表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に必要なのは行政でした ~元・役場の離島移住促進担当、勇者も魔王も受け入れます。チートなし異世界内政/開拓スローライフ〜  作者: nanananaca
第一章 灯り島行政相談所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/16

【記録 No.008】行政ではない日

相談所には紙の匂いと木の軋みだけが残っていた。


拓海はリリアの相談記録を開いたまま、

ページをめくることもできずにいた。


丸太を削るペルの手元を眺めていたフェルガが、ふと口を開く。


「……困った顔をしているな」


拓海は小さく頷いた。


「行政としては、間違ったことは言っていないはずでした。住民登録も、自立支援も、就労支援も……生活を立て直すには必要な制度です」


フェルガは少しだけ考え、窓の外へ視線を向けた。

子どもたちが浜辺で木の枝を振り回し、遊びながら何かを運んでいる。


「……なるほどな。だから拒まれた理由が分からないのか」


拓海は答えられなかった。

紙の上の文字が、急に自分のものではないように見えた。


フェルガは子どもたちを見ながら言った。


「例えばだ。昨日、お前は子どもは働かせないと言ったな」


拓海は静かに頷く。


「それは間違っているとは思わん。人族では正しいのだろう」


フェルガは枝を抱えて走る竜の子を指した。


「だが、竜は親の背中を見て育つ。親と一緒に薪を運び、巣を直し、獲物を運ぶ。遊びながら、生き方を覚える。それまで禁じられたら、竜は一人前になれん」


拓海は黙って聞いていた。


フェルガは続ける。


「逆に、人族の子を竜と同じように育てれば危険だろう。身体も違う。育つ速さも違う」


丸太を削る音が、静かに部屋に響く。


「だから私は、お前が昨日言ったことを否定する気はない。だが──」


フェルガは拓海を見た。


「誰にでも当てはめようとした瞬間、それは正しさではなくなるのではないのか?」


拓海は少しだけ息を吸い、言った。


「ですが、行政は公平であるべきです」


フェルガは眉を上げる。


「公平? 平等とは違うのか?」


拓海は少し考えた。

行政リンクの画面が頭の中で静かに光る。


「……同じではありません」


フェルガは促すように黙った。


拓海はゆっくり言葉を選んだ。


「人族と竜へ同じ橋を造る。それは平等です。ですが、その橋を竜が渡れなければ──公平ではありません」


「同じ制度を全員に配るのが平等なら、その人の足元を見て、届くように形を変えるのが公平です。私はリリアさんに、届かない制度を押し付けていただけでした」


フェルガは笑った。


「ようやく竜の話になったな」


その笑いは、嘲りではなく、どこか嬉しそうだった。


フェルガは続ける。


「リリアも同じだ。お前は自立支援を勧めた。行政として正しい。だが──あの子が欲しかったものは行政だったのか?」


拓海は答えられなかった。


フェルガは静かに言う。


「制度か? それとも……誰かが話を聞いてくれる時間か?」


その瞬間、行政リンクが静かに起動した。

いつものように制度を表示するはずの画面が──今回は違った。


+

【行政運営】

住民意見を取得してください

制度は地域事情および住民の実情に応じて更新できます

+


拓海は固まった。


「……更新」


拓海はゆっくりと行政リンクを閉じた。

初めて、自分の意思で。


「今日は……行政ではなく。拓海として話してきます」


フェルガは満足そうに頷いた。


「その方がいい」





拓海は行政リンクを閉じたまま、

海辺の小さな家の前に立っていた。


一度、静かに扉を叩く。


「リリアさん」


返事はない。

少し間を置いて、もう一度。


「リリアさん、拓海です」


家の中は静まり返っていた。

前回のような物音もしない。


拓海はしばらく待ったが、人の気配は感じられなかった。


「……外出中でしょうか」


そう呟き、踵を返そうとした、その時だった。

