【記録 No.006】地域振興
相談所の机の上で、行政リンクが淡く光っていた。
画面に浮かび上がった【寄附募集・返礼品設定】の文字を見つめ、拓海はぽつりと言った。
「……やはり、ふるさと納税ですね」
+
【地域振興】
寄附募集
返礼品設定
地域PR
特設ページ作成
+
静かに頷くと、
リリアが横で首を傾げる。
「だからその、“ふるさと納税”って何なの?」
拓海は画面を見たまま答えた。
「簡単に言えば——地域を応援したい人から寄附を受け、そのお礼に特産品を贈る制度です」
「私の世界では、"ふるさと納税"と呼ばれてた地域振興制度ですね」
「じゃあ、お金持ちからお金をもらうの?」
「寄附です」
「……それって、同じじゃない?」
「違います」
ペルは話を聞かず、相談所の扉の蝶番を押している。
ギィ……
「……鳴る」
拓海は軽く振り返りながら、
優しく伝えた。
「後でお願いします」
「……うん」
ペルが手を離すのを確認すると、
拓海は再び画面へと視線を戻した。
+
【返礼品登録】
未登録
+
「候補は……今のところ、これですかね」
拓海は机の上に金色の樹液の瓶を置くと、
リリアが慌てて手を伸ばす。
「待って! いきなりそれは駄目!」
「これは驚きました。リリアさんも取り乱したりするのですね」
「あなたといると、自然と……ね」
「一応、理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「……希少すぎる。王都なら争いになるレベルの代物だよ」
拓海は「なるほど」の顔をした後、
画面を戻し別の候補を表示した。
+
【返礼品候補】
□ 魚
□ 木工品
□ 未登録資源
+
ペルが小さく手を挙げる。
「……魚」
拓海は少し考えた後、
頷いた。
「そう言えば、干物も作ってましたね」
「……うん」
リリアが笑う。
「それなら平和かな」
拓海は次の項目を押した。
+
【地域PR】
テンプレートを生成しますか?
<< 作成する >>
+
「作成してみましょうか」
光が走ると数秒後、
画面が刷新された。
==========
「灯の島へようこそ」
豊かな自然
安心して暮らせる島
笑顔あふれるまちづくり
【町長あいさつ】
準備中
【おすすめ情報】
準備中
【新着情報】
ありません
<< 公開しますか? >>
▶ はい いいえ
→ 公開について
==========
リリアが眉を寄せる。
「うわぁ……誰が寄附したくなるのこれ」
拓海は画面を見たまま答えた。
「行政です」
「なんでも行政じゃん」
「それに、この島の町長って拓海さんじゃないんだ」
「……町長になってくれる人も、探さないといけませんね」
リリアは頭を抱えた。
「それにしても、もっと何かあるでしょ!」
「例えば、どんなものが島の特産品になりそうでしょうか」
「えっと……」
「…………」
「…………」
「……ごめん。やっぱり無いかも」
拓海は静かに頷いた。
「島の特徴は、まだ調査途中ですから」
リリアは少し悔しそうに画面を見た。
「そう言われると、そうなんだけど……」
「安易に特産品として認定してはいけません」
「事実確認前に掲載するのは適切ではありませんから」
「真面目すぎる!」
リリアは最後に記載されている項目、
「公開しますか?」を見つめ首を傾げる。
「これ"公開"って表示されてるけど、誰に公開されるんだろ?」
「私も分かりません」
「説明を確認してみましょう」
拓海が「→ 公開について」に触れると、
画面が静かに切り替わる。
+
【地域公開】
登録した地域情報を、
行政通信網を利用して公開します。
公開された情報は、
行政通信網へ接続可能な行政機関のみ閲覧できます。
公開には地域情報の登録が必要です。
公開後も内容は随時更新できます。
※地域情報は承認後に配信されます。
※公開先が存在しない場合は配信されません。
<< 閉じる >>
+
「……字、いっぱい」
画面に広がる字を眺めて
ペルが小さく口を開くと、
拓海が反応する。
「行政ですから」
注意事項を最後まで読み終えると、
拓海は小さく頷いた。
「なるほど」
「どうやら、行政通信網へ接続できる行政機関が存在する場合のみ、公開される仕組みのようです」
リリアは腕を組みながら
画面を見ながら尋ねる。
「つまり……」
「見る相手がいなかったら意味ないってこと?」
「そういうことですね」
拓海は少し考えると
深呼吸をした。
「仕組みは理解しました」
「公開しても問題はなさそうです」
解説の画面を閉じ、
選択肢へと戻る。
+
<< 公開しますか? >>
▶ はい いいえ
+
拓海は迷わず 「はい」 に触れると、
画面が推移していく。
+
【公開】
公開先を検索しています
検索中……
検索中……
+
三人は黙って画面を見守ると、
表示が止まった。
+
【公開可能自治体:0件】
+
リリアが肩を落とす。
「やっぱりね」
「この島は、公には発見されていませんから」
「仕方ありません」
拓海も頷いた。
その時、画面が小さく揺れた。
+
【再検索を実行中】
+
「……まだ何かありそうですね」
もう一度、画面が淡く光る。
+
【外部行政:1件検知】
名称 :認証前
所在地 :認証前
通信状態 :接続待機
+
部屋が静まり返えると、
リリアが思わず身を乗り出す。
「この島以外にも……行政ってあるの!?」
「……詳細は認証後に開示、のようですね」
画面が静かに切り替わる。
+
通信中……
応答待機……
認証を確認しています……
+
数秒後。
+
【通信失敗】
原因:認証情報が一致しません
