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異世界に必要なのは行政でした ~元・役場の離島移住促進担当、勇者も魔王も受け入れます。チートなし異世界内政/開拓スローライフ〜  作者: nanananaca


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7/15

【記録 No.007】生活相談

相談所の机には、

昨日採取した金色の樹液と、

以前採取した透明な樹液が並び、

朝陽を受けて静かに光っていた。


窓の外では、フェルガが浜から運んできた丸太を一本ずつ積み上げている。


その足元では、二匹の子ドラゴンがペルの作った木のおもちゃを転がして遊び、ペルはその様子を眺めながら、新しい木片を黙々と削っていた。


拓海は行政リンクを開く。


昨日表示された【地域計画】は、そのまま残っていた。


+

【地域計画】


<< 利用可能事業 >>

□ 漁港整備

□ 保管庫建設

□ 地域加工所

※予算不足

+


ちょうどその時、

丸太を運び終えたフェルガが汗を拭いながら相談所へ入ってきた。


画面を覗き込み、不思議そうに眉を寄せる。


「昨日から気になっていたんだ」

「港や加工所じゃなくて、どうして最初が保管庫なんだ?」


拓海は机の上に置かれていた干し魚を手に取った。


「そうですね。分かりやすい例をあげると」

「例えばペルさん、この干物はどのくらい保存できると思いますか」


突然話を振られたペルは少し考え、窓の外へ目を向ける。


海霧がゆっくり浜辺を流れていた。


「……晴れが続けば、十日くらい」

「でも、この霧が続くと……もっと早い」


そう言って肩をすくめる。


拓海は干し魚を机へ戻し、その隣に並ぶ二本の樹液へ視線を移した。


「この島には、少しずつ価値のある物が増え始めています」

「ですが、それを守る場所がありません」


フェルガは樹液の瓶を見つめる。

拓海は続けた。


「収穫された食べ物の1〜2割は、食べられる状態でも捨てられているそうです」


「そんなにか!?」


思わずフェルガが声を漏らす。


「作れなかったからではありません」

「保管できなかったからです」


フェルガは干し魚と樹液を交互に見比べる。


「なるほど……」

「魚も、薬も、手に入れただけじゃ駄目なんだな」


「はい。行政では、防災用の備蓄でも、まず保管する場所を整えてから食料や資材を集めます」


「置く場所がなければ、備蓄は備蓄になりませんから」


フェルガは腕を組み、小さく笑った。


「竜も同じだ! まず巣を作る」

「餌を集めるのは、その後だ」


拓海も穏やかに頷く。


「考え方は近いですね」


その瞬間、行政リンクが淡く光った。


+

【地域計画】


 << 保管庫建設 >>

 実施条件を満たしています。


 受注者

 ・ペル(木材加工)

 ・フェルガ(資材運搬)

