第8話 「とある観察者の記録。」
観察初日。
魔王様の命により、人族側に現れた聖女と呼ばれる少女の調査を行う事になった。
これより、調査記録をここに綴る。
調査対象の身辺。
まず、聖女の住まいについて、報告をしなければならない。
この屋敷は、非常に大きい。
人族の貴族が住むような豪華さがあり、周囲は広大な庭園で囲まれている。
聖女はこの屋敷に、メイド二人とコック一人を従えて暮らしているという。
彼女たちもまた、皆若い女性であり、どうやら十代前半から中頃の年齢のようだ。
その姿は、人族にしては非常に魅力的で、あまりにも華奢で無邪気に見える。
聖女は庭いじりが趣味らしいが、少女が手掛けた庭木がおかしい。
何か禍々しさを感じる。
アレを眺めていると、小さな頃に母に聞かされたお伽話に出てくる魔界の木々を思い出す。
底知れぬ何かを感じるのだが、何故か美しいと感じてしまう。
それに、メイドの1人とよく目が合う気がする。
これだけ離れた距離からだ、きっと気のせいだろう。
これからの調査を考え、今日は早めに切り上げて、調査拠点の拡充を行う。
調査二日目。
……おかしい。
あの屋敷のせいなのか?
庭を眺めるたび、私は胸の奥で何かが震えるのを感じる。
それは、恐怖のようでもあり、同時に心の中のどこかが引き寄せられるような感覚でもあった。
私は、それを抑えつけようとしたが、どうしてもその不安が消えなかった。
今日も、聖女は庭に出ている。
庭が少しずつ整えられるにつれ、人々が集まり始めている。
それは、まるで焚き火に集まる虫たちを連想させる。
あの、自らを焼く炎へと集まり、燃えていくその姿と人々の姿が、なぜか重なって見えた。
あの庭には何があるのか?
私の心は、ますますその場所に引き寄せられていった。
そして再び、あのメイドと目が合った。
今度は一瞬ではなく、長く視線が交錯した。
私の存在に気づいている?
私は、その目を逸らす事が出来なかった。
何かおかしい、いや、明らかにおかしい。
私はそう思うものの、それを確かめるのは、未だ時期尚早だと思う。
どちらにせよ、より慎重に調査を行う必要がある事だけは確かだった。
調査五日目。
駄目だ、どうしても庭を直視出来ない。
アレは何なんだ?
たかが庭の筈なのに、根源的な恐怖を感じる。
それに、日に日に人族が集まっている。
そして、はっきりと感じる此方を伺うメイドの視線。
この恐怖と人族の集まり、魔術的な儀式か何かだろうか?
それとも、やはり伝説の聖女なのか?
早急に詳しい調査が必要だ。
調査七日目。
今日は、聖女に動きがあった。
いつもの庭いじりでは無く、今日は森に行くらしい。
お供もなく、たった一人だ。
これはチャンスだ、私は気付かれる危険も考えたが、後をつけることにした。
私は密かに彼女を追いかけ、森へと足を運んだ。
聖女は、森の中で幼い子供と静かに話していた。
その光景は、見る者に微笑ましい印象を与えるのかもしれない。
しかし、私の目にはそれが違って見えた。
その目を見て、私は違和感を覚えた。
聖女が幼子を見つめる目は、まるでおもちゃを見ているかのような目だった。
人族がよく、幼子に向ける目ではない。
冷徹で、計算されたような目線だった。
その目が、私に恐怖を与えた。
彼女の中に、何か異常なものがある。
あれは、普通の人族ではない。
はっきり言う、アレは聖女じゃない。
単なる狂人というヤツだろう。
魔族基準でみてもアウトだ。
あの聖女の幼子に向ける目、アレは人を見る目ではない。
時折、その視線は幼子の骨格を測るように鋭くなる。
まるで、お気に入りの人形でも見ているみたいだ。
確かに沼を浄化するあの力は、結果を見れば聖女と言えるだろうが、アレの根底にあるのは狂気だ。
魔王様に、どう報告するべきか――?
