【記録 No.003】所在不明(未登録)
朝の光が相談所に差し込んでいた。
拓海は調査用の作業着に着替えると棚を開けた。
中には布袋や麻縄、小さなガラス瓶、木札が整然と並んでいる。
リリアが首を傾げる。
「そんなものまで置いてあるの?」
拓海は一本の小瓶を取り出した。
「調査用品です。植物や水を持ち帰るための採取瓶ですね」
「採取瓶?」
「現物がないと、後から確認できませんから」
バインダーが淡く光る。
+
【行政備品】
採取瓶 1本 貸出
採取袋 1枚 貸出
木札 3枚
+
「……私も一緒について行こうか?」
「いえ、これは行政の仕事ですので。リリアさんにお願いするとなると、対価をお支払いしなければならなくなります」
そのとき、大型住宅の方からフェルガの低い咳が聞こえた。
様子を見に近付くと、
拓海の表情がわずかに変わった。
+
【緊急保護 更新】
感染リスク:上昇
容体:やや悪化
+
拓海はバインダーを開き、地図を確認した。
+
【地域調査】
未調査区域:98%
+
「では、調べて来ます」
拓海は長靴の泥を払いながら履き、
バインダーを抱えて外へ出ると
リリアの方へ振り向いた。
「もしよろしければ、竜の親子達を見ていてもらえますか?」
「……うん」
「そのくらいなら、やってみる」
◇
大型住宅の部屋で、リリアはフェルガの傍らに座っていた。
フェルガは熱でうなされながら、小さく息を吐いた。
「……なぜ助ける……私たちは人族の敵だろう?」
リリアは静かに答えた。
「逃げなくていいよ。ここは、そういう島らしいから」
フェルガが薄く目を開けた。
「……お前の事も聞いたことがある……人族の勇者が……そんなことを言うなんて……」
「もう、勇者じゃないよ。ただのリリア」
フェルガはしばらくリリアの顔を見つめていた。
「……私はフェルガだ。あの男は……何者なのだ?」
リリアが顔を上げた。
「拓海さんのこと?」
「……ああ。あの男は、これまで見て来たどの人族とも何かが違う」
「なぜ……あんなに淡々と助けるのか。まるで、ただの仕事のように……」
リリアは少し戸惑ったように、視線を逸らした。
「……正直、私もよくわからない」
フェルガが静かにリリアを見つめた。
「知らないのか?」
「うん。島に来たばかりだし……彼が何者なのかも、なぜこんなことをしているのかも……まだ聞いていない」
「ただ……」
リリアは少し考えてから、続けた。
「少なくとも、敵じゃないってことくらいは……わかる」
フェルガは天井を見つめたまま、小さく呟いた。
「……そうだな……不思議な男だ」
◇
一方、森の中。
拓海はゆっくりと歩きながら、足元の落ち葉を蹴ったり、近くの木の幹を指でなぞったりしていた。
枝葉が重なり、木漏れ日がまだらに地面を照らす。海辺から数百歩しか離れていないのに、空気は驚くほど冷たい。
一本登録しては歩き、また一本。
行政は地味だ。近道なんてない。
ふと、水音が聞こえた。小さな沢だった。透き通る水の中を、小魚が群れで泳いでいる。
拓海はしゃがみ込み、水をすくう。
+
【地域調査 更新】
湧水
飲用:適
登録完了
+
さらに奥へ進む。倒木を跨ぎ、岩場を越え、茂みをかき分ける。
その間に何度もバインダーは反応する。
+
薬効あり × 家畜用
薬効あり × 毒性あり
行政資料なし
+
拓海はため息をついた。
「……そう簡単にはいきませんか」
その時だった。
木が倒れていて進めない。回り道しようとすると、小さな白い鳥が一羽、枝へ止まり、何度も鳴いた。気になって後を追うと、倒木の裏側に樹液を出す木があった。
+
【島固有植物 登録】
未命名
樹液:殺菌作用あり
毒性:なし
定期採取可能
<< 命名しますか? >>
+
拓海は少し考え、ペンを走らせた。
「……では、樹液草で」
+
採取番号
植物-001(樹液草)
+
