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異世界に必要なのは行政でした ~元・役場の離島移住促進担当、勇者も魔王も受け入れます。チートなし異世界内政/開拓スローライフ〜  作者: nanananaca
第一章 灯り島行政相談所

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【記録 No.005】地域資源調査

朝の海霧が浜の上を流れていた。

白い霧の向こうで、波の音だけが静かに響いている。


船のそばには、細い干し網が掛けられていた。


網の端に、小さな魚が二匹。

まだ完全には乾いていない。


船の横には、灰の残った焚き跡がある。


黒くなった石が三つ。

その横には、折れた枝と、小さな木片が並べられていた。


拓海は生活の跡を見つけると

足を止めた。


豪華なものは何もないが、

必要なものだけがきちんと残されている。


拓海は横にいるペルに声をかけた。


「いい場所ですね」

「ここで暮らしているんですか?」


ペルは船の縁に腰をかける。

道具袋を開きながら、少しだけ足を揺らした。


「……うん」


袋の中から取り出したのは、削りかけの木片。

それから、乾いた魚の皮。


小さな貝殻。

欠けた道具の柄。


一つずつ並べていく。


「……みて」


拓海はしゃがみ込んだ。


「これは……?」


ペルは木片を指で撫でる。


「……直してる」


「壊れたものをですか?」


「……使えるから」


ペルが当たり前のように答えるので、

拓海は少し笑った。


「大切に使っているんですね」


ペルは少しだけ考える。


「……道具」

「捨てたら」

「かわいそう」


(物を大切にする。それは職人というより、この子自身の生き方なのかもしれない)