私はそれを考える事で、溢れてくる恐怖を抑えて観察を続けた。
調査十日目。
もうダメだ。
恐怖で頭がおかしくなりそうだ。
整然と整っているだけなのに、狂気と恐怖で震えが走る庭、屋敷近くに益々集まる人族。
あのメイドからの、こちらを値踏みするかの様な視線。
離れている筈なのに、安心出来る要因が全く無い。
もう耐えられない。
私は、あの聖女を排除する事を決めた。
調査一五日目。
まず、結論から述べる……失敗した。
聖女たちが、森でゴブリン狩をしているのを見て、私は一計を案じた。
上位ランク魔物のドラゴン擬きをけしかけたが、一撃で消されてしまった。
有り得ない、何なんだあの力は……。
森の木々も、地面も、あの光の範囲にあった物全て、悉く消え去った。
魔力も感知出来ない為、魔法の類いでも無い。
まさに異質な力だ。
今度こそ私は、あの狂人を恐れた。
今でも、体の震えが止まらない。
だが、私だって探究者の端くれだ、あの現象を前にして、このまま逃げるなんて有り得ない。
まずは徹底的に調査を行う。
私の命と引き換えにしてでも、あの聖女と周りから讃えられる狂人の化けの皮を剥いでやらねば……。
全ては魔王様の為だ。
私は、魔王軍参謀ツェンだ。
魔王軍の誇りと、魔王様への忠義にかけて、成し遂げてみせる!
と、思っていた時もありました。
……いや、違う。
その時の私は、まだ何も分かっていなかったのだ。
あの悪魔に出会うまでは……。
ドラゴン擬きとの戦闘が終わり、無事に村に戻った僕達は、村のギルドで依頼の報告をしていた。
「んぁあ〜っ!」
「……ご主人様、はしたないですよ?」
「だってさぁ、これって、いつまでこうしてれば良いのさ?」
暇な僕は、思い切り背筋を伸ばす。
これをやると声出るよね?
何で暇なのか?
面倒そうな報告を、全部ホルツに任せた迄は良かったんだけどね。
何故かその直後に、数人の村人がギルドに押し掛けて来たのさ。
何か「聖女様!」とか「奇跡が起きた!」だとか言っていたけど、何とも暇な人達だよね?
「先程説明があった通り、今ギルド長とホルツさんが対応中です。」
「何だって、村人が押し掛けて来るのさ?」
「それは、ご主人様が沼を浄化したのと、上位魔物を討伐したからです。」
若干、僕を咎める様な視線を送ってくるノルン。
……やめろよ、ゾクゾクするじゃないか?
「別に大した事してないじゃん?
サッシェだってそう思うでしょ?
……あれ、サッシェは?」
「サッシェは、暇なので食堂で調理の手伝いをしてくると言ってましたよ?」
「そうなんだ?」
「はい。
ですので、この部屋にいるのは、私達二人だけとなります。」
「……暇だねぇ。」
「はい、暇です。」
「そんな暇な聖女さまに、ご依頼だとよ?」
いつの間にか戻ってきたホルツが、部屋の入り口から声をかけてくる。
「……だが断る!」
僕の返事を軽く流すように、ホルツは話を続ける。
「……どうせくだらない理由だろうが、一応、理由を聞いとこうか?」
「僕は、もう本日分の労働は終えているんだよ。」
「……労働の対価はゼロですが?」
「それはそれ、これはこれだよ?」
ノルンの指摘に、僕は論理的思考で反論する。
「だが、聖女さんは金がないんだろ?」
「ん〜、お金かぁ。
ちなみに、ストーカーって慰謝料取れると思う?」
「すと?……なんだそれは?」
「意味が通じないかぁ……
簡単にいうと、いたいけな美少女を遠くから観察する変質者、かな?」
「……あぁ、最近よく屋敷を見ている方ですね?
