109 十二士
「よし! そこで押しとどめてくれバルン!」
「はぁはぁ……くっ! 人使い荒すぎだよ! 僕はパワー重視じゃないっての!」
「翻弄するだけでいいわ! 援護するっ!」
大蛇を極太にしたようなドラゴンのモンスター、ウィレム。
注意すべきは尾撃と口から吐かれる毒を含む煉獄ブレス。そして、何より厄介なのは、稀に体表より放たれる酸の雨。従って側面からの直接攻撃は危険。
「ご主人、ブレスがくるぞ! ポチ! 援護せぬか!」
「犬使いが荒すぎですよ! ガァアアアアアアアアアアッ!」
勿論、離れた場所からのポチの極ブレスであれば、側面からの攻撃は通る。
だが、その強度は流石にランクSというところだ。
ポチの攻撃によって煉獄ブレスの発射を抑えられた。この機を逃す事はない!
十の魔発動!
「一つ、クロスウィンドッ!」
「二つ、クロスウィンドッ!」
「三つ、クロスウィンドッ!」
「四つ、クロスウィンドッ!」
「五つ、クロスウィンドッ!」
「六つ、クロスウィンドッ!」
「七つ、クロスウィンドッ!」
「八つ、クロスウィンドッ!」
「九つ、クロスウィンドッ!」
「十、クロスウィンドッ!」
中級魔法ながら上級魔法並みに公式をいじって改めた俺のクロスウィンドが、ポチのブレスが痛めつけたウィレムの体側面を狙う。一点集中のこの連撃で、ウィレムの胴体が千切れる。
よし、成功だ! やっぱりパーティ戦だと十の魔もいきるな!
「ったく、何だよあの魔法は!?」
「私も初めて見たわよっ! ホント、アズリーといると退屈しないわね!」
胴体が千切れてもドラゴンの生命力は高い、攻撃力半減というところだ。
未だに千切れた尾もうねうねと動いているし、ウィレム上半身の殺意も消えた訳ではない。
こうなれば後は時間の問題!
「独立する尾の動きに注意しながら各自全力攻撃!」
「オッケェ~!」
「リッキー、巨大化だ!」
「任されよ!」
「マスター、巨大化です!」
「出来るか!」
「仕方ありませんね! 私がしますよ!」
巨大化したポチとリッキーがウィレムに立ち向かう。
ポチが首元に噛みつき、リッキーがウィレムの上顎と下顎をガッチリと掴み強引に開き始める。あれは痛いぞ!
その間、顔の両側からバルンとベティーが強力な一撃を叩き込んだ。
「セブンスランジッ!」
「高周波ブレイドッ!」
ウィレムの両目を狙うえげつない二撃。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアッ!?」
悲鳴のような咆哮が空に響き、それを機とみたリッキーが一瞬の気合いを見せ、ウィレムの口を裂く。
「リッキーさん、どいて下さいっ!」
その指示に離れたリッキーを見ると、ポチは首元に噛み付いたまま再び極ブレスを放つ。
喉元に大きな風穴を開けたウィレムは、力を失いながらがくりと頭を下げる。よし!