「魚は、毎日ここで捕っているんですか?」


「……うん」


「足りていますか?」


ペルは海を見る。


「……今は、魚いる」

「……でも、場所は変わる」


拓海はその言葉に反応した。


「魚が取れる場所も、変化するんですか?」


ペルは頷く。


「……海」

「同じじゃない」


浜から潮の流れ、

砂の形、岩場の位置を見渡す。


空白の多い地図を開くと、

未調査の海岸線が続く。


「そうですね」

「森だけ見ていても、島のことは分かりませんね」


ペルは地図を覗き込む。


「……ペルもまだ」


指で海岸線をなぞる。


「……船」

「止めた場所」

「少しだけ」


拓海は記録欄に一つ追加した。


+

【地域調査項目】

未調査区域

・森林部

・海岸部

・沿岸域

+


腕時計を確認しながら

拓海はペルに声を落とす。


「そろそろ行きましょうか」


「……確認ですが、今日は行政の調査です」

「遊びでもお仕事でもありませんよ?」


ペルは道具袋を肩にかけると

少しだけ拓海を見ながら声を返す。


「……知ってる」

「……でも」


拓海を先行するように踏み出した一歩は、

軽やかに地面を離れた。


「……行く」


拓海は小さく笑った。


「分かりました」

「では、調査員補助ということでお願いします」


ペルは少し考えた。


「……補助」

「……仕事?」


「仕事ではありません」


「……じゃあ」

「……手伝い」


「はい」


ペルは満足したように歩き出した。


足音が一つ増えた。

二人は森へ向かった。





森に入ると、湿った土の匂いが強くなった。

枝の影が地面に重なっている。


拓海は地図を眺め、

前回の記録を軽く確認した。


「このあたりは、前回の調査範囲の外ですね」


ペルは返事をせず、周囲を見ていた。


小さな花が一つ、海霧を吸って開くと

薄い青の花弁が現れ、すぐ閉じた。


ペルが拓海の袖を軽く引いた。


「……だめ」


拓海は足を止めた。


花弁の裏側から細い糸が伸び、

近くの虫を絡め取ると、花はまた閉じた。


拓海は少しだけ目を細めた。


「なるほど。こういう仕組みなんですね」


ペルは花を見たまま言った。


「……へんなの」


二人はそのまま進んだ。


少し歩くと、ペルが立ち止まり

木の幹に耳を当てる。


指で木肌をなぞる。

樹皮を少しだけ削る。

切り口を見た。


「……まだ若い」


別の木へ向かい、幹を叩く。

匂いを嗅ぐ、を繰り返す。


「……こっち」


拓海が近づくと、枝の途中に小さな穴があった。

そこから金色の樹液が滴り落ちている。


透明に近かった前回の樹液とは違い、

今回のものは淡い金色をしていた。


光を当てると、

内部に細かな粒子のようなものが浮かんでいる。


拓海は行政リンクを開いた。


+

【地域資源】

名称:未登録

採取地点:灯の島 北東森林区域

分類:植物由来資源


【成分解析】

回復作用:確認

傷口修復促進:確認

+


「……やはり回復効果があるようですね」


拓海は少し驚いたが、

その下に続く表示は見慣れないものだった。


+

【用途情報】


・高位治癒薬

 主要原材料


・生命活性剤

 精製素材


・名称未登録素材

+


拓海は画面を見つめた。


「……高位治癒薬?」


ペルは首を傾げる。


「……すごい?」


「私には判断できません」


採取瓶を取り出し雫を掬うと、

瓶の底に落ちていくのをしばらく眺めた後、

瓶を布で包み行政調査鞄へと収めた。


「戻って確認しましょう」

「リリアさんなら、何かご存知かもしれません」


その時、穴を見ていたペルが

ふと何かに気づいてしゃがんだ。


苔玉にしか見えない

石を一つ拾うと灰色の欠片。

表面に薄い直線がある。


「……切ってる」


ペルは欠片を指で押さえた後、

自然に割れたものではない直線を

見せるように拓海に渡した。


「……まるで、人が加工した跡のようですね」


その時、

森の奥から風が抜けた——


木々の葉が揺れる。

しかし、不思議なことに、

周囲の枝はほとんど揺れていない。


まるで、一方向だけ

何かが風の通り道を作っているようだった。


拓海は顔を上げると

声を漏らした。


「……この森、風の流れが変ですね」


ペルは欠片を見たまま頷く。


「……ここ」

「風、通る」


周囲には木々が密集している。

普通なら風が抜ける場所ではない。


なのに、

一定の方向へ空気が流れている。


拓海は行政調査鞄から

地図を取り出す。


+

【地域資源調査】

対象:未知樹液

採取地点:北東森林区域

環境:湿潤地帯

周辺生態:未登録


【未確認事項】

・局所的な風向変化

・人工物が存在する可能性

+


「……昔のもの」


ペルが横から短くつぶやくと、

拓海は少し驚く。


「分かるんですか?」


ペルは欠片を指で撫でると

静かな視線で語る。


「……削り方、古い」

「でも、自然じゃない」


拓海は少し考えた後、

その欠片も調査鞄へ収めた。


「……調査項目に追加しておきましょう」


「……まだある」


ペルが森の奥を見ると、

拓海も同じ方向を見つめた。


木々の向こうは何も見えない。

光も届かない。


この島にはまだ、

記録されていないものがある。

そんな気がしていた。





二人が森を抜け、相談所へ戻ると、

リリアが椅子に座っていた。


「あ、帰って来た」

「フェルガの様子、見てきたよ」


拓海は礼を言うと、

採取瓶を取り出した。


「森で新しい樹液を見つけました」


リリアは瓶を見る。


「なんか、前のと色が違くない?」


「はい。それなんですが」


拓海は行政リンクを開き、

リリアに画面を見せた。


+

【地域資源】

対象:未知樹液

採取地点:北東森林区域


【成分解析】

回復作用:確認

傷口修復促進:確認


【用途情報】

高位治癒薬

主要原材料

生命活性剤

精製素材

+


『……高位治癒薬、という表示が出ているのです』


リリアが画面を覗き込んだ瞬間、その顔が劇的に強張った。


「高位治癒薬……!? ちょっと待って、これ、本当に北東の森で採れたの!?」


「ええ、ペルさんが見つけてくれました」


「冗談でしょ……!」


リリアは椅子を蹴立てんばかりに身を乗り出し、金色の瓶を見つめた。


「これ、戦場で使われてた『死にかけた英雄を無理やり戦線復帰させる』ための、国家予算レベルの聖薬だよ!? 王都の大神殿でも年に数本しか精製できない幻の材料。こんなものが自然に採れるなんて聞いたことない!」