いつも遠くから眺めているだけですし、きっと、かなりの恥ずかしがり屋さんですね。」
ふふんと、得意げに話すノルン。
「それなら衛兵に突き出せば、罪状に応じて慰謝料は取れるかもな。
って、それより依頼の話だ。」
「僕の勤労意欲を刺激出来たら、依頼は考えるよ?」
「ご主人様に、そんなマトモなものがあったんですね?」
「エリートニートだと思っていたっす。」
「まぁ、受けたくないならそれでもいいが……
折角の指名依頼で高報酬なのに勿体ないこった。」
「「「……詳しく!」」」
僕たちの様子に呆れ顔になったホルツがボヤくように言った言葉に、僕たちは食いついた。
――その頃。
調査一六日目。
……おかしい。
何故、私はまだ生きている?
確かに私は、あの聖女を排除する為に動いた。 そして失敗した。
あの力を目の当たりにして、生き延びられる理由など無い。
なのに、私は生きている。
……違う。
あの時、私は“助かった”のではない。
何もされなかっただけだ。
いや――
生かされている?
そう考えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
私は周囲の気配を探る。
だが、何も感じ取れない。
……いや、違う。
「感じ取れない」のではない。
最初から――
「そこにいるのに気づけてないだけ、ですよ?」
「――っ!?」
振り向いた瞬間、距離が近すぎた。
さっきまで“見えていなかった存在”が、今は手を伸ばせば触れられる距離にいる。
――いや、違う。
最初から、ここに“いた”のだ。
「やっと気づいたんですね?」
今度こそ終わった。
私の生は、ここで途切れると確信した。
「ご主人様、ずっと待ってましたよ?」
(ご主人様――つまり、あの聖女。
やはり、全ては繋がっていたのか。)
「では、ご案内しますね?」
「……な、にを……」
私の意識は、そこで途切れた。
「――いらっしゃいませ〜!」
「……は?」
気づけば私は、屋敷の玄関前に立たされていた。
そして扉が開く。
中から現れたのは――
「おっ、例のストーカーさんじゃん」
聖女だった。
めちゃくちゃ普通のテンションだった。
――あの時、森で見た“それ”と、同じ声色だった。
――理解した。
この聖女は、“倒す対象”ではない。
「え、ちょ、待っ――」
「いや〜来てくれてありがとね!
ずっと見てるだけだったからさ、気になってたんだよ!」
「……は?」
「ほら、入って入って。
水くらい出すよ?」
「……は??」
なにが起きているのか……頭が、追いつかない。
「えっと……殺さないんですか?」
思わず聞いてしまった。
「え、なんで?」
心底不思議そうな顔で、首を傾げる聖女。
「いや、あの……その……」
「もしかしてアレ?
ストーカーの件?」
ビクッと体が跳ねた。
「いや〜、この僕の美しさだからね。
ストーカーしちゃうのも仕方ないさ。」
目の前で笑う聖女。
我々魔族の天敵。
「あ、でもさ」
聖女はニヤリと笑った。
「勝手に僕を鑑賞していた罰は、必要だよね?」
終わった。
今度こそ本当に終わった。
私は目を閉じた。
「――というわけで」
「はい?」
「今日から、うちで働いてね?」
「……は?」
「人手足りてないんだよね〜。
だから、ちょうどいいし」
「いや、ちょっと待ってください私は魔族で――」
「うん知ってる」
即答だった。
「別に魔族だって問題ないでしょ?
嫌なら別の方法を……」
「申し訳ございませんでした!!」
気づいたら土下座していた。
何故か、完璧な角度で。
「よし、じゃあ採用ね」
「あの、拒否権は……?」
「ないよ?」
満面の笑みだった。
その人形のような、無機質な笑みからは逃げられない。
参謀としての本能が理解した。
この存在は、魔王様よりもヤバい。
――こうして私は。
魔王軍参謀から、聖女の屋敷の雑用係へと降格した。
なお、給料は出ない模様。
調査記録 追記。
魔王様、宰相様、誰でもいいから助けてください。
この屋敷、マジでヤバい。
主に労働環境が――
休みが無い。
給料も無い。
なのに何故か辞めさせてもらえない。
そんな環境なのに、笑顔で楽しそうに働く人族たち。
……これが、人族の言う“聖域”なのか?