+


拓海は画面を閉じることなく二人へ向き直る。


「では、保管庫の建設を始めましょう」

「ペルさんには木材の加工を、フェルガさんには資材の運搬をお願いします」


二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。


「ただし、一つだけ条件があります」


フェルガが首を傾げる。


「無理はしないでください。特にフェルガさんは病み上がりです」

「急ぐ仕事ではありません。体調を優先します」


フェルガは苦笑する。


「分かっている」

「さすがに昨日みたいには無茶はしない」


そのやり取りを聞いていた子ドラゴンたちが、一斉に駆け寄ってきた。


「ぼくも!」

「わたしも!」


「おてつだいするー!」


フェルガは困ったように笑う。


「こらこら、あなたたちは遊んでいなさい」


「やだ!」

「はこぶ!」


丸太へ向かおうとする二匹の前で、拓海はしゃがみ込んだ。


「ありがとうございます」

「でも、そのお願いはできません」


「どうして?」

「おてつだいしたいのに!」


拓海は二匹の目を見て、ゆっくりと言葉を選んだ。


「子どもには、子どもの仕事があります」

「いっぱい遊んで、いっぱい食べて、大きくなることです」


「その代わり、大人には働く責任があります」

「もし皆さんに働いてもらったら、大人がその責任を果たせなくなってしまいます」


フェルガが静かに目を細めると、

拓海は少し笑った。


「でも、一つだけお願いがあります」


二匹は同時に顔を上げる。


「お母さんが頑張りすぎていないか、見ていてください」

「疲れていたら、ちゃんと休むように教えてあげてください」

「それは、ご家族にしか頼めない大切な役目です」


二匹は顔を見合わせる。


「ぼくたちだけ?」


「はい。お母さんを守れるのは、お二人だけです」


二匹はぱっと笑顔になった。


「まかせて!」

「ちゃんとみる!」


フェルガは思わず吹き出す。


「……それは心強いな」


そう言って子どもたちの頭を優しく撫でた。





朝の海霧は、数日前よりも少し薄くなっていた。

相談所の裏手には、新しく切り出した丸太が何本も積まれ、浜辺ではペルが鉋を引いている。


シャッ、シャッ――。

一定の音だけが波音に混ざって響く。


少し離れた場所では、フェルガが丸太を肩に担ぎ、ゆっくりと運んでいた。


傷はほとんど癒えていた。


それでも拓海が一度に運ぶ本数を決め、途中で必ず休憩を挟ませているため、作業は急がず確実に進んでいた。


二匹の子ドラゴンは、その近くで石を積み上げたり、ペルが作った木のおもちゃを転がしたりして遊んでいる。


時折、フェルガが休憩するたびに駆け寄っていき、「だいじょうぶ?」と顔を覗き込むのが、最近の日課になっていた。


相談所の中で、拓海は行政リンクを開く。


+

【地域計画 進行状況】


<< 保管庫建設 >>

進捗 12%


<< 加工所予定地 >>

測量完了


<< 資材備蓄 >>

更新

+


数字だけ見れば遅い。


だが、6人だけで暮らしながら進めていることを考えれば、予定どおりと言っていい。


拓海は画面を閉じ、小さく頷いた。


「行政は、急いで作るより、途中で止まらないことの方が大切です。今くらいの進み方が、一番長続きします」


ちょうどその時だった。


「拓海」


外からフェルガが顔を覗かせる。


「最後の丸太を運び終えた。今日はここまででいいだろう?」


「はい。十分です。病み上がりで無理をされても困りますから」


「そう何度も言われると、本当に無理をしている気分になるな」


苦笑しながら額の汗を拭くフェルガの後ろで、子どもたちが「おわったー!」と声を上げる。


その光景を見ていた拓海は、ふと眉を寄せた。


「……そういえば」

「ここ数日、リリアさんを見かけませんね」


フェルガは少しだけ目を細め、何か納得したように笑った。


「新しい樹液を使った日、お前はあの子に「これからは自宅で静かに暮らしてください」と言っただろう」


「ええ」


「あの子は、その言葉をそのまま受け取ったんだ」


拓海は首を傾げる。


フェルガは丸太へ腰を下ろし、海を眺めながら続けた。


「命令されることには慣れている。勇者だった頃は、それが当たり前だったからな。でも、自分で考えて、自分で決める暮らしは知らない」


「相談所へ行ってもいいのか。行かなくてもいいのか。そんなことさえ、自分では判断できなくなっているんだろう」


その言葉を聞いた瞬間、行政リンクが淡く光る。


+

【巡回相談】

相談受付がない住民については、

職員による訪問相談を推奨します。

+


拓海は画面を見て、小さく息を吐いた。


