでー!」
「ふん!」
ポチは俺を口から離し、落ちてる途中の俺の胸を前脚で押す。
後方に押し出されて着地すると、今にもポチの背後のモンスターがポチに襲い掛かるところだった。
「危ないポチ! ほい、ファイア!」
ポチがかわし、背後にいた襟巻ドラゴンを消滅させる。
振り返ったポチは、消し炭のように消えた襟巻ドラゴンの残骸を見た。
「……本当にいたじゃないですか! 何で教えてくれなかったんですか!?」
「二回程忠告させて頂きましたけどもぉっ!?」
「危機感が薄い感じでした! だから伝わらなかったんですよ!」
こいつ、俺の立場の悪さを利用して言いたい事いいやがって。
今夜ポチの歯ブラシに唐辛子エキスを塗ってやろう。使ったらすぐに回復してやろう。
ポチの巨大化が終わり、再び座って向かい合った俺たち二人。
「ん~、マスターちょっと血の味変えました?」
「大衆食堂の客みたいな気軽なノリで言うんじゃねーよ」
「前より酸味が増しましたが、これはこれで中々好みの味です」
「そうかよ。ったく」
するとポチは一瞬で顔をそむけた。
何だ、どうしたんだコイツ? はずかしがってるのか? 何で?
「こ、好みと言っても味の事ですよ、味! 決してマスターがどうとかって話じゃないんですからね!」
「……何照れてるんだお前?」
「い、いいから! さっさと種族改変の話を進めてください!」
両前脚から爪をギラリと見せ、威嚇するポチに、俺はたじろぎながらも同意した。
「わ、わかったよっ。えーっと……まずだな…………」
俺はナイフを取り出し、柄の部分で土に文字を書き始める。
ふんふんとポチはその文字を追いながら、眼鏡をくいっと上げている。……って。
「おい、そろそろその眼鏡返せよ」
「たまにはいいじゃないですか。帰ったら返しますから、さっ、続きを書いてください!」
「しょうがねぇなぁ。……………………おし、こんなとこか」
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【種族別、種族改変コース早見表】
竜族:攻撃力が高く、生命力が高い。身体も丈夫になるが、多少瞬発性が落ちる。(ドラゴン・ロードドラゴン等)
鳥族:瞬発性が上がり、攻撃力も向上する。生命力と防御力に難あり。(ハーピー・グリフォン等)
獣族:安定の攻撃力、身体も丈夫になる。瞬発性も中々で生命力もそれなり。しかし特筆すべき点が少ない。可もなく不可もなく。(ミノタウロス・マーダータイガー等)
鬼族:攻撃力と生命力特化。防御力も悪くないが、残念な瞬発力。(オーガ・オーク等)
不死族:身体能力が全体的に向上。臭くなる。(ゾンビ・グール等)
亜人族:不死族の劣化版。臭くはならない。(ゴブリン・コボルト等)
巨人族:鬼族の上位版。しかし瞬発力もより一層落ちる。(サイクロプス・トロール等)
植物族:硬く生命力が高い。だが火に凄く弱い。(トレント・ラフレシア等)
無生族:瞬発力以外全体的に向上するが、魔法に対して非常に弱くなる。(スライム・ゴーレム等)
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「む~……」
ポチは顎下に前脚を当て考えている様子だ。
「オススメは不死族――――」
「却下です! それだけはありえません! レディーになんて事する気ですか!」
「い、言ってみただけだろ……」
不死族はバランス良くていいんだけどなぁ。
「うーん……今の状態より、スピードは落としたくないですねぇ」
「となると、残りは鳥族、獣族、亜人族……不死ぞ――いったっ!? どつく事ないじゃないか!」
「肉球スタンプと言ってください! それに、どつく程の事です!」
ったく、そんなにぷんすかしなくたっていいじゃないか。
俺は消去法で除外された文字を横線で消し、ポチの真剣な様子を見守った。
そうだよな、ここは真剣になるよな。
間も無く深夜だが、俺はポチの答えをいつまでも待つつもりでいた。
だが、ポチは思いの外早く口を開いた。
「鳥族になったとしても飛べないんですよね?」
「そりゃお前、翼も羽もないしなぁ。言ったろ? 姿カタチは変わらないって。それに鳥族はあまりオススメできないぞ」
「何故です?」
「俺がこの鑑定眼鏡で視たモンスターにしか種族改変出来ないからだよ。鳥族モンスターってのは中々お目にかかれないからな。一番の候補はランクAのグリフォンだし、最低でもランクSの個体能力は欲しいだろ?」
俺の説明にポチはふんふんと頷き、俺が消したようにゆっくり爪で文字に横線を引いて消した。
「マスターのオススメは何です?」
「横線引いちゃった後で悪いけど、竜族だな。カオスリザードを拝んだし、実はこの世界に来た時に、黄竜も視てる」
「竜ですかぁ……」
ポチは竜族モンスターに苦手意識持ってるからなぁ。
それをこの前のディノ戦で更に拍車をかけた気がするし……。
「あっ」
間の抜けた声でポチが零す。
何かに気付いたようだが、どうしたんだろう?