腰の布袋から小さな採取瓶を取り出し、樹皮を傷付けないよう、木べらで樹液を少しだけ掬う。透明な雫が瓶の底へ落ちた。栓を閉め、木札へ日付を書き、紐で瓶へ結び付けた。
拓海は小さく頷く。
「これで次も迷いませんね」
帰り道、バインダーが再び反応した。
+
【地域調査】
未調査区域
残り83%
+
拓海は苦笑した。
「……先は長そうですね」
◇
夕方、拓海が急ぎ足で相談所に戻って来ると、リリアが声をかけた。
「何か見つかった?」
拓海は瓶を見せる。
「とりあえず、一本だけ効果がありそうな樹液を採取できました」
「……それで足りるの?」
「足らないでしょうね」
「今日は"見つけた"だけです。育つ場所も、採れる量も、まだ調べないといけません」
大型住宅の部屋へ入り、拓海は樹液を薄く染み込ませた布をフェルガの傷口へそっと当てた。
しばらくすると、熱を帯びていた呼吸が少しずつ落ち着いていく。
+
【緊急保護 更新】
容体:やや改善
+
フェルガは静かに目を開き、拓海を見つめた。
「……礼を言う」
「子らだけでも助かれば、それで良いと思っていた」
「だが……私まで生かそうとする者は、お前が初めてだ」
少しかすれた声だった。
「私は、フェルガ。紅竜族の長……だった者だ」
拓海は小さく頷く。
「佐藤拓海です。この島で行政を担当しています」
フェルガは苦笑するように息を吐いた。
「"ぎょうせい"……まだ、その言葉はよく分からぬ」
「分からなくても大丈夫です。困りごとを減らすのが、私の仕事ですから」
フェルガは静かに目を閉じた。
「……変わった人族だ」
拓海は樹液を瓶へ戻しながら、小さく笑う。
「よく言われます」
「私は、誰か一人を救う方法より、明日も続けられる方法を残したいんです」
その瞬間、地図に変化が現れた。
+
【地域調査 更新】
人口:6名
未調査区域:83%
【所在確認】
住民票:なし
生活反応:あり
+
拓海は眉をひそめた。
「……住民票がないのに、生活反応がありますね」
リリアが振り返る。
「また変な言葉を使う……その、"じゅうみんひょう"って何なの?」
「この島で正式に住民と認められると発行される記録です」
「じゃあ、それが無いと?」
拓海は地図から目を離さなかった。
「住民でも、保護対象者でもない方がいることになります」
リリアは首を傾げた。
「……そんなこと、あるの?」
「本来はありません」
「……探しに行かないの?」
「住民票が無いので、詳しい場所までは分からないのです」
拓海は地図を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「それに、まだ島の殆どが未調査です」
「今は探しようがありません」
リリアは黙り込んだ。
確かに、地図には未調査区域が広く残っている。
誰かがいる。
けれど、どこにいるのかは分からない。
その時だった——
相談所の扉が、遠慮がちに三度叩かれた。
――コン。
――コン。
――コン。
拓海とリリアは顔を見合わせる。
「……誰でしょう?」
ゆっくりと扉が開く。
そこに立っていたのは、
十歳くらいにも見える、小柄な子どもだった。
肩には使い古した道具袋。
けれど、その袋だけが妙に丁寧に手入れされていた。
泥だらけの服。
髪は潮風で乱れている。
その手には、小さな木の板が抱えられていた。
子どもは拓海を見るなり、ぽつりと言った。
「……あの」
少しだけ言葉を探すように黙る。
「この島に、住んでもいいかな?」
その言葉を聞いた瞬間、
拓海のバインダーがひとりでに淡く光った。
+
【受付番号:0003】
受付区分:――
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新しい漂着者は、何やら道具袋を抱えた子どものようです。この島の人口が「6名」だった理由とは……?
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