浜辺の方に、金色の髪が揺れるのが見えた。


「あれは……リリアさん?」


潮風の中を、リリアは一人、海へ向かって歩いている。


靴を脱ぎ、裸足のまま波打ち際へ。

そのまま、ためらうことなく海へ足を踏み入れた。


拓海の表情が変わる。


「リリアさん!」


最悪の結末が頭をよぎり、気がつけば革靴のまま砂を蹴って駆け出していた。


波を蹴り、その細い肩へ手を伸ばそうとした、

その瞬間──


「えっ!?」


ばしゃっ、

と大きな水しぶきが上がった。


リリアは両手で何かを必死に抱え込み、満面の笑みで振り返る。


「見て見て!」


腕の中では、一匹の大きな魚がぴちぴちと暴れていた。元勇者の身体能力の無駄遣いだった。


拓海は完全に呆気に取られ、その場に足を止めた。


「……魚、ですか」


「うん!」


リリアは得意げに魚を掲げる。


「ペルがやってるの見てたら、私にもできるかなって思って!」


魚は次の瞬間、するりと腕の中から逃げ出し、海へ飛び込んだ。


「あっ!」


二人で魚を見送り、少しだけ沈黙が流れる。

やがて拓海が口を開く。


「……安心しました」

「海へ入っていかれたので、何かあったのかと」


リリアは一瞬きょとんとしたあと、その意味に気付いて吹き出した。


「ち、違う違う!」

「そんなつもりじゃないって!」


笑いながら手を振る。


「もう、拓海さんって真面目すぎるよ」


拓海は少し照れたように視線を逸らした。


「失礼しました」


リリアは肩をすくめて笑う。


「せっかく魚捕まえようと思ったのに、全部逃げちゃったじゃん」


「……これは私のせいですね」


「うん、拓海さんのせい」


そう言って笑うリリアの表情は、

前日までより少しだけ柔らかかった。


潮風が二人の間を通り抜ける。

リリアは濡れた裾を軽く払うと、家の方を振り返った。


「立ち話もなんだし……」

「お茶くらいなら出せるよ」


少しだけ照れくさそうに笑うと

二人は家へと入った。


いくつかの呼吸が過ぎた頃、

拓海はゆっくりと口を開いた。


「リリアさんは、どのような方が離島移住すると思いますか?」


「行政の用事じゃないの?」


「いいえ、今日は拓海として来ました」


「ふーん。そうなんだ」

「島に移住したい人か。単に島暮らしが好きな人じゃないの?」


「そうですね。そのような方もいらっしゃいます」


「他には……故郷が島とか?」


「それもありますね。子どもが生まれたり、島の外での生活に一区切りがついた際に、島へ戻って来る方もいらっしゃいます。後は、島の人と結婚したりとかもありますね」


「それくらいじゃないの?」


「実は、島へ移住する方の中には心の静養が必要な方もいらっしゃいます」


「なにそれ、変なの。島じゃなくても休めるじゃん」


「私の元いた世界では色んな人達が日々頑張っていました。家族の介護や勉強、そして責任ある仕事のプレッシャーに晒されながら、一人で耐え続けて来た方達」


「……」


「そうした方達の中には、休み方さえ知らない方も多く、環境を変えることで快方に向かう場合もあります」


「リリアさんを初めて見た時、私にはリリアさんの心が限界を迎えているように見えました」


リリアは拍子抜けしたように笑う。

拓海は窓の外を一瞬見てから、話を切り出した。


「島に来てから、困っていることはありますか?」


「えーと……あ、うん、まあ」


リリアは少し考えてからぽつぽつと話し始めた。


「夜、波の音が大きいときがあって、最初は眠れなかったんだよね。でも最近は、なんか落ち着くようになった」


「海辺は寒くないですか?」


「寒いけど、嫌じゃない。落ち着くっていうか」


「食事はどうですか?」


「スープ、あれ……すごくよかった」


拓海は頷く。リリアは続ける。


「王都では朝から訓練で、夜は報告書ばかり。誰かと話す時間なんてほとんどなかった。好きだったことも、あんまり思い出せないや」


少し間を置いて、リリアが拓海に尋ねる。


「拓海さんは?」


拓海は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。


