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異世界に必要なのは行政でした ~元・役場の離島移住促進担当、勇者も魔王も受け入れます。チートなし異世界内政/開拓スローライフ〜  作者: nanananaca


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12/15

【記録 No.012】返すべきもの

普段なら穏やかな海風が吹く灯り島北部。

しかし今日、その崖地帯の周囲だけは、陽光さえ遮るような異様な海霧がどんよりと立ち込めていた。


拓海、リリア、そしてフェルガの三人は、

霧の合間を縫って険しい崖道を調査へと進んでいた。


海賊船に縛られているカイルは、当然ここには同行できない。


出発前、船の甲板から遠くこちらを見送りながら、カイルはいつものように軽薄な笑みで手を振っていた。


「気をつけろよ。俺が言うのもなんだが、昔の俺が残したシロモノだ。何が飛び出すか分からねぇぜ?」


「それ、依頼人が普通は安心させるところだからね!?」


リリアがすかさず睨みつけたが、カイルはただ「くくっ」と喉を鳴らして笑うだけだった。だが、拓海はその笑顔の奥に、ほんの一瞬だけ浮かんだ剥き出しの不安を見逃さなかった。





「……これは、酷いな」


崖の裂け目を進み、海食洞の奥へと足を踏み入れたフェルガが、低く唸った。


暗い洞窟の最奥。

半分ほど岩肌に飲み込まれるようにして、一隻の古い船が座礁していた。


だが、その船には見過ごせない「異常」があった。


何十年も前に放置されたはずの船体なのに、木材が一切腐っていない。風も通らないはずの洞内で帆が破れているのに、その繊維は風化の気配すらなく、甲板に積まれた荷物も、まるで昨日積み込まれたかのように当時の姿のまま残されている。


時間が、そこだけ完全に止まっているかのようだった。


「自然現象ではないな」


フェルガが武器の柄に手をかける。


「嫌な気配だ。生物の死臭ではないが……存在の歪みを感じる」


拓海は眉をひそめ、手元の行政リンクを船へと向けた。

しかし──。


+

【対象物】 取得不能

所有者:不明

登録情報:欠落

状態:判定不能

+


「……やはり、出ますか」


拓海が静かに画面を見つめる。


「どうしたの、拓海?」


「カイルさん個人だけではありません。この場所、そしてこの船そのものが、行政のシステムから完全に除外されています。世界がこの存在をどう定義していいか分かっていない状態です」


「行政の対象外……」


リリアが息を呑む。

それはこの島において、最も危険で不気味な空白地帯であることを意味していた。





三人は警戒しながら船内へ入った。

散乱する金貨、錆びない武器、当時の航海記録。その奥の船長室で、拓海は一冊の古びた帳簿を見つけた。


埃も被っていないその帳簿を開いたリリアが、驚きの声を上げる。


「……ねぇ、これを見て。本当に海賊の記録なの?」


そこには、およそ海賊団のものとは思えない「返却」の履歴が整然と書き連ねられていた。


『〇月〇日 帝国船より奪った薬品一式、〇〇村へ匿名で返却』


『〇月〇日 商船より拿捕した奴隷十四名、解放および故郷への渡航費支給』


『〇月〇日 強奪された聖具、〇〇神殿へ密かに返還』


「海賊にも種類はある」


フェルガが帳簿を覗き込み、険しい顔のまま言った。


「だが、こいつのやっていることは義賊気取りのそれとも違うな。まるで義務でも果たしているようだ」


拓海は帳簿をめくり、最後のページで手を止めた。

そこだけが乱暴に破り取られており、紙の端に一文だけ、酷く殴り書きされた文字が残っていた。


『あの日、俺は返せなかった』


拓海は思考を巡らせる。

カイルの犯罪歴は多数。だが、被害側の記録はすべてエラーで欠損していた。


(犯罪として記録された事件の裏に、別の真実が隠されている……?)


カイルは間違いなく悪党だった。

だが、その悪行のすべてが、公的な書類の通りとは限らない。


「拓海、奥にまだ何かあるよ!」


リリアの言葉に導かれ、さらに船の最奥へと進む。

そこには、厳重な鉄の鍵が掛けられた小さな木箱が置かれていた。


箱の蓋には、刻印された文字が刻まれていた。


『所有者へ返却するまで開封禁止』


拓海が恐る恐る行政リンクを近づけると、それまで頑なに拒絶していた画面が、初めて微かに明滅した。


+

【未返還物】

所有権確認中

所有者:???

+


しかし、最も重要な所有者欄だけが、ノイズで塗りつぶされたように空白のままだった。


『──おい、見つけたか』


突然、拓海のバインダーから声が響いた。

全員が驚いて振り返る。


画面には見慣れない表示が浮かんでいる。


+

【緊急行政接続】

対象者:依頼者カイル

条件確認

対面確認困難

接続時間:残り3分

+


「……通信機能?」


拓海は画面を確認しながら首を振った。


「通常の機能ではなさそうですが……行政処理上、必要な聞き取りができない場合のみ、一時的に開放されるようですね」


「カイルさん。この箱について知っていますね」


拓海の問いかけに、通信の向こうで長い沈黙が流れた。やがて、諦めたような吐息が聞こえる。


『……ああ。俺が奪ったものだ』


リリアが小さく息を詰まらせる。だが、カイルは続けた。


『正確には、違う。俺はそれを、略奪を働いた別の連中からさらに奪い返したんだ。……だが、返す相手をどうしても見つけられなかった』


「それが、あなたがこの島に縛られている理由ですか?」


『さあな。知るかよ。……だが、たぶんだ。返すべきものを、まだ返してねぇからだ。だから俺は、死ぬことも生きることもできず、あの船の上で足踏みさせられてるのさ』


拓海は静かに鍵を引き抜き、箱の蓋を押し上げた。

中に納められていたのは、目も眩むような宝石でも、溢れんばかりの金貨でもなかった。


それは、一枚の古い写真だった。

そこには、幼い子どもと、その子を愛おしそうに抱く女性の姿が写し出されていた。


裏面には、色褪せた文字でこう記されている。


『エリナへ』


「……エリナ? 誰だろう」リリアが呟く。


拓海が手元の行政リンクに目を落とすと、画面の白い光が激しく明滅し、新たな文字列を一文字ずつ紡ぎ出し始めた。


+

【返却対象者】 検索開始

対象:存在確認不可

備考:対象者は現在、生存している可能性があります

+


「生存している……?」


拓海の呟きに、バインダーの向こうでカイルの息が止まった。


「カイルさん。まだ、終わっていません」


『……生きてる?』


通信越しの声が、初めて激しく震えていた。

何十年もの間、時を止められ、世界の片隅で判定不能のまま立ち往生していた男が、初めて人間らしい剥き出しの声を漏らした。


『あいつが……まだ、生きてるってのか?……俺は、まだ、返せるのか……?』


霧の向こうで、止まっていた時間が、僅かに動き出す音が聞こえた気がした。

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