126.
下へと続く巨大な石階段を前にして、わたしはふと足を止めた。
「そういえば、スモールキャンピーとはいえ、車体のままこの階段を降りられるの?」
わたしが疑問を口にすると、スモールキャンピーは光に包まれ、瞬時に白銀の髪を持つ少女の姿——人間形態へと変身した。
「コクッ!」
キャンピーは自信満々に頷くと、可愛らしい足取りで「てこてこ」と階段を降り始めた。
状況に合わせて車と人間を使い分ける。
なんて便利な子なのだろう。
「おー。キャンピーは本当に多機能だね」
わたしが階段を降りながら頭を撫でてやると、キャンピーは嬉しそうに目を細め、「えへへ」とだらしなく頬を緩めた。
頭のてっぺんのアホ毛まで、喜びに合わせてピコピコと揺れている。
「なんと神々しいお姿! 自らの御足で階段を降りられるとは!」
「聖女様、どうかお足元にお気をつけて!」
後ろからついてくるおじさん冒険者たちが、ただ階段を降りているだけのキャンピーを見て感涙にむせいでいる。
相変わらず恋は盲目状態だ。
ひんやりとした冷気が漂う階段を、わたしたちはひたすらに下っていった。
カツン、カツンという足音が、薄暗い空間に反響する。
だが、いくら降りても一向に次の階層へ辿り着く気配がなかった。
「ちょっと、いくらなんでも長すぎない? もう三十分くらい降りてるんだけど」
わたしが額に浮かんだ汗を拭いながらボヤくと、虚空からウザいギャルボイスが響き渡った。
『アハハッ! 気づくの遅すぎー! これ、空間魔法のトラップだよぉ! 同じ空間を無限にぐるぐる歩かされてるだけ!』
「はぁ!? なんでナビしてるあんたがそれを早く言わないのよ!」
わたしは勢いよくガバッと背中のけぞり、虚空に向かって吠えた。
『だってぇ、みんなでお散歩してるみたいで楽しそうだったから、つい! キャハッ!』
「このヤバい女神、本気で一回シメてやろうか」
わたしがギリッと奥歯を噛み締めていると、横からふさふさの尻尾がバサッと視界を横切った。
「スミコ! ここは妾に任せなさい!」
テンコが前に進み出た。
彼女は目を閉じ、スンハッ、スンハッと鼻をヒクつかせながら、周囲の空気を探り始める。
「空間が歪んでいるということは、どこかに本来の階層と繋がる『裂け目』があるはずです! 妾の鋭い嗅覚にかかれば、別の階層から漏れ出す海鮮の匂い……ゲフン、微かな空気の流れなど、一発で見抜いてみせましょう!」
今、完全に本音が漏れていた気がするが、頼もしいことには変わりない。
テンコはしばらく鼻をクンクンさせていたが、やがてピクッと狐耳をそばだてた。
「そこですっ!」
テンコは弾かれたように跳躍すると、何もない空間に向かって、狐火を纏った強烈な前蹴りを叩き込んだ。
パリンッ!
ガラスが砕け散るような甲高い音が響き渡り、空間そのものにヒビが入る。
そのままガラガラと崩れ落ちた壁の向こう側に、新たな階層へと続く巨大な入り口が姿を現したのだ。
「おー、やるー!」
「ふふん! どうですか! 妾の華麗なる活躍は!」
テンコがふんすっと胸を張り、ドヤ顔で尻尾をパタパタと振り回す。
ようやく見せ場を作れたのがよほど嬉しいらしい。
「さすがは御使さまのお連れになられている神獣! 空間の壁を蹴り破るとは!」
おじさん冒険者たちも大興奮で拍手喝采を送っている。
『てかぁ、キャンピーちゃんもテンコちゃんも大活躍だけどさ』
真理の声が、冷や水を浴びせるように響いた。
『スミコちゃんってば、マジでここまでなんもしてないね? ただ歩いてるだけじゃん。ウケるー!』
「しゃラップ!」
図星を突かれたわたしは、顔を真っ赤にして虚空に向かって絶叫した。
自分の存在意義をえぐってくるこのウザい女神を、コアごと絶対にぶっ壊してやると心に固く誓ったのだった。