三人は大型住宅へ向かうと、

フェルガはまだ横になっていた。


拓海は採取瓶の蓋を開けた。


「前回と同じように、使ってみましょうか」


するとリリアが首を振った。


「待って」


拓海が止まる。

リリアは瓶を受け取った。


「……前の樹液は傷口を塞ぐためのものだけど」

「……多分、これは違うと思う」


樹液を少量だけ布に染み込ませた。


「このままだと濃すぎるから」

「まずは薄く、体が受け入れるか確認した方がいい」


フェルガの傷へ当てると、

明らかに早く、傷口の周囲の腫れが引いていく。


拓海は静かに息を吐いた。


「……前回よりも効果がありますね」


リリアは傷口を見つめながら、小さく頷いた。


「でも、これ程の強さだと人間にはもっと薄めないと使えないかも」


その時だった。


横になっていたフェルガの指先が、ぴくりと動く。

ゆっくりと瞼が震え、閉じていた目がわずかに開いた。


「……これ、は……」


掠れていた声は、

生命を感じさせる声へと変わった。


拓海はすぐに身を乗り出した。


「無理に話さなくて大丈夫です。治療は順調です」


フェルガは拓海を見つめると

やがて、小さく息を吐いた。


「……助かった、のか」


「ええ。その可能性は高くなりました」


「……そうか」


その言葉を聞くと、フェルガは安心したように再び目を閉じた。

今度は苦しさではなく、眠るように静かな呼吸だった。


部屋に安堵が広がる。


しかし、その空気の中で一人だけ、

リリアは黙って樹液の瓶を見つめていた。


(……これで、よかったんだよね)


小さく視線を伏せるが、

その様子には誰も気付かなかった。


拓海は行政リンクに表示された樹液の情報を見つめ、

ペルは初めて間近に見る、紅竜族の寝息を静かに聞いていた。





フェルガの治療を終え相談所へ戻ると、

拓海は残った金色の樹液が入った瓶を机の上に置いた。


+

【地域資源】

名称:未登録樹液

採取地点:北東森林区域

効果:回復作用

用途候補:

・高位治癒薬素材

・生命活性剤素材


保存状態:未確認

+


拓海は表示を見つめる。


「……問題がありますね」


リリアが首を傾げる。


「問題? これで島の医療問題は解決するんじゃないの?」


拓海は顔少し左右に振る。


「もし本当に高位治癒薬の材料なら、島で保管するだけでも適切な管理が必要になります」


「保存期間や劣化条件、必要設備など、それを扱う準備がありません」


少し間をおいて、リリアは顔を上げた。


「つまり、価値はある」

「けど、今の状態ではその価値を活かせないわけだ」


その時。

行政リンクが淡く光った。


+

【行政判断補助】

対象:未登録地域資源

確認事項:

・利用目的

・保管方法

・流通経路

・管理体制

+


拓海は画面を見る。


「……やはり、この辺りが課題ですね」


+

【現在の課題】

資源価値:高

管理能力:不足

流通経路:未確立

+


「持っているだけでは意味がない、ということでしょうか」


小さく息を吐くと同時に、

画面が切り替わる。


+

【解決案候補】


① 医療資源として備蓄

必要条件:保存設備


② 外部提供による収益化

必要条件:交易経路


③ 地域資源として公開

必要条件:広報・受付機能


<< 地域資源として公開 >>

+


拓海が『地域資源として公開』を選択すると、バインダーが今までで最も強く、眩い光を放ち始めた。


遅れて表示されたのは、拓海の元の世界にあった、あまりにも馴染み深い「あの地域振興制度」の文字だった。


(……まさか、異世界でこれを使うことになるとは)


拓海は目を細め、そのシステム起動ボタンを静かに押し込んだ。

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