◇166 ポーア先生とシロさん
ブライト少年回です。
神聖暦百二十年六月二十七日の夕方。
僕はクッグ村へ着きました。
ポルコ様に案内され、迎賓館へ行きました。
何故あのフェリスさんも付いて来るのか理解出来ません。
本当にあの方の視線は怖いのです。何かこう……背中に熱いものを感じます。
「ここにある物は好きに使ってくれたまえ」
ポルコ様、とてもお優しい方です。
僕も見習ってあのような人物にならなくてはいけません。
何故あんなに素晴らしいお方からフェリスさんが? 僕史上最大の謎です。
しばらくすると、辺りを調べていたポーア先生が戻って来ました。
夜にもう一度出かけるそうですが、シロさんのお腹が、物語に出てくるオーガの鳴き声のように鳴っていたのです。
どうやら仕方なくという感じでした。
「ブライト君、私が部屋にいるというのに何を書いてるのかしら?」
「……日記です」
「ふ~ん……」
早く出て行かないかなぁ……。
そんな叶わぬ願いを考えていたその時、隣のポーア先生の部屋から大きな音が聞こえました。
次第に大きくなった音は、僕の部屋の外まで近付きました。
ドア越しに聞こえた「スーッ!! ハーッ!!」という息遣い。
あれ? これ……どこかで聞いた事があるような…………?
部屋に響く小さなノック音。
「誰? ブライト君は今忙しいの。つまらない用事なら下がりなさい」
何故、フェリスさんが返事をするのだろう。
「構いません。入ってください」
先程あった屋敷や迎賓館の説明に、何か不備があったのかもしれません。
僕は入室を許可しました。ゆっくりと開かれたドアから現れたのは――――
「姉上っ!?」
思わず椅子を倒してしまいました。
でも、そこにいたのは確かに、紛れもなく、絶対に姉上なのでした。
一体何故姉上がクッグ村のアダムス家にっ!?
そう思った時、姉上の背後には静かに、それでいて優しく微笑むポーア先生の姿があったのです。
あぁそうか。これはあの魔法。つまりそういう事なんですね、ポーア先生?
最初は驚いていたフェリスさんも、あの時僕が屋敷に戻った事を思い出したようです。
「ブライトッ!」
「く、苦しいです姉上……」
いつもより強く抱きしめられました。いつも苦しい程抱きしめられるのですから、それ以上の力で抱きしめられた今回は、本当に死にそうな程苦しかったです。
姉上は本当に僕を愛してくれます。その思いに応えるためにも、僕はこの地で強くならねばならないのです。
「フェリス様、ブライト様……どうかこの事は内密にお願いします」
ポーア先生は頭を下げてそう言いました。
魔法で姉上がここへ来た事は内緒。
そういう事なんでしょう。
フェリスさんにも言ったという事は、ポーア先生はポルコ様にも内密にして欲しいという事でしょうか。
「フェリス殿、ポーア殿のためにも……私からもお願いする」
あの姉上がここまで…………もしや姉上は? いえ、姉上に限ってそんな事はないでしょう。
「……わかったわ。アナタには借りもあるし、これについては黙っててあげる」
「僕も、わかりました!」
珍しく物分かりのよかったフェリスさんですが、ポーア先生への借りとはなんでしょう?
少し気になります。
ポーア先生はブルネア出立の前日に、姉上に部屋へ呼ばれていました。
弟の僕でさえあまり入った事のない姉上の部屋。
その入室を許されるとは、姉上からの信頼が厚くなったという証拠。流石ポーア先生です!
ポーア先生の話だと、その時に姉上にお願いされたのだそうです。
僕があんな目にあった後ですし、すぐにその保護下から離すのは心苦しかったのでしょう。
姉上の無理をポーア先生が聞いた。だからここに姉上が来た。そういう事なのです。
それから姉上は名残惜しそうにしてすぐに帰られました。屋敷に主がいないのは流石にまずいですから。
数日に一度、ポーア先生を介して姉上がここへ来るそうです。
それを聞き少し安心しました。本当、我がフルブライド家はポーア先生に頭が上がりません。
それはこれからも積み重なっていくのでしょう。
そんなポーア先生は、夜遅くにシロさんと一緒に屋敷を出て行きました。
ある程度の下見は終わったとの事でしたが、何をするのでしょう。
かなり気になります。
後を付けたいところですが、僕が今外に出ても周りの人間に迷惑がかかるだけ。ここは我慢しなければなりません。
姉上に心配させないためにも。自分自身のためにも明日からの行われる対モンスターの予習をしておかなければ!
