【記録 No.004】住民登録(ペレア族)
「……あの」
少しだけ言葉を探すように黙る、小さな子ども。
「この島に、住んでもいいかな?」
その言葉を聞いた瞬間、拓海のバインダーがひとりでに淡く光った。
扉の向こうに立っていた訪問者を見つめ、
拓海の表情が、初めてわずかに崩れた。
外見は十歳前後。
しかも一人。
保護者もいない。
行政としては、住民登録以前の問題だった。
拓海はバインダーを開き、淡い光を呼び起こした。
+
【相談種別】
<< 児童保護 >>
<< 優先確認事項 >>
保護者
居住歴
健康状態
+
「まず、お話を聞かせてください」
「どうして、この島へ?」
子供は少しだけ俯いて、掠れた声で答えた。
「……追い出された」
「以前はどちらで暮らしていましたか?」
「……海」
「船で暮らしていたんですか?」
「……うん」
リリアが不思議そうに尋ねた。
「島に来る前の住所や、暮らしていた場所なんて聞いて、どうするの?」
拓海はバインダーを閉じ、いつもの落ち着いた口調で答えた。
「行政には、その人がどこから来たのかを確認する役目があります」
「迷子なのか、家を失ったのか、それとも誰かが探しているのか。対応が変わる可能性がありますから」
「必要なら記録は残します。ですが、それは行政が預かる情報です」
リリアが首を傾げる。
「じゃあ、私が前にどこに住んでたかも?」
「はい。ご本人が希望されれば記録できますし、希望されなければ記録しません」
「……行政って、やっぱり変」
拓海は少しだけ笑う。
「住民同士に必要なのは住所ではなく、これから一緒に暮らすことですから」
リリアは「ふーん」と頷き、
それ以上は聞かなかった。
拓海は改めて
小さな訪問者に視線を向ける。
「では、次の確認です」
「この島へは、どうやって来たんですか?」
「……船」
「船ですか」
「今も使える状態ですか?」
「……うん」
「怪我はありませんか?」
「……ない」
乗って来た舟が残っているなら、
荷物も無事だろう。
見る限り怪我も無さそうだ。
そう考えると、拓海は少し安心した。
「今、その船は?」
「……ある」
「どこへ係留していますか?」
「……浜」
リリアが小さく息を飲む。
「……ねぇ」
「……その耳って……もしかして君、ペレア族?」
子どもが小さく頷づくと、
拓海はリリアに尋ねた。
「この子について、何かご存知なのですか?」
「少しだけね」
リリアは記憶を辿るように目を細めた。
「……すごく珍しい種族って聞いたことがある」
「みんな子どもみたいな姿で、何百年も生きるって」
「それに……」
「船を造るのがとても上手らしいから、海を旅しながら暮らしてるって」
少し首を傾げる。
「でも、人前にはあまり姿を見せないはずなんだけど……」
拓海はバインダーを少しだけ閉じ、改めて穏やかな声で聞いた。
「お名前はありますか?」
「……あったけど覚えてない」
拓海は少し考えてから言った。
「……では、仮のお名前が必要ですね」
「……ペレア族ですから……レアさんで」
リリアが即座に突っ込む。
「安直過ぎ!」
「"ペ"だけ残してペルとかの方が可愛いよ!」
ペレア族は少しだけ考えて、
ぽつりと言った。
「……ペル」
拓海は小さく微笑んだ。
「ではペルさんにしましょうか」
「まずは座ってください」
ペルが少し躊躇しながら椅子に腰を下ろすと、
拓海はバインダーを開き直した。
「昨日は、どちらで休みましたか?」
「……浜」
+
【現在の生活】
住居なし
野営生活
+
「食事はどうされてますか?」
「……魚」
+
【生活状況】
自活可能
+
「この島に住みたい理由を教えてください」
ペルは少し黙った。
「……帰る場所がない」
「どんな暮らしを望みますか?」
「……静か」
+
【生活希望】
静穏環境
+
「一人で暮らしたいですか?」
「……近くには人」
「でも、一人」
+
【居住希望】
集落近接
単独住宅
+
「一人の時間は必要ですか?」
「……や」
+
<< 共同生活適性:中 >>
+
「困った時は相談できますか?」
ペルは少し考えた。
「……する」
「現時点で保護と生活支援が必要と判断しました」
「ここからは住民として受け入れられるか確認します」
+
【生活支援対象】
該当
【定住支援 発動】
<< 情報不足 >>
<< 適性判定中 >>
+
「海と森なら、どちらが落ち着きますか?」
「……海」
光が更新された。
+
<< 希望:海が近い場所 >>
<< 海辺適性:高 >>
+
「すぐ働きたいですか?」
ペルは少し迷ってから、小さく頷いた。
「……できる」
光がまとまる。
+
【定住支援計画】
