110 伝説の霊獣、《紫死鳥》
「…………………………………………………………ぁ」
目の前に広がった絶望を前に、俺の声はそれだけを絞り出した。
不気味な程に黒い瞳が俺の身体に闇を刺し。見据える中身はまるでゴミを見ているかのよう。
細長い首から丸みを帯びた胴体へは、黒と黒紫の光るラインが走っている。胴体から繋がるやや赤みを帯びた羽は、ドス黒さを残しながらも俺の脳に美しいとさえ思わせた。
大きさはそれ程でもない。人間サイズ、俺と同じくらいだろうか。
これが…………これが天獣。伝説の霊獣と言われた存在。
「……」
ぐっ! まただっ!!
何だ!? 相手はただ呼吸をしているだけ。なのに何故こんなに苦しくなる!?
それに……なんだかさっきより苦しい………………。
この時、死紫鳥の表情が少し動く。
何だ。ゴミを見るような瞳に………………驚きを見せた?
「珍しい人間だ」
喋った……。
人語を解するという噂は真実だったか。
「私の吸魔に二度も耐えるとはな」
吸魔? っ! そうか!
やつは呼吸で魔力を吸い取るのか。だからこの魔力消費過多独特の疲労感。
咄嗟に鑑定眼鏡を発動した俺は、その事実に驚愕した。
なっ、一呼吸で八千ももってかれてる!? 残り四発もこれを受ければ……俺は、ここで死ぬ。
効かないとは思いつつも、俺はそのまま鑑定眼鏡を発動する。
いや、それ以外に身体が動かなかったんだ。
――――――――――――――――――――
LV:240
HP:?
MP:?
EXP:?
特殊:?
称号:紫死鳥・伝説・SS殺し・乗り越えし者・?????
――――――――――――――――――――
……………………無理だ、勝てる訳がない。
戦意を喪失……どころの話ではない。戦慄すら覚える。そもそも俺に戦意はない。
人間に害がないというのは噂に過ぎなかったのか?
ここまで明らかな殺意を向けられて、それがわかった。
人間は…………こいつにとってどうでもいい存在だった。だから害がないと言われていた。自分のテリトリーにさえ入らなければどうでもいい。多分そういう事なんだ。
「一つ、質問する」
質問? 一体何を?
いやいや落ち着け俺。答えをミスったら終わる。それだけはわかる。
落ち着いて、正確に、相手を不快にさせない答えを出さなくては。
「………………なんでしょうか………………」
自分でさえ耳を澄まさなければ聞こえない声。それほど、俺の声は掠れ、薄れ、震えたものだった。
ランクSSのモンスターなんか目じゃない。この重圧こそが……魔王の時代を生きた証拠。
「何故私を狙った? それ程馬鹿には見えないが?」
予想外の言葉に俺は動揺した。
「ね、狙った………………?」
え、何言ってるんだこいつ!?
俺たちは紫死鳥を見物しに来ただけだぞ!? 殺気なんて出して行けば俺たちの命はない。だからこそ、俺は注意深く歩いていた。
ポチもベティーもバルンもリッキーもそれはわかっている。道中そんな事は一切無かった。見落としではない。断言出来る!
「仰る意味が………………」
即座に紫死鳥が語る。
「どうやら本当に死にたいと見える」
「あーあーあーあーあー!! ちょっと待ってください! 本当に、本当にわからないのです! 私たちは確かにあなたの生活圏に入りました! しかし、それは伝説と呼ばれるあなたの姿を一目見たいという好奇心からです! 決して害意をもってという事ではありません!!」
精一杯の弁解。
むしろ、俺は何故謝ってるのかさえわかっていない。だからこそ害意がないという一点のみに気持ちを込めて伝えた。
紫死鳥の瞳がそれをどう受け取ったのか知らないが、その身体を後ろに向け、首だけをこちらに向けた。
「では、これは……?」
紫死鳥の瞳はその臀部を一瞬だけ見て、再び俺を見据えた。
……臀部にはほんの少し、本当に少しではあるが焦げ跡が見える。
この焦げ跡………………俺たちが? やった? ないないないない! 絶対にない!
そんな危険な真似、するはずもないだろう!