ポーア先生の事です。きっと深い考えがあるのでしょう。
「襟巻ドラゴン…………ランクE……爪とブレスに…………注意……――――っ! はっ!? ……あぁ、いけないいけない。ついウトウトしてしまった」
時計を見ると、もう時刻は深夜を回っていました。
「もう少し……いえ、明日に差し支えがあってはダメですね」
そろそろ寝ようかと思っていた時、窓の外の光が揺れました。
もしかしてポーア先生が戻って来たのでしょうか?
眠い目を擦り、ドアを開けるとちょうどそこにシロさんが……――――
「ふぎゃっ!?」
僕がドアを開けたせいで、シロさんがドアにぶつかってしまいました。
鼻先がとても痛そうです。
「ご、ごめんなさいシロさんっ」
「アイタタタッ……」
痛がっているはずのシロさんが何故か笑っています。
どうしたのでしょう? 何か嬉しい事があったのでしょうか?
……何だ? ……あれ? シロさんを包む魔力が前と違うような?
何だろうこの圧迫される感じは?
未だかつて感じた事がないような魔力。まるで……魔力の底が見えない感じ。
「んもうっ。気を付けてくださいねっ」
シロさんは前脚で鼻先を押さえながらそう言いました。
そして眼鏡を直し…………――――眼鏡?
何故シロさんはポーア先生の眼鏡を掛けているのでしょう?
「おいポ――――シ、シロ。いい加減眼鏡返せよ。や、やぁブライト様……明日はよろしくお願いします」
「あ、はいっ」
何か言い掛けたポーア先生でしたが、結局何を言おうとしたのかわかりませんでした。
なるほど。シロさんはふざけてポーア先生の眼鏡を掛けていたんですね。
ポーア先生は「ポケット、ポ、ポ、ポーア大先生」と言いながら、何かを誤魔化すようにして自室へ消えて行きました。
ニヤニヤと笑うシロさんの顔がどこかおかしくて、僕も少し笑ってしまいました。
「その眼鏡、返してあげないんですか?」
「そうですねぇ。マスターにはここへ帰ったら返すと言ってありますから…………もう少しで返しますよ」
「何故そんなに眼鏡を?」
僕の素朴な疑問をシロさんに投げかけると、シロさんは少し考え、そして少し顔を背けて言いました。
「そ、そうですね。この眼鏡は……少し良い匂いがするんです」
シロさんの言葉と、その表情で、どんな匂いかはすぐにわかってしまいました。
ポーア先生は、本当にシロさんに愛されているんでしょうね。
ポーア先生の眼鏡ですから、ポーア先生以外の匂いなんてあるはずがありません。
今度は反対に顔を背け、こうも続けました。
「そ、それ以外にもこの眼鏡はちょっとしたアーティファクトですからね! 私がこうして管理するのも、私の使い魔としての務めなのです! あ、シーですよ、シー!」
爪をひとつだけ伸ばし、口元に当てがって見せたシロさんは、本当に恥ずかしそうでした。
「ふふふふ、はい。わかりました」
シロさんは何か自分に言い訳をするように、ブツブツと呟きながら部屋に向かいました。
僕は最後にもう一度くすりと笑い、明日の魔法指導を楽しみに思いながらドアを閉めました。
蝋燭の火だけが照らす薄暗い部屋。
パタンと閉まったドアの音を耳に残してベッドに向かいました。
微かに聞こえるポーア先生とシロさんのやりとり。本当に面白い人たち。
見慣れないベッドの天蓋。これから見慣れる事になるんでしょう。
「…………あの眼鏡がアーティファクト? これは非常に興味がありますね」
募集:アズリーの第四巻特典SSのお題。
あればあるだけ嬉しいです。特典選考から漏れればこちらで掲載も出来ますので、ご協力頂ける方がいましたら是非ご連絡くださいませ。
四巻=第四章だと思って頂ければ! その間のストーリーを書く予定です。
宜しくお願い致しますm(_ _)m
以降はちょっとくだらないあとがきなので、見たい方のみ。
「◇165 湯けむりスーハー」で本当は女体ちっくな描写を出したかったのですが、タラヲ目線だと「くだらん」とかで終わりますし、見たら見たでタラヲ処刑回になってしまいそうだったのでブレイザーの尻に出演して頂きました(尻描写はしておりません)。