「私ですか」


リリアは笑う。


「今日は行政じゃないんでしょ?」


その言葉に拓海も小さく笑った。


「昔、市役所で働いていました」


「へぇ、それは知ってる」


「でも、制度だけでは救えない人もいました。相談に来るのが遅すぎた人、助けを求める方法が分からなかった人。制度を説明しても届かないことがあったんです」


拓海は湯呑みに目を落とす。


「だから、行政なら誰かを助けられると信じたいと思った。いや、信じたかった、の方が正しいかもしれません」


潮風が部屋を通り抜ける。リリアは静かに拓海を見つめた。


「拓海さん"も"、頑張りすぎるタイプだね」


拓海は困ったように笑う。


「そうかもしれません」


しばらくして、リリアがぽつりと言った。


「ねぇ……普通って、どうするんだっけ」


拓海はすぐには答えられず、湯気を見つめてから言葉を選ぶように答えた。


「分かりません」

「私にとっては、行政が普通でしたので」


その返しにリリアは吹き出した。


「ふふっ……ずるい」


拓海も小さく笑う。


「市役所にいた頃、『普通なら』という言葉をよく聞きました。でも、その“普通”に当てはまらない人ほど相談に来ていました。だから今は、普通を基準にするより、その人が安心して暮らせるかを考えたいと思っています」


リリアは黙って聞いていた。その瞳から、ずっと彼女を縛り付けていた"勇者としての普通"という重荷が、すっと消えていくようだった。


やがて、いたずらっぽく小さく笑って言った。


「じゃあさ」

「私はまだ、普通じゃなくてもいいのかな?」


拓海は首を振る。


「無理に普通になる必要はありません。灯り島には、まだ“普通”なんてありませんから」


「……先程リリアさんは海で魚を捕まえてましたが、元勇者が漁師になるのが“普通”になる島でもいいと思いませんか?」


その言葉にリリアは肩の力を抜いて笑った。


「そっか。誰もいない島だったもんね」

「そう考えると気が楽かも」


窓の外で波が砂を洗う音が続く。


二人はしばらく他愛のない話を続けた。王都で流行っていた菓子のこと、島で見つけた貝殻のこと、ペルが作った木のおもちゃのこと。話題に深い意味はなかったが、リリアの笑顔は確かに増えていた。


やがて拓海が立ち上がる。


「そろそろ、帰ります」

「今日は、ありがとうございました」


「ううん、こっちこそ」


玄関まで見送ったリリアは、少しためらってから言った。


「……あのね。今度は私が相談所に行くよ。相談じゃなくてもいいんでしょ?」


拓海は穏やかに笑った。


「もちろんです。相談がなくても来てください。相談所は相談だけの場所ではありませんから」


リリアは小さく頷いた。


「うん」





相談所へ戻ると、行政リンクが静かに起動した。

いつものように制度を提示する画面ではない。


+

【住民意見】

新しい制度を作成しますか?


制度名:

+


拓海は画面を見つめた。

フェルガが後ろから声をかける。


「どうした」


拓海は小さく笑い返した。


「行政は……完成しているものだと思っていました」

「でも、常に更新されていくものなんですよね」


画面に手を伸ばす。


+

【制度名】

住民との対話制度

+


入力しようとした、その瞬間──

画面が新しい項目を追加した。


+

共同提案者を選択してください

+


拓海は思わず笑った。


「……そうですね。ひとりでは、作れません」


画面をタップし、最初の共同提案者の欄に「リリア」の名前を打ち込む。


誰かのための、誰かと作る行政。

灯り島の本当の街づくりは、ここから始まる。

今回もお読みいただきありがとうございました!


行政としてではなく、一人の「拓海」としてリリアに向き合ったことで、二人の距離が少しだけ縮まりました。 「この優しい世界観が好き!」「二人のこれからの島暮らしを応援したい!」と思ってくださったら、ぜひページ下部の【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