<< ペル >>
希望住居:海沿い
優先事項:働く場所
就労:希望
【判定】
生活支援対象 該当
【 住民登録】
承認
【住民票】
氏名 ペル
住所 灯の島
海浜区 一番浜
海浜住宅 一号
<< 登録完了 >>
+
拓海は静かに微笑んだ。
「ありがとうございました」
光が消えると、
拓海はバインダーを閉じた。
「これで今日から、ペルさんは正式にこの島の住民です」
「……住民」
「……帰る場所」
ペルが小さく頷いた様子を、
リリアは少し離れた場所から見つめていた。
(住民票……か)
昨日まで、この島には
居場所すらなかった子が、
たった今、この島の住民になった。
種族も関係ない。
どこから来たかも問われない。
なのに——
「ここで暮らしたい」
その一言だけで受け入れられた。
リリアは知らず知らずのうちに、自分の胸元へ手を当てていた。
(……私は、どうしたいんだろ)
拓海は何一つ変わらない笑顔で、ペルに頭を下げている。
「これからよろしくお願いします」
「……変な島」
思わず彼女から漏れたその言葉は、
呆れではなく、少しだけ羨ましさが混じっていた。
拓海は地図を広げた。
「海沿いの小屋が空いています。住んでみて、必要なら相談してください」
「……わかった」
そう言うと、
ペルは立ち上がり道具袋を肩にかけ直す。
相談所を出る直前も、何度も相談所を振り返った。
その視線の先は拓海やリリアではなく、蝶番、柱、窓枠、屋根などだった。
◇
翌朝。
相談所に入った瞬間、拓海は違和感を覚えた。
相談所の扉がスムーズに開く。
棚のぐらつきがなくなっている。
机の脚が直っている。
遊びに来たリリアも首を傾げた。
「……誰か来てたの?」
その時、扉が開くと、
ペルが立っていた。
「……直した」
拓海は一瞬言葉を失った。
「……ありがとうございます」
まず褒めてから、静かに続けた。
「とても助かりました。ただ、善意だけで仕事を続けると、お互い困ります」
ペルが少しだけ首を傾げる。
「依頼もなく働くと、あとで揉めます。だから仕事は先にお願いするんです」
ペルは少しだけ俯いた。
「……変」
「壊れたらまた呼ばれて、直すまで何日も帰れなかった。ご飯も、残り物だけ」
奴隷のように技術を搾取されていたのだろう。
ペルの小さな手が、道具袋の紐をきゅっと握りしめていた。
拓海は静かに、しかし断固とした声で答えた。
「ここでは違います。働く量も、報酬も、先に決めます」
ペルは驚いたように拓海を見上げた。
「……終わったら」
「本当に帰っていい?」
拓海は少しだけ驚いたあと、優しく頷いた。
「もちろんです」
「依頼した仕事が終われば、その日は終わりです。あなたの時間は、あなたのものです」
ペルはしばらく拓海の顔を見つめていた。
「……そうなんだ」
「……なら、やる」
拓海はバインダーを開いた。
+
【業務依頼】
発注者:灯り島行政
受託者:ペル
内容:相談所補修
報酬:保存食 2食
生活用品引換券
生活保障積立
+
◇
その日の午後。
相談所は見違えるように綺麗になっていた。
ペルが小さな木の棚を抱えて戻ってきた。
「……次」
リリアが小さく笑った。
拓海は微笑みながら頷いた。
「本日の業務は終了です。ありがとうございました」
ペルは少しだけ困ったように首を傾げた。
「……帰る」
拓海は頷く。
「はい。また依頼があればお願いします」
ペルは少しだけ嬉しそうに頷いた。
「……うん」
拓海は棚の採取瓶へ目を向けた。
樹液は一本だけ。
フェルガの治療を続けるには足りない。
「明日はもう一度調査へ向かった方が良さそうですね」
「……いく」
「依頼するお仕事ではありませんよ」
「……知ってる」
「それでも来たいのですか?」
「……うん」
「どうしてですか?」
少しだけ考えて、
「……行きたい」
◇
翌日の朝、
拓海とペルは調査に向かっていた。
「そう言えば、乗って来たお船はどちらにありますか?」
「……こっち」
岩陰の向こうに現れた船を見て、
拓海は足を止めた。
(……これは)
そこには、拓海が想像してよりも
ずっと大きく、ずっと綺麗な船が停泊していた。
船底には無駄がなく、
継ぎ目もほとんど見えない。
波に浮かぶ姿は、
まるで一羽の海鳥のようだった。
「この船は……ペルさんが造ったんですか?」
「……うん」
拓海は船に触れる。
木目は滑らかだった。
(……これを、一人で?)
バインダーが
呼応するように光った。
+
【地域計画】
港湾整備
担当候補 ペル
<< 検討開始 >>
+
最後に一行だけ浮かんだ。
+
<< 本人未申告事項:ペレア族(漂舟族•職人見習い) >>
+