「大魔法いくぞ! 離れろ! ガトリングライトニング!」
魔法陣の周囲に、無数に現れた光黄の雷が真っ直ぐにウィレムに向かって駆け巡る。
ウィレムの身体を突き抜けて奥に見える渓谷の奥へ消えていく。
辛うじて動いていたウィレムの体はその動きを次第に緩め、遂には生命活動の終わりを見せた。
へぇ、上半身が死滅すると、下半身も同様に死ぬのか。
「おぉ、やはりこの人数だと楽勝ですね!」
「ご主人の動きを囮に使うなど、贅沢な」
「これで戻れば七万八千ゴルドよー! あ、ねぇバルン。本当に分け前いらないの?」
「いらない。僕はそんなもののためにここに付いて来たんじゃない。ほら、行くんだろ? レガリア渓谷へ」
バルンはウィレム討伐には興味を示さなかったが、天獣には興味を示した。
ベティーの強引な誘いに渋々引き受けはしてたが、六勇士といえども人間。未知なる天獣。それもおとぎ話や民話に多数出演機会を持つ彼らに、心が動かない訳がないのだ。
俺は頷き、歩き始める皆の後ろを追った。
「おっと、ウィレムの目玉と牙はとっておかないとな」
「あら、ウィレムの身体って使えるとこあるのね。牙は硬いけど小さくて武具化は出来ないって話だけど?」
「ちょっと錬金術の方でな」
「そう言えばマスターは錬金術師でもありましたね!」
そう言えばとは何だ。そう言えばとは。
確かにここ数年まともに活動はしてなかったけど、必要な素材だけはしっかりと集めてるんだからな。
四月中にやりたい事もあるし、出来れば目当てのモンスターに会えるといいんだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼過ぎ、レガリア渓谷に着き、俺たちはこの細く起伏の激しい道を進んだ。
幸い道を苦にするパーティでないのが救いだけどな。
道中モンスターの気配は無く、俺たちは会話を暇潰しとした。
中でもベティーはバルンに対してあれやこれやと聞き、嫌々ながらもバルンはそれに答えていた。
アイリーンやガストンに対しては大分謙っているが、同じ十二士であるバルンにはとても口調が軽やかだ。
歳が下だし、近いせいもあるのだろうか?
「それで、結局六勇士の中だと誰が一番強いのよ?」
「あー! それ私も気になりますー!」
「まったく、先程から生意気な犬だな」
バルンの肩に乗ったリッキーが、ポチを見下すように言う。
それを見上げたポチはしばらくリッキーを睨んだ後、
「それ私も気になりますー!」
無視をする事に決めたようだ。
すると、少し悔さを見せるリッキーを小さく鼻で笑ったバルンは、ベティーの質問に答え始めた。
「《千剣万化のチャーリー》さん、《繊細な虎ドラガン》さん、《博愛の華弁キャサリン》さん、《剣鬼ジェイコブ》さん、《罪の戦姫ナターシャ》さん……そして僕、《天秤の異バルン》と、この六人の中だとね……ま、僕は外れるよね」
そうなのか。
そうか、確かバルンの二つ名は天秤の異だった。戦士と魔法士、この二つの才から来た呼び名だろう。
自分で二つ名を言うのはどうかと思うが、ここは謙虚なんだな。それとも、他の六勇士が強いのか。
しかしあれだな、俺はこの内四人とは面識があるんだな。千剣万化のチャーリーは以前の親善試合で見かけた程度だし、数には入らないからな。
ウォレンの話だと、俺に興味を持ってたとか聞いた事があるけど、まぁ二年前の話だし、チャーリーは覚えてないかもな。
「んー、ジェイコブさんとナターシャさんは以前引き分けた事があるとか言ってたし、ここは互角なんだろうね。けど、そのジェイコブさんはドラガンさんに負けたって話を聞いた。そしてドラガンさんはキャサリンさんに負けて六勇士に入ったって話だ」
考えながら話してるだろうから説明が回りくどくなってしまうのはわかるが、ポチのヤツ、この序列の説明がわかるのか?
だが、この言い方ならすぐにわかるな。誰が最強かというのが。
まぁ、バルンの口から最初に名前が出てきたし、そういう事なんだろうな。
「その言い方だと、やっぱり最強はチャーリー様か」
ん? ベティーのヤツ、チャーリーに会ったような口ぶりだな?
