5 歩み寄りの第一歩
「打ち出の小槌は、鬼が落としたもの。お前の言う鬼、つまりその意固地な心が折れなければ現れないんだ。お前が勝手に『天敵』だと思い込んでいる相手と、本当の意味で向き合わなきゃならない」
ホーシの言葉が、弥生の胸の奥で何度も反芻されていた。弥生にとっての「天敵」――それは、亡き母の後にやってきた由依さんだった。
彼女は決して弥生を虐げたりしない。それどころか、弥生の好物を調べ、新しい服を用意し、腫れ物に触るような優しさで接してくる。
その「正解すぎる振る舞い」が、弥生には亡き母との思い出を塗りつぶしていく暴力のように感じられていた。
ある日の放課後、弥生はリビングで由依さんが大切にしていたガラスの花瓶を、不注意で床に落としてしまった。
ガシャン、と鋭い音が響く。それは父が由依さんに贈った、この家での彼女の数少ない「居場所」を象徴するような美しい花瓶だった。
「あ……」
弥生は凍りついた。いつもなら、ここで謝ることもできずに自室へ逃げ込み、自分の殻に閉じこもっていただろう。けれど、ポケットの中のホーシが、弥生の肌をチクリと刺すように命じた。
(逃げるな、弥生! 今、お前の目の前にいるのは『侵略者』か? それとも、お前と同じように傷つく一人の人間か?)
キッチンから駆け寄ってきた由依さんは、割れた破片を見て一瞬だけ悲しげに眉を寄せた。けれどすぐに、弥生の体を確認するように手を伸ばした。
「弥生ちゃん、怪我はない!? 破片が危ないから、動かないでね」
自分を責める言葉は一つもなかった。そのことが、かえって弥生の胸を締め付けた。由依さんは、自分の大切なものを壊されてもなお、自分を拒絶し続けている「継娘」の心配を優先している。
「ごめんなさい……」
喉の奥が熱くなり、視界が滲む。
「ごめんなさい、由依さん。私……ずっと、由依さんのことが怖かったの。優しくされるたびに、お母さんのことを忘れなきゃいけない気がして。だから、わざと意地悪な気持ちになって……。本当に、ごめんなさい」
弥生の口から溢れ出したのは、謝罪というよりも、これまで溜め込んできた孤独の独白だった。
由依さんは破片を片付ける手を止め、驚いたように弥生を見つめた。そして、ゆっくりと立ち上がると、震える弥生の肩にそっと手を置いた。
「お母さんの代わりになろうなんて、思っていないのよ。ただ、あなたの隣にいてもいい『誰か』になりたかっただけなの。……謝らなくていいのよ、弥生ちゃん。伝えてくれて、ありがとう」
その温かな掌の感触に、弥生は初めて自分の中の「鬼」が消えていくのを感じた。ポケットの中のラピスラズリのレンズが、弥生の涙を映して、これまでにないほど強く、清らかな光を放っていた。
「……一歩、前進だな」
ホーシの小さな呟きが、弥生の心臓のすぐそばで優しく響いた。
草稿を入力したものをAIが書きました。
弥生の場合、継母を受け入れられないというのはあると思いますが、血のつながりがあっても相性が悪い親子はいると思います。
血のつながりよりもお互いを大切に思う気持ちや絆や信頼関係かも知れません。