詳細情報を取得できませんでした
+
光が静かに消えた。
静寂の中、消えた画面を見つめたまま、拓海が小さく呟く。
「……島の外にも」
「……同じように行政が存在する」
その言葉は、
誰へ向けたものでもなかったが、
リリアは戸惑ったように拓海を見る。
"行政"
その言葉が、
灯の島だけのものではない――。
そんな可能性など、
誰も考えたことがなかった。
◇
翌朝、大型住宅を訪れると、
フェルガはゆっくりと身体を起こしていた。
子供たちは母親の周りを飛び回り、
昨日までの不安が嘘のように笑っている。
「おかあさん、あるける?」
「もういたくない?」
フェルガは優しく子供たちの頭を撫でた。
「まだ少しだけね」
「でも、大丈夫」
その様子を見て、リリアも安堵したように笑う。
「思ったより回復が早いね」
「昨日の樹液、本当に効いてるみたい」
フェルガは拓海へ向き直った。
「……ありがとう」
「あなたがいなければ、私は助からなかった」
拓海は静かに首を振る。
「相談を受け、対応しただけです」
フェルガは苦笑し、
少しだけ部屋が和んだ。
「身体が動くようになったら、今日にでも島を出るつもりだ」
リリアが目を丸くする。
「え? どうして!?」
フェルガは子供たちを見つめながら続けた。
「助けてもらった恩は忘れない。だが、これ以上迷惑は掛けられない」
「私たちは人族ではない。ここは私たちの居場所じゃない」
ペルは道具袋をごそごそと探ると、
小さな木箱を取り出し、拓海へ差し出した。
「……これ」
箱の中には、小さな木のおもちゃがいくつか入っていた。
ころんと転がる木玉。
羽の付いた小さな風車。
手で押すと車輪が回る動物の玩具。
どれも丁寧に磨かれていて、角も丸く削られている。
拓海は少し驚いた。
「これは……」
ペルは照れくさそうに目を逸らした。
「……ちび」
「……あそぶ」
大型住宅で眠っているフェルガと、子どもたちを思い浮かべたのだろう。
拓海は木のおもちゃをそっと手に取る。
「ありがとうございます。きっと喜びます」
「……うん」
ペルは小さく頷くだけだった。
フェルガはその姿を見て、不思議そうに尋ねる。
「その子は……?」
「ペルさんです」
「昨日、灯り島の住民第一号として登録されました」
フェルガは驚いたように目を見開く。
「住民……?」
「人間では、ないのに?」
「この島では、種族は関係ありませんから」
「ここで暮らしたいという意思があり、この島で共に暮らせるのであれば、住民です」
部屋が静まり返る。
フェルガは拓海を見つめたまま、小さく息を呑んだ。
「……私も?」
その瞬間だった。
行政リンクが淡く光る。
+
【地域計画】
住民受入に伴い、
実施可能な事業があります。
+
画面が切り替わる。
+
【利用可能事業】
□ 保管庫建設
□ 漁港整備
□ 地域加工所
+
さらに表示が続く。
+
必要労働力:達成
協力可能住民
・ペル
・フェルガ(回復後)
+
フェルガは画面と拓海を見比べた。
「……まだ、住民でもない私が?」
拓海は静かに首を振る。
「これは、受け入れを想定した地域計画です」
「行政は現在だけでなく、その先を見据えて計画を立てます」
リリアが肩をすくめる。
「つまり、もう戦力として数えられてるってこと?」
「いいえ」
拓海は画面を少し送った。
新しい項目が表示される。
+
【移住支援】
対象世帯:母子世帯(予定)
利用可能制度
・移住支援住宅
・子育て支援
・生活再建支援
・就労支援
灯り島移住支援事業
支援金:対象
+
フェルガは目を丸くした。
「……母子世帯とは?」
「フェルガさんは、お子さんがお二人いますので」
「灯り島では、子どものいる世帯を優先して支援します」
「……そんな制度まで」
「人族の暮らしはよく知らないが……普通なのか?」
フェルガは画面からリリアへと
視線を変えて尋ねた。
「いや、こんな制度……王都でも聞いた事ないよ」
拓海は淡々と答えた。
「住む場所を提供して終わりではありません」
「安心して暮らせるようになるまで支援するのが行政です」
リリアは思わず苦笑した。
「……本当に行政って、なんでもありなんだね」
その横で、ペルが小さく手を挙げた。
「……ペルにも何かある?」
拓海は頷く。
「もちろんです」
「ペルさんは住民第一号ですから」
ペルは少しだけ嬉しそうに胸を張った。
「……いちばん」
フェルガはその姿を見て、
どこか表情を和らげると静かに頭を下げた。
「……私たちでも、暮らしていいのか?」
「もちろんです」
拓海はリリアへ向き直る。
「それから、リリアさん。ここ数日、本当にありがとうございました」
「いきなり改まって、どうしたのよ」
「フェルガさんの容体も落ち着きましたし、明日からは、ご自宅でゆっくりお過ごしください」
「これからは、静かに暮らしていただいて大丈夫です」
リリアは一瞬だけ目を丸くした。
それから、小さく笑う。
「……そっか」
「もう、大丈夫だもんね」
リリアはその後、
皆の会話に参加する事もなく、
何かを考えるように俯いていた。
——その後
海辺の家に戻ったリリアは、
相談所へ顔を出さなくなった。
◇
ここは、どこか別の行政機関。
静かな執務室で、一つの通知音が鳴った。
《未認証行政機関から通信要求を受信しました》
監視端末のランプが一瞬だけ赤く点滅する。
+
【自動判定】
通信元:認証不能
原因:行政コード未登録
処理:ログ保存
+
数秒後、画面は何事もなかったように
待機画面へ戻った。
誰も、その記録を見る者はいなかった。