「ん? あぁ、あの方はベイラネーアに住んでるからね、何度か戦闘を見かけただけよ」
俺の顔にそう書いてあったのか、ベティーが苦笑して返す。
そして自身が体感した事を思い出すように言った。
「あれは一種の化け物の類ね。剣にも大剣や小剣、短刀使いみたいなのもいるわよね? タイプだと、剛剣を振るうやつ、柔らかで優しい剣を扱うやつ、鋭い剣筋で戦うやつがいるわ。そのタイプを極めるのが難しいんだけど、チャーリー様は正に千剣万化。全ての剣に精通しているわ。あの馬鹿兄貴曰く『アージェントの爺といい勝負だ』って言ってたけど、私も同感よ」
無駄にブルーツの口調に似せたベティーは、流石兄妹という感じだ。
「そういう事。チャーリーさんは六勇士最強にして十二士の中でも一、二を争う実力の持ち主さ。近付いただけで蒸発しそうになるよ」
「おー! 蒸発するとこ見てみたいですー!」
ないない。
そしてバルンは続けた。
「ま、六法士のガストンさんもそういった意味では化け物って事さ」
「ふふ、私もそれには同意ね。八十を超えてるとは思えない肉体の若々しさだったわ」
実際にガストンと戦ったベティーが言うんだ。間違いはないだろう。
バラードの親竜を殺したのも確かチャーリーだったか。だがやはり、バルンの戦闘力では六勇士としては力量不足って事か。
はて、罪の戦姫ナターシャってのはどんな人物なのか。戦姫ってくらいだから女性なんだろうが。確か、貴族の出だったか?
詳しい話は今度ブレイザーにでも聞くか。
そう考えると、俺は六法士にはガストンとアイリーンにしか会っていないんだな。
残る六法士は……えーっと確か………………。
顎先に指を置いてその事を考えていた俺。そして、ポチたちの会話が弾んでいた時、強烈な何かが辺りを包んだ。
「な、何っ!?」
それが殺意を含んだ膨大な魔力だと気付くのには、しばらく時間がかかった。
ランクSSのモンスターにさえ果敢に立ち向かうポチが……身を竦めて震える。
リッキーは即座に巨大化し、バルンの手には既に剣が握られ、ベティーは身体強化の特殊能力を発動している。
何だ? 息を吸うのさえも遮られ、死を臭わせるこの圧迫感は。
「これが天獣……なの?」
姿は見えていない。だが、身体がそうだと教える。
全員が警戒する中、俺たちは渓谷の先を見つめる。
先二百メートル程には、まだ何も見えない。
「帰るぞ」。この一言を言おうとしたその刹那、全員が強力な風圧によって地面へ叩きつけられた。
「「ぐぁ……!?」」
「きゃ!」
身体の骨という骨が砕ける音が聞こえる。
痛みより先に混乱が起こり、そして後からくる痛みはその混乱を更に加速させた。
俺たちは確かに立っていた。だが、上方から振り下ろされた、強力で重いハンマーのような圧撃が、四肢の動きを完全に地面に固定している。
「「…………」」
数秒で皆からの反応が消えた。
ま、まずい! 全滅の危機だ………………立て、立って回復魔法を……杖をっ!!
「…………お、おぉおおおおおおおっ!! くそ、動け! このぉおおおおおっ!」
トゥースの下で四肢を砕かれながらも動く練習はした。
だが、四肢どころか、背面の骨はほとんどやられ、無数の筋が裂け、臓器さえも損傷している。
早く…………、早くしないと!
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!
起きろ! 回復しろ! 全力で皆を抱えろ! 走れ! 逃げろ! 生きろ! ほら、立てよこの馬鹿野郎!!
そう思った時、俺の身体は咄嗟の勢いで体表から可能な限りの魔力を放出した。
動いたと思った瞬間、俺の左手に握る水龍の杖に向かって叫ぶ。
「ハイキュアー・アジャストッ!!」
よし!!
回復魔法で全員の傷が回復するも、気絶までは回復しない!
俺は一番近くにいるベティーを担ぐため、震える足を強引に叩いて止め、そして走り始めた。
「……」
「っ!!」
心臓を握られたような感覚。
背後から聞こえたのは呼吸。
俺の後ろには誰もいなかった。俺は魔法士だ、後衛なんだ。俺の後ろに俺の知る人間は誰一人としていなかった。
ベティーに向かうはずの足は、殺意の流れによって誘導され、俺は………………後ろを振り返ってしまった。