「…………記憶にないという事はわかった。だがこちらからきたのは間違いない。お前たちが歩いて来た方角からだ」
その時、俺は気付いてしまった。
それはついさっきの事だ。
ランクSのモンスター、ウィレムと戦ってた俺たち。
俺はその止めに大魔法を使った。ガトリングライトニングという魔法を。
そしてその魔法の行く先は、当然ウィレムに向かった。
だが、強力な威力故、ウィレムの身体を突き抜け、更には遠くへ飛んでいったのだ。
そしてその先とは……………………
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法陣の周囲に、無数に現れた光黄の雷が真っ直ぐにウィレムに向かって駆け巡る。
ウィレムの身体を突き抜けて奥に見える渓谷の奥へ消えていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
渓谷の奥へ消えていった……………………それは。え、もしかして?
ちらりとまた臀部を見る。焦げ跡。距離から換算する傷のサイズ。
…………どう見てもピッタリだ。
「…………あ」
自分で言うのもあれだが、かなり素っ頓狂な声だったと思う。
すると紫死鳥の瞳は、再び強力な殺意を帯びた。
いや、もしかしたらさっきより強力かもしれない。
「記憶にあるという事がわかった。楽に殺してやる、どう死ぬ?」
「だぁあああああああっ!! 本当に悪気はないんです! その、ウィレムってモンスターと戦ってまして! 止めの魔法がですね!? ウィレムを突き抜けてこちらの方に!! だからその! あなたを狙った訳じゃ――」
「その言葉、お前の同族に対しても吐けるのか?」
「っ!」
完全に言葉に詰まった。言い訳は言い訳。俺の魔法が流れて誤って人間に当たった時、絶対に同じ言葉は吐けないという事実。
俺は俺自身で、紫死鳥との対話をおざなりにしていた。
……対等だから対話。
それはつまり、紫死鳥を獣として見てしまった事実。
…………………………………………最低だな。
「ほぉ、杖を捨てるか。残す言葉はあるか?」
もう……これまでか。
なら、ならせめてこの事だけは――――
「………………数年後、魔王の――」
「ぁふわぁ~~~~~~」
俺の最後になろう言葉は使い魔の間抜けな欠伸によって掻き消された。
せめて天獣には魔王復活の事を知らせようと思ったのだが、何故こいつは大事な時に邪魔をしてくるんだろう?
もしかしてポチが魔王なのか? ハハ、そりゃ強敵だ。
なんて、実際にはふざける事も出来ず、紫死鳥は目をこするポチを冷たい瞳で睨んだ。
「あ、マスター、おはようございます~。…………はて? 私は何でこんなところで?」
寝ぼけたのか、ポチはこの刺さるような視線にまだ気付けていない。
…………ん? あれ? 刺さるような視線が………………徐々に緩和されてきていないか?
「お前は………………いや、お前たちは…………?」
先程より強い驚きの瞳。何だ、一体何に驚いている?
ポチが後ろ足で首を掻いている時、俺の目の前で紫死鳥が大きな羽を広げた。
その瞳に既に殺気はなく、俺を見る目もどこか穏やかなものだった。何だ、この変わりようは?
「……お前、名は何という?」
「ぁ……アズリーです」
そう告げると、紫死鳥はしばらく沈黙を見せた。
ポチはまだ首を掻いている。
「…………なるほどな。では、一つ貸しだアズリー。いずれ返済に来い」
「あ…………え?」
訳もわからぬまま、俺は首を傾げた。しかし、一瞬で目の前から消えた紫死鳥は、何も答えてくれず、強烈な風圧だけを残して去って行った。
風圧に驚いたポチは、最早誰もいない俺の方を向き間抜けな顔を見せた。
「ふぉ!? な……何です、今の風は!?」
「いや、多分……ただの風だろうな」
虚空だけを見つめ、生返事しか出来なかった俺に、ポチは頭に「?」をうかべた。
その後ポチは、ベティーたちが倒れている事に気付き、大慌てし、放心していた俺の後頭部をぱしんと叩いた。
「何寝ぼけてるんですか!」……、この一言だけはポチに返したい。そう思いながら俺は皆を担ぎ上げ、レガリアへ向かった。