「なるほど……こちらが来るのを待っているのではなく、相談するという発想そのものが浮かばない可能性がありますか」


「そういうことだ」


フェルガは静かに頷いた。


「困っている者ほど、自分から助けを求められない。それは人族も竜も変わらんだろう」


その会話を聞いていたペルが立ち上がる。


「……ぼくも」


一緒に行こうと一歩踏み出しかけると、フェルガが穏やかに首を振った。


「今日はやめておこう」


「……?」


「あの子は今、自分を誰にも見られたくないはずだ。まして、自分より先に居場所を見つけたお前が隣にいたら、余計に話しづらくなる」


ペルは少しだけ考え、静かに頷く。


「……わかった」


拓海は立ち上がり、帽子を手に取った。


「では、少し様子を見てきます」


波の音だけが、静かな朝の島に響いていた。





海沿いの小道を抜けると、

小さな木造の家が見えてきた。


フェルガ親子たちの大型住宅とは違い、

一人で暮らすには十分な広さだ。


窓からは海が見える。

波の音が静かに聞こえていた。


拓海は玄関の前で足を止める。

家の脇には薪が積まれていた。


だが、数日前に渡した時とほとんど高さが変わっていない。


軒先には小さな水桶。


水は半分ほど残ったまま、

表面には細かな砂が浮いていた。


玄関脇には木箱が一つ。

相談所から届けた生活用品だった。


蓋は開いている。


だが、中には包帯や食器がそのまま残っていた。

必要最低限の物しか持ち出していないらしい。


拓海は静かに行政リンクを開く。


+

【生活確認】


居住:確認

訪問履歴:なし(4日)

相談所利用:なし(4日)

生活活動:推定低下


※訪問確認を推奨します

+


拓海は小さく息を吐いた。


薪はほとんど減っていない。

生活用品も手つかずのまま残っている。


暮らしてはいる。


だが、ここで新しい生活を始めようとしている気配は、どこにもなかった。


拓海は玄関の前へ歩み寄り、ゆっくりと扉を叩く。


「リリアさん。拓海です」


返事はない。


少し待ってからもう一度声を掛けようとした、その時だった。


家の奥で、小さく何かが倒れる音がした。





小さな呼吸が聞こえた後、

扉が勢いよく開いた。


「わっ、ごめん! ちょっと待って、今片付けするから!」


言いながらリリアは、玄関脇に置いてあった空の木箱を慌てて壁際へ寄せる。


部屋は十分きれいだった。


「なんか片付けるのが癖になっちゃってさ。はい、どうぞ」


拓海は一礼して家へ入る。

潮風が窓から静かに吹き込み、薄いカーテンを揺らしていた。


「お茶くらいしか出せないけど、ちょっと待っててね」


リリアはすぐに湯を沸かし始める。

慣れた手つきだった。


「砂、入ってないかな。あ、椅子大丈夫?」

「このコップ欠けてないよね?」


湯呑みを置きながら笑う。


「それで?」

「今日はどうしたの?」


拓海は湯呑みに手を伸ばしながら答えた。


「最近、相談所へお見えになっていませんでしたので。何かお困りごとでもあるのかと思いまして」


「……ああ、そのこと?」


リリアは照れくさそうに笑う。


「大丈夫、大丈夫。島に来てから色々あったでしょ?」


「ちょっと疲れちゃっただけ」

「少し休んだら、もう元気だから」


拓海は返事をせず、部屋をゆっくり見渡した。


使われている食器は一組だけ。

薪はほとんど減っていない。


窓は開いているのに、洗濯物は見当たらない。


読みかけの本は、同じページを開いたまま机に伏せられていた。

壁際には、布を掛けられた一本の長いものが立て掛けられている。


柄だけが少しだけ覗いていた。


その時、行政リンクが静かに淡く光った。


+

【生活相談】


<< 推奨支援 >>

・自立支援

・就労支援

・住民登録

+


拓海は画面へ一度だけ目を落とし、静かに口を開いた。


「……リリアさん。正式に灯り島の住民になりませんか?」


笑顔が、ほんの少しだけ止まる。

部屋に、小さな沈黙が落ちた。


リリアはしばらく俯いたまま湯呑みを見つめ、

やがて小さく笑う。


「ねえ、今日来たのって……」

「拓海さんとして?……それとも、行政の人として?」


「もちろん、行政担当としてです」


その返事を聞くと、リリアは静かに立ち上がる。

窓の向こうでは、海霧がゆっくりと流れていた。


「……そっか……そうだよね」


少しだけ息を吸い、

振り返らないまま絞り出した。


「行政の人として来たなら……」

「今日は……帰ってくれるかな」


「……ごめんね」


部屋が静まり返る中、

行政リンクだけが、機械的に支援制度を表示し続けていた。

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