【記録 No.002】フェルガ/紅竜族(申告:なし)
それから数日。
灯り島には、少しずつ日常ができ始めていた。
朝になると、ペルは森へ入り、木を選ぶ。
フェルガは子どもたちに仕事を教えながら、
保管庫の建設を進めていた。
リリアもまた、ときどき相談所へ顔を出すようになった。
「おはよう」
「おはようございます」
それだけ言って帰る日もあれば、
「海で変な魚を見つけた」
そんな他愛もない話だけをして帰る日もあった。
相談はしなくても、相談所の椅子に座り、お茶を飲みながら皆と話す時間が、いつの間にか日課になっていた。
拓海も、それを止めることはなかった。
行政リンクも、以前のように支援制度を勧めることはなく、静かに待機したままだった。
ある日、リリアが笑った。
「……なんか、相談所っぽくないね」
拓海は少し考えて答える。
「そうでしょうか」
「うん。役場ってもっと堅苦しいと思ってた」
フェルガも小さく笑った。
「私も最初は怒られる場所かと思っていた」
相談所に笑い声が広がる。
そんな日が、何日か続いた。
◇
そして、ある朝。
相談所の扉が静かに──だが迷いなく開いた。
リリアが顔をのぞかせる。
いつものように「おはよう」と言うかと思ったが、そのまま拓海の前まで歩いて止まった。
拓海は顔を上げる。
「今日はどんなお話ですか?」
リリアは首を横に振り、少し息を吸ってから、真っ直ぐ拓海を見た。
「……住民登録、お願いしたくて」
行政リンクが淡く光る。
+
【住民登録】
登録候補
・リリア
・フェルガ
・フェルガの子ども ×2
<< 登録可能です >>
+
丸太を削っていたフェルガが手を止めた。
「……私はまだ役に立っていない」
拓海は静かに言った。
「住民登録は、労働者登録ではありません。ここで暮らす意思がある人を登録します」
フェルガは短く息を吐いた。
「……なら、私たちもそろそろ登録するか。子ども達も、ペルによく懐いているようだしな」
窓の外で子どもたちが枝を振り回していた。
ペルがちらりと見る。
リリアは少しだけ笑った。
「この前ね。“相談がなくても来てください”って言ったでしょ」
拓海は頷く。
「……あれ、ちょっと嬉しかった。だから、ちゃんと住んでみようかなって思った。相談所に来る理由も、作れたし」
拓海は画面に触れた。
+
【住民登録】
登録完了
灯り島住民:6名
居住条件を満たしました
地域段階:「集落」へ更新
+
行政リンクの光が少し強くなった。
誰も言わなかったが、空気が変わった。
島が一段階進んだのが分かった。
ペルは木片を抱えたまま、リリアを一度だけ見た。
フェルガは丸太を削り直した。
◇
相談所の机を囲んで、6人が座った。
行政リンクは白紙のまま光っている。
リリアが言った。
「相談所って、入りづらいよね」
拓海は少し考える。
「そうでしょうか」
フェルガが笑った。
「お前は役所だからな」
空気が少し柔らかくなる。
リリアは続けた。
「もっとフラッと入れる方がいい」
行政リンクが勝手に光った。
+
【住民意見】
<< 記録しますか? >>
+
拓海は画面を見て、少しだけ眉を上げた。
「……勝手に記録するんですね」
笑いが起きる。
ペルが木片を撫でながら言った。
「……木」
リリアが笑う。
「木ばっかりじゃん」
ペルは少し考えて言う。
「切る。植える」
フェルガが笑った。
「竜も木が無いと巣が作れん」
子どもたちが真似して叫ぶ。
「きー!」
行政リンクが更新した。
+
【条例候補】
森林管理
<< 追加 >>
+
リリアが樹液の瓶を見て言う。
「空き家って、どうするの?」
フェルガが丸太を置く。
「壊れてる家は危ない。直すなら相談所だろう」
ペルが小さく言う。
「……ねるところ」
拓海は頷く。
「空き家は相談所で管理する必要がありますね」
行政リンクが光る。
+
【条例候補】
空き家管理
<< 追加 >>
+
子どもが窓の外を指さす。
「さかなー!」
リリアが笑う。
「漁場って誰が決めるの?」
フェルガは腕を組む。
「竜は深いところへ潜れる。人族は浅瀬だろう」
ペルが言う。
「……いっしょ?」
拓海は少し考える。
「共同利用の仕組みが必要かもしれません」
行政リンクが光る。
+
【条例候補】
漁場利用
<< 追加 >>
+
リリアが樹液の瓶を見て言う。
「樹液って……誰のもの?」
フェルガが言う。
「採った者のものだろう。竜の巣もそうだ」
ペルは瓶を見つめて言う。
「……あまい」
拓海は画面に触れる。
+
【条例候補】
資源の扱い
<< 追加 >>
+
子どもが船の破片を拾ってきた。
「これ、ひろった!」
リリアが言う。
「漂着物ってどうするの?」
フェルガが肩をすくめる。
「拾った者のものか、相談所か……」
ペルが言う。
「……ひろう?」
拓海は画面を見る。
+
【条例候補】
漂着物
<< 追加 >>
+
そして、リリアがふと口にした。
「じゃあさ……悪い人が流れ着いたら?」
空気が止まった。
フェルガが言う。
「追い返す」
リリアは首を傾げる。
「でも、フェルガの時みたいに事情があったら?」
ペルがぽつりと言った。
「……ごはん」
拓海は少し考えた。
行政リンクが静かに光る。
+
【条例候補】
漂着者対応
<< 保留 >>
+
拓海は画面を閉じた。
「今日は決めません。話し合うことが目的です」
リリアは少し驚いた顔をした。
「……そういう行政もあるんだ」
フェルガは丸太を置いた。
「灯り島らしくなってきたな」
ペルは木片を抱えたまま頷いた。
相談所の空気は、確かに変わっていた。
◇
夕方。
海霧が浜を薄く覆っていた。
ペルが海を見ていた。
「……船」
拓海とリリア、フェルガ、子どもたちが外へ出る。
沖には、霧の向こうで帆が揺れていた。
朽ちかけた帆船だった。
帆は裂け、甲板に人影は見えない。
潮に流されるだけで、櫂を動かす者もいなかった。
翌朝。
船は浜へ静かに打ち上げられていた。
6人で近づく。
船体は古く、板は海水を吸って黒ずんでいる。
波が船底をゆっくり叩くたび、ぎしり、と乾いた音が返ってきた。
フェルガが船縁に手を掛ける。
「……空だな」
リリアが中を覗き込む。
「誰もいない……?」
ペルは船底の影をじっと見つめている。
「……しずか」
拓海は船体に触れた。
湿ってはいるが、崩れるほど傷んではいない。
その時だった。
リリアが船を見回しながら口を開く。
「ねえ、これも漂着物になるの?」
フェルガが船体を軽く叩く。
「船も船主がいなければ、そうなるだろうな」
ペルが小さく呟く。
「……ひろう?」
子どもたちも真似をする。
「ひろうー!」
思わず笑いがこぼれた。
その笑いを遮るように、船の奥から声がした。
「勝手に俺の船を拾うな」
全員の動きが止まる。
船倉の暗がりから、一人の男がゆっくり姿を現した。
潮焼けした外套。
海水で色褪せた服。
伸び放題の髪。
どこにでもいそうな、くたびれた船乗りに見えた。
男は甲板へ腰掛けるように立ち、苦笑する。
「まだ持ち主はいる」
リリアが息を呑む。
フェルガは一歩だけ前へ出た。
拓海は行政リンクを開く。
画面が小さく揺れた。
+
【漂着者】
照会中……
+
数秒後。
新たな表示が追加された。
+
【犯罪歴】
多数
+
フェルガの目が細くなる。
「……海賊か」
男は肩をすくめた。
「昔の話だ」
その瞬間。
行政リンクがもう一度更新された。
+
【受入判定】
判定不能
+
拓海が眉を寄せる。
「……判定不能?」
さらに画面が切り替わる。
+
【生命情報】
照会中……
+
表示が止まる。
画面が、小さくノイズを走らせた。
誰も動かなかった。
その静寂の中、不意にリリアが小さく息を呑む。
「……え?」
拓海が振り向く。
リリアは男ではなく、その向こうを見ていた。
男の肩越しに──
さっきまで隠れていたはずの船の手すりが、うっすらと見えている。
男の体越しに。
行政リンクが最後に一行だけ表示した。
+
【対象情報】
取得できません
+
波が、船底を静かに叩いた。
男は何も気付いていないように首を傾げる。
「……どうした?」
誰も答えられなかった。