「それって別にモンスターじゃなくてもいいんじゃないです?」
「どういう事だ?」
「動物ですよ動物」
「いや、そりゃ勿論出来るけど、狼は動物の中でも結構上位にいるぞ? それ以上の動物なんて言ったら――――あっ」
「そうですよ。マスターは一度見ているはずです。あのレガリア渓谷で……最強の鳥類を」
「おぉ! おぉおおおおっ! おぉおおおおおおおおっ!? 紫死鳥か!? 紫死鳥なのか!?」
腕を組んで鼻をふふんと鳴らしたポチは、これ見よがしにパチンとウィンクして見せた。
そうだった、天獣! 完全に存在を忘れていたが、確かにあのポテンシャルは重要だ。
ポチも興味があったようだし、モンスターにならずに済む。
これはこれで素晴らしい代案だ。
「天才かお前!」
「ふふん!」
「いやー、盲点だったわ!」
「ふふふん!」
「さて、魔術陣組まなきゃな」
「ふふふふ――あれ? ねぇ、マスター、もうちょっと褒めてくれてもいいんですよ?」
「大丈夫だ、この後ポチが言うセリフは想像出来た。だから想像の中で褒めておいたよ」
「そんな事マスターにわかるもんですかっ!」
「『ふふふふん! どうです!? マスターポチ様の実力は!? おや、クッグ村にまだ火が見えますね? 深夜の酒場で夜食にしてもいいんですよ!?』……だろ?」
その後俺は、両頬を押さえて驚きを隠せないポチの前で、魔術陣を描いていった。
黙々と、淡々と……。
「むぅ……マスターが読心術を使えるとは思えませんでした」
「使えない使えない」
「へぇ~、魔術陣が地面に……って事は設置型なんですね」
ポチは魔術陣に乗り、その術式を見回している。
「改変後があの天獣じゃ、かなりの魔力を使うだろうからな。宙図じゃ難しいだろ。…………よーしポチ、心の準備はいいか?」
自分に言い聞かせるように。
「どんとこいですよ!」
「元の時代で魔王をぶっ倒したら、元に戻すし、心配すんなって!」
本当に大丈夫か?
「だからどんとこいですって!」
「姿カタチは変わらないし、性格も変わったりしない! 安心しろ!」
安心しろ!
「…………ねぇマスター? ひょっとしてビビってませんか?」
「ビビビビビビってねぇし!」
「あはは………………信じてますからね、マスター」
穏やかな表情でポチが小さく告げる。
最後に再びポチに背中を押された俺は、覚悟を決めて魔術陣に魔力を供給する。
これは使い魔契約と同じで、相手にそれの同意を求める必要がある。
俺は震えそうな声を喉の奥に押し込めるようにして言葉を紡いだ。
「我、汝を改変せん。汝、我に尽くし種族改変を受け入れる事をここに誓うか?」
「わんっ!」
まったく、使い魔契約の時と同じような声で返事しやがって。
「我、ここに彼の者を紫死鳥とし、使い魔とし、なれど友とし、ドリニウム鋼の如き硬く揺るぎない主従の契約を結ばん。これいかなる時も綻びぬ契約とし、これいかなる時も絶対不変の熱き友情とす……今一度汝に問う。我に尽くし種族改変を受け入れる事をここに誓うか?」
「アハハハ、何ですかその契約文は…………わんっ!」
うるせぇ、犬ッコロ。
「っ! 種族改変、発動っ!」
大きく巨大な魔力の渦は竜巻のようになり、ポチを中心に包み込む。
天高く伸びあがった光は暗雲を貫き、見えないはずの太陽にさえ届きそうだ。
昼間の如き空の光は塊となり、再びポチに降り注ぐ。
光の柱が全て消えた頃、地面に描かれていた魔術陣は消失していた。
どうやら終わったみたいだな。
「なっ!?」
ポチが………………いないっ!?
「ポチッ!?」
「……マスター……」
声の主は紛れもなくポチ。
何故背後にっ? 俺は振り返る恐怖を押しのけ、身体ごと声の方向を見た。
するとそこには俺の眼鏡を肉球で挟んだポチの姿があった。
大丈夫だ。思った通り、姿カタチは変わっていない。
しかし何故そんな声を出したっ? とても辛そうで困った声を出したんだっ!?
もしやポチの心に何か変化がっ!?
「眼鏡のフレーム…………少し曲がっちゃいました……」
がくりと膝を落とした俺は両手で顔を覆い、手の隙間から見える大地を睨む。
そして大きく息を吸うのだ。
今度は再び広がった暗雲を睨むのだ。
肺一杯に溜まった空気をどうしてくれよう。
そうだ、ポチに言ってやろう。
日頃溜まった鬱憤を空気と共に叩きつけてやろう。
焦りながら眼鏡のフレームを力任せに直そうとしている友にぶつけてやろう。
最初の鬱憤?
そんなのは決まってる。
この状況下でそれはない。
それはないですよポチさん。
さぁ、空気が外に出たがっている。思いきりだ。
目から零れそうな雫を見せないように全てを吹き飛ばす勢いだ。
賢者アズリー。いや、大賢者アズリー。お前なら出来る。
さぁ言ってやるよ。
爆発させてやるよ。
三。
二。
一。
「そうじゃねぇよっ!!!!!!!!!!」
目を丸くさせたポチがこの後言う言葉なんてわかってる。
俺は読心術が使えるんだ。
どっかの馬鹿犬限定でな。
「うるさいですよ! 馬鹿マスター!!」
「うるせぇ犬ッコロ!!」
ほら、今回も完璧だった。